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一 皇子ヴァルフリードについて
わざわざ口にしなくていい
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レンゼル王国は突如「帝国領レンゼル」と名前を変え、今このときも民は混乱の渦中にあった。
そもそもなぜ、「帝国領レンゼル」となったのか。
それは、レンゼル王国が帝国との戦火より帝国への恭順を選んだから、という簡単な理由からだった。
王女アウローラの父である国王コンラートは、周辺諸国が帝国との戦端を開き、徹底的に滅ぼされてきた過程をずっと見てきた。その悲劇をレンゼル王国でも繰り返すか。それはできなかったのだ。
最初こそは同盟国が帝国に侵攻されていたことをただ座視しているわけにもいかず、同盟国に対帝国のための援軍を送ってはいたものの、いざ同盟国が滅ぼされてしまえば、次はレンゼル王国の順番が回ってきたということにすぎなかった。
当然のことながら、同盟国の援護という大義名分があってすらも帝国に武力で抗おうとした今までのレンゼルの敵対姿勢は帝国に睨まれており、ただ恭順するというわけにはいかなかった。
レンゼル王家の解体、属領化、帝国主導による統治体制の変更、と多数の犠牲を払いながらも、レンゼル王国民の虐殺はなんとか首の皮一枚で免れた、という状態だった。
厨で、アウローラはぐつぐつと煮える鍋をじっと見つめていた。窓の外では高く昇った太陽が中天に差し掛かりかけている。午前の時間だった。
かつてなら、今の時間は昼餉のために忙しなく動きまわる料理人たちでひしめいていた厨だったが、今は閑古鳥が鳴いている。王家が解体されたときに、退職金を支払った上で解雇されたからだ。実家の料理店を継ぐ、という親孝行な者もいれば、帝国貴族に雇われて料理を振舞うことになった、と顔を輝かせて語る者もいた。
アウローラは、元王女だろうとも、自分で料理をしたいときがあった。だから今日は、庭園で採れたイチジクを煮ている。
なんとなく、分かっていた。おそらく自分は、帝国の人質になる。この祖国レンゼルに留まれればいいが、環境の合わない帝国帝都に連れ去られるかもしれないと思うと、骨を噛むような虚しさが胸に去来する。
故郷のイチジクを味わえるのは、これが最後かもしれない──そう思うと、つらかった。
ワインの酒精をたっぷりまとった甘い湯気がふうっと香り、胸いっぱいにその湯気を吸い込んでみて、笑みがこぼれた。……よい匂いだ。
窓の外では、噴水庭園の片隅に凛と咲く白薔薇の花が、爽やかな風にそよそよと揺れている。
帝国占領下での王城生活は、少なくとも表向きには不自由がないように配慮されていた。頼めば物資は手に入った。
──食料は潤沢に。
おかげで、飢えもしないどころか、日々の献立が毎日変わっているほどには、食事に困っていない。
──暇つぶしの書物も必要とあらば自分で読みに行ける。
今までも含めれば、王宮図書室の蔵書を全て読みつくしてしまったのではないか、というほどだ。焚書のような野蛮な行為も、今のところは幸いにもされていない。
──庭園も自由に歩くことができる。
これは、常にヴァルフリードの部下による厳しい監視つきではあるが……。
それゆえ、庭のイチジクも手に入れば、ワインも砂糖も手に入る。だから、イチジクのワイン煮を作っている。
一本の木からどっさり採れるイチジクは、貴重かつ嬉しい甘味だった。食材が手に入るなら、別に庭で採れたものを調理しなくてもよいのでは、と誰かは眉をひそめるかもしれない。が、それはアウローラは違うと思うのだ。
出来上がったばかりのイチジク煮を、一個つまんでみる。
「あ、あふっ……!」
熱々のイチジクを口の中で転がし、冷ましながら少しずつ齧る。途端に、ワインの芳香と濃厚なイチジクの甘さが口いっぱいに広がっていく。アウローラは満足して軽く拳を掲げた。
