君の紡ぐ言葉が聴きたい

月内結芽斗

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 席に案内されてから僕はトイレに向かった。父さんが遅いから様子を見てくるように母さんに言われたからだ。

 男子トイレに入ると父さんを探すために声を出す必要もなく、手洗い場に備え付けられた鏡と睨めっこしている父さんを見つけた。

「どうしたの?」
 声をかけると鏡越しにこっちを確認した父さんが眉を下げて情けない顔をした。

「奏、どう思う?」
「どうって?」
「父さんはイケてるか?」
「へっ?」

 聞けば、母さんからメッセージがあり宮瀬くんも夕食に参加すると聞いて、焦ったらしい。

 宮瀬くんといえば、佳奈が最近よく「すごくイケメンだった」とか、「好青年だった」とか、「自分がもう少し若かったら」なんて言っている子ではないか! 佳奈が惚れてしまうくらいの子が近くにいたらいくら自分が見た目に気を遣っていても、父さんはおじさんに見えてしまう。だから少しでも勝負になるように、見た目を確認しにきたんだ!

 と父さんは長々語った。僕は言葉を失った。

「……父さんより二十以上離れた宮瀬くんと張り合っても勝負にならないよ」
「奏がそんなこと言うのかあ?」

 父さんは少し涙目だ。ここ最近、母さんが若いアイドルたちを褒めるたびに、憎らしいとばかりにテレビを睨んだり、ランニングに出かけたりしている。母さんが他の男の人を褒めるのがどうしてもいやらしく、日々自分磨きに励んでいるのだ。

「だって事実……」

 父さんの昔の写真を見たけれどかなりイケメンだった。けれど父さんの話では、父さんの顔は母さんのタイプではなかったらしく、まったくアプローチに応えてくれなかったらしい。それが頑張った結果なんとか交際できて結婚できて、今に繋がっている。父さんは自分の外見が母さんのタイプでないことを知っているからこそ、母さんが他の人の見た目を褒めると気にしてしまうのだ。

 父さんはトイレから出て行く気配がなかった。このままでは痺れを切らした母さんが不機嫌になるかもしれないなと僕も焦ってくる。宮瀬くんに両親の痴話喧嘩は見せたくなかった。

「父さんは五十のおじさんの中じゃ一番かっこいいでしょう? 母さんだっていっつも父さんがいない前では『でもやっぱり慎ちゃんが一番ね』って言ってるよ」

 姉さんたちも僕もたまにこうして父さんのメンタルケアのようなものをしている。だから父さんを元気づける方法はよく知っているつもりだ。

 枯れた花みたいだった父さんはみるみるうちにピンと姿勢を伸ばしてこっちを見た。

「奏も父さんのこと好きか?」
「……うん」
「父さんはもっと好きだ! じゃあ戻るか」

 満足そうな表情を浮かべた父さんは僕の肩に手を置いてトイレを出た。

「遅かったわね」
 じゃんけん列車のようにしてテーブルに戻った僕たちに母さんがいう。父さんは気まずそうに笑った。

 三人ずつに別れて座るテーブル席に、どう座るのが正解か僕は悩んだ。宮瀬くんは家族のほとんどと初対面だから真ん中に座らせては気を遣わせるだろうし、端の席では会話に置いてかれてしまうかもしれない。僕の家族に限って後者はないだろうけれど、宮瀬くんはどっちの方が居心地がいいだろうか。

「奏、ほら」
 そんなふうに考えていたら、いつの間にか立ち上がっていた宮瀬くんが僕に座るように椅子を示した。どうやら宮瀬くんは僕を真ん中に座らせたいらしい。

「う、うん」
 僕は結局、薫姉さんと宮瀬くんに挟まれて座った。宮瀬くんの正面には母さんが座ったので、宮瀬くんも少しは気楽かもしれない。

「宮瀬くんだったよね。いやほんとにイケメンだね」

 母さんの隣にしっかりと座った父さんが宮瀬くんを見つめながら言った。席に座る前に、立っていた宮瀬くんを上から下まで確認して驚いていたが、ここでやっと口を開いた感じだ。そこにはもう息子と同い年の男子に焦っていた姿はなかった。

「芸能人になれそうだね」
「はは、ありがとうございます。宮瀬颯人といいます。家族団欒の場にお邪魔してしまって申し訳ないです」
「そんな硬い感じに話さなくていいよ」

「じゃあ……、奏はお母さん似だと思ってたけど、お父さんにもよく似てるんですね。両親揃って美男美女だなんて奏が羨ましいです」

「確かに佳奈と奏は可愛いよね。というよりかーズはみんな美人でしょ?」
「かーズ?」

 外見を褒められて嬉しくなった父さんが暴走を始めそうで、僕は母さんに視線を向けた。けれど母さんはニコニコ笑っているだけで、姉二人はメニューに夢中だった。

「と、父さん……」
「妻と薫と楓と奏でかーズ」
「なるほど。いい総称ですね」

 宮瀬くんは納得とばかりに頷いて、それでまた父さんの機嫌が良くなる。
 僕は薫姉さんに注文のためのタブレットをもらった。

「め、メニュー見ようよ」
「そうね。宮瀬くん、なんでも好きなもの頼んでよ?」

「い、今更だけど、み宮瀬くんすす寿司大丈夫だった?」
「ん? 好きだよ」
「……なら、よかった」

 宮瀬くんはすっかり家族と馴染んで、楽しそうに笑っていた。警戒していたはずの父さんもすっかり宮瀬くんを気に入って、息子になるかと聞いていた。

 僕以外の家族が店を出る頃には「颯人くん」と呼ぶようになって、いまだに宮瀬くんを苗字で呼んでしまう僕は、少し居た堪れない。

 家族は車で来ていたので、宮瀬くんにも乗ってもらって家まで送った。

「あれ、真っ暗だね? お姉さんと住んでるって言ってたけど、まだ帰ってないのかな」
「姉は今日、友人の家に泊まるので」
「えっじゃあこんな大きい家に一人か! それは寂しいな。そうだ。うちに泊まる?」

「えっ」

 驚いて声を上げたのは僕だ。父さんのまさかの思いつきに思わず声が出てしまった。隣の席に座る宮瀬くんが僕の方を見る。

「慣れてるので大丈――」
「いいや、僕が泊まって欲しいって思ってるんだよ。でもあれかな、明日は部活?」
「……いえ、明日はありません」
「じゃあ決まりだ!」

 着替えを持っておいで、と言って、父さんは宮瀬くんを車から降ろした。急展開に僕はついていけなかった。


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