「今年もいい出来。さあ、ヴァルフリード殿下は気に入るかしらね」
アウローラは、うつむくように独りごちた。
「はあ、それにしても、人質ってどのような生活なのでしょうか」
人質になる以前に、さくりと殺されたくない。すんなり殺されるか、むざむざ殺されるか。そのような表現の違いでしかない。
イチジクを煮ていたのは、今日も何かを献上しないと殺されるかもしれない、という危機感からだった。いや、実際にはそのようなことはないと分かっているのだが、暇を持て余している。
完成品をガラスの器に盛り付けて、城の客室をまるごと改装した執務室で政務書類を片付けているヴァルフリードのところに向かえば、彼は形のいい眉をたちまち跳ね上げた。
「これは、どういうことだ」
それは、赤紫色の液に浸かった丸い果実が、半透明になるまで煮込まれているもの。甘い匂いが、執務室中に立ち込めている。
「季節の実りをお届けしようと思い立ちまして」
「きみは、放たれた矢か」
「いいえ、アウローラ・レンゼルですわ」
「そういうことではない。……で、この料理は」
「イチジクのワイン煮です」
「それは、見れば分かる。なぜ、脚立が必要だった。部下が、きみの乗った脚立を押さえるのに、ひどく肝を潰したと言っていた。それより、きみが最初は木に登っていたと言っていたのだが」
「イチジクの実に、手が届かなかったので」
「なるほど」
つまり……とヴァルフリードは執務机の上でおもむろに手を組み、次のように要約する。
「きみは、庭園のイチジクの木に登った。落ちかけて、部下をひやりとさせた。あろうことか、採れたイチジクを煮だした。……それに相違ないな?」
「落ちかけてはいませんが。私は、そんなつまらないヘマは、しません」
これは、完全なる嘘だ。枝から足を滑らせかけて危うく落下しかけた。
「危ないだろうが……!」
その直後の静寂の中に、ぷっと周囲の近衛騎士たちが吹き出す気配があった。
「それでだ。おれはこのレンゼル城を拠点とし、帝国領レンゼルを統治するよう、皇帝陛下から申し付かっていたわけなのだ」
気を取り直したように、イチジク煮を銀の匙で口に運びながら、ヴァルフリードは話を切り出した。
「つまりは、レンゼル総督の任ということだな」
「なるほど、そうだったのですね」
ヴァルフリードの口から、改めて「帝国領レンゼル」という文言を聞いてしまうと、アウローラの胸の内がやんわりと曇っていく。もう王国は滅んだのだ、というどうしようもない実感だ。
「さて。レンゼルをつつがなく統治する上で、旧レンゼル王国人との関係構築は欠かせない。そのため、きみの協力は必要だ。……分かるな?」
「はい、そのくらいは。要するに、レンゼル人の私を統治体制に取り込んで、帝国の命令を聞かせやすくする、というわけでしょう?」
「まあ、それくらいは分かるよな。その通りさ」
ヴァルフリードは、また一つイチジクを口に放り込んで、目を細める。
「それだけではない。帝国はレンゼル領に、ある程度の自治権を与えようと思う」
「はあ、自治ですか」
「ああ。頭ごなしに帝国が従えと言っても、反感を買うだろう? だから、きみのような元統治者の協力は不可欠なわけだ。おれが言っても通らないが、きみの言うことなら、旧王国人は、従う……」
「では、初めから私たちレンゼル王家を滅ぼすつもりはなかった、と、おっしゃるのですか」
「そうだ。最初から利用価値を分かっていた。殺すつもりなど、微塵もなかったさ」
「大公殿下は、計算高いお方ですね……」
ヴァルフリードは、アウローラの感想を聞いて、その薄い唇の端を悪戯っぽく吊り上げた。
「これくらい、為政者として当然の心構えだろう」
ヴァルフリードは、匙でイチジクを掬って、自分の顔の前に掲げ、こうも説明する。
「土地ごとイチジクの実を奪えば、反発を招く。だから、育てていた庭師ごと、雇う。その土地の土質を知り尽くした庭師は、さらなる収穫をもたらしてくれる。……当たり前のことだ」
「私が庭師なら、あなた様はさながら、イチジクの土地を買った農場主、というわけですね。あら、牛や鶏でも飼っていそうな響き。鋤き込む堆肥は、税金というわけですわね」
「ふむ。食事中にはあまり良くない話題だったな」
と、ヴァルフリードはわずかに口角を下げた。
「あら、堆肥、つまり、排泄物の話ですか?」
「わざわざ口にしなくていい!」
──したがって、デュランツェ帝国皇帝退位の知らせは、二人にとって青天の霹靂だった。
そもそもなぜ、「帝国領レンゼル」となったのか。
それは、レンゼル王国が帝国との戦火より帝国への恭順を選んだから、という簡単な理由からだった。
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当然のことながら、同盟国の援護という大義名分があってすらも帝国に武力で抗おうとした今までのレンゼルの敵対姿勢は帝国に睨まれており、ただ恭順するというわけにはいかなかった。
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厨で、アウローラはぐつぐつと煮える鍋をじっと見つめていた。窓の外では高く昇った太陽が中天に差し掛かりかけている。午前の時間だった。
かつてなら、今の時間は昼餉のために忙しなく動きまわる料理人たちでひしめいていた厨だったが、今は閑古鳥が鳴いている。王家が解体されたときに、退職金を支払った上で解雇されたからだ。実家の料理店を継ぐ、という親孝行な者もいれば、帝国貴族に雇われて料理を振舞うことになった、と顔を輝かせて語る者もいた。
アウローラは、元王女だろうとも、自分で料理をしたいときがあった。だから今日は、庭園で採れたイチジクを煮ている。
なんとなく、分かっていた。おそらく自分は、帝国の人質になる。この祖国レンゼルに留まれればいいが、環境の合わない帝国帝都に連れ去られるかもしれないと思うと、骨を噛むような虚しさが胸に去来する。
故郷のイチジクを味わえるのは、これが最後かもしれない──そう思うと、つらかった。
ワインの酒精をたっぷりまとった甘い湯気がふうっと香り、胸いっぱいにその湯気を吸い込んでみて、笑みがこぼれた。……よい匂いだ。
窓の外では、噴水庭園の片隅に凛と咲く白薔薇の花が、爽やかな風にそよそよと揺れている。
帝国占領下での王城生活は、少なくとも表向きには不自由がないように配慮されていた。頼めば物資は手に入った。
──食料は潤沢に。
おかげで、飢えもしないどころか、日々の献立が毎日変わっているほどには、食事に困っていない。
──暇つぶしの書物も必要とあらば自分で読みに行ける。
今までも含めれば、王宮図書室の蔵書を全て読みつくしてしまったのではないか、というほどだ。焚書のような野蛮な行為も、今のところは幸いにもされていない。
──庭園も自由に歩くことができる。
これは、常にヴァルフリードの部下による厳しい監視つきではあるが……。
それゆえ、庭のイチジクも手に入れば、ワインも砂糖も手に入る。だから、イチジクのワイン煮を作っている。
一本の木からどっさり採れるイチジクは、貴重かつ嬉しい甘味だった。食材が手に入るなら、別に庭で採れたものを調理しなくてもよいのでは、と誰かは眉をひそめるかもしれない。が、それはアウローラは違うと思うのだ。
出来上がったばかりのイチジク煮を、一個つまんでみる。
「あ、あふっ……!」
熱々のイチジクを口の中で転がし、冷ましながら少しずつ齧る。途端に、ワインの芳香と濃厚なイチジクの甘さが口いっぱいに広がっていく。アウローラは満足して軽く拳を掲げた。
「今年もいい出来。さあ、ヴァルフリード殿下は気に入るかしらね」
アウローラは、うつむくように独りごちた。
「はあ、それにしても、人質ってどのような生活なのでしょうか」
人質になる以前に、さくりと殺されたくない。すんなり殺されるか、むざむざ殺されるか。そのような表現の違いでしかない。
イチジクを煮ていたのは、今日も何かを献上しないと殺されるかもしれない、という危機感からだった。いや、実際にはそのようなことはないと分かっているのだが、暇を持て余している。
完成品をガラスの器に盛り付けて、城の客室をまるごと改装した執務室で政務書類を片付けているヴァルフリードのところに向かえば、彼は形のいい眉をたちまち跳ね上げた。
「これは、どういうことだ」
それは、赤紫色の液に浸かった丸い果実が、半透明になるまで煮込まれているもの。甘い匂いが、執務室中に立ち込めている。
「季節の実りをお届けしようと思い立ちまして」
「きみは、放たれた矢か」
「いいえ、アウローラ・レンゼルですわ」
「そういうことではない。……で、この料理は」
「イチジクのワイン煮です」
「それは、見れば分かる。なぜ、脚立が必要だった。部下が、きみの乗った脚立を押さえるのに、ひどく肝を潰したと言っていた。それより、きみが最初は木に登っていたと言っていたのだが」
「イチジクの実に、手が届かなかったので」
「なるほど」
つまり……とヴァルフリードは執務机の上でおもむろに手を組み、次のように要約する。
「きみは、庭園のイチジクの木に登った。落ちかけて、部下をひやりとさせた。あろうことか、採れたイチジクを煮だした。……それに相違ないな?」
「落ちかけてはいませんが。私は、そんなつまらないヘマは、しません」
これは、完全なる嘘だ。枝から足を滑らせかけて危うく落下しかけた。
「危ないだろうが……!」
その直後の静寂の中に、ぷっと周囲の近衛騎士たちが吹き出す気配があった。
「それでだ。おれはこのレンゼル城を拠点とし、帝国領レンゼルを統治するよう、皇帝陛下から申し付かっていたわけなのだ」
気を取り直したように、イチジク煮を銀の匙で口に運びながら、ヴァルフリードは話を切り出した。
「つまりは、レンゼル総督の任ということだな」
「なるほど、そうだったのですね」
ヴァルフリードの口から、改めて「帝国領レンゼル」という文言を聞いてしまうと、アウローラの胸の内がやんわりと曇っていく。もう王国は滅んだのだ、というどうしようもない実感だ。
「さて。レンゼルをつつがなく統治する上で、旧レンゼル王国人との関係構築は欠かせない。そのため、きみの協力は必要だ。……分かるな?」
「はい、そのくらいは。要するに、レンゼル人の私を統治体制に取り込んで、帝国の命令を聞かせやすくする、というわけでしょう?」
「まあ、それくらいは分かるよな。その通りさ」
ヴァルフリードは、また一つイチジクを口に放り込んで、目を細める。
「それだけではない。帝国はレンゼル領に、ある程度の自治権を与えようと思う」
「はあ、自治ですか」
「ああ。頭ごなしに帝国が従えと言っても、反感を買うだろう? だから、きみのような元統治者の協力は不可欠なわけだ。おれが言っても通らないが、きみの言うことなら、旧王国人は、従う……」
「では、初めから私たちレンゼル王家を滅ぼすつもりはなかった、と、おっしゃるのですか」
「そうだ。最初から利用価値を分かっていた。殺すつもりなど、微塵もなかったさ」
「大公殿下は、計算高いお方ですね……」
ヴァルフリードは、アウローラの感想を聞いて、その薄い唇の端を悪戯っぽく吊り上げた。
「これくらい、為政者として当然の心構えだろう」
ヴァルフリードは、匙でイチジクを掬って、自分の顔の前に掲げ、こうも説明する。
「土地ごとイチジクの実を奪えば、反発を招く。だから、育てていた庭師ごと、雇う。その土地の土質を知り尽くした庭師は、さらなる収穫をもたらしてくれる。……当たり前のことだ」
「私が庭師なら、あなた様はさながら、イチジクの土地を買った農場主、というわけですね。あら、牛や鶏でも飼っていそうな響き。鋤き込む堆肥は、税金というわけですわね」
「ふむ。食事中にはあまり良くない話題だったな」
と、ヴァルフリードはわずかに口角を下げた。
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