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終 祝われた子
これは一体なんだと思うか
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ランブラン伯爵は武装を剝ぎ取られ、捕らえられて、引きずられるようにしてレンゼル軍本部の天幕へと連行されたのである……。
ランブラン伯が渋々天幕に入ると、そこにはミルクティー色の髪をした二十歳そこそこの若い女が中央のクッションに座り、その隣には、緋色の髪の騎士が杖のように長剣の柄に両手を重ねて置き、女を守護するように控えて立っている。
「またお会いいたしましたね、ランブラン伯爵」
アウローラは優美に口を開いた。
「く、くそ……!」
ランブラン伯は二人の顔を見るなり顔を歪めた。自分が捕縛したはずの王女と「血だらけ殿下」。立場があのときとは逆転している。高貴なる王女殿下の前で「くそ」という言葉遣いはしっかりと不敬にあたるはずだが、ランブラン伯はもうそのようなことは気にしない、という主義に切り替えたのだろう。
「さて、『売国同好会』の首謀者どの」
「『憂国会』だ!」
アウローラから機先を制されるように皮肉られて、ランブラン伯は顔を赤くし憤慨した。
「わ……私を殺すのか?」
ランブラン伯は虚勢を張って、大上段に構えていた。しかし、声は隠しようがないほどに震えている。
「あなたの命を取ることはいたしません。ただし、こちらの条件を呑んでいただくことが前提となりますが」
屈託なく微笑みながらアウローラが差し出したのは、一枚の誓約書。
肝心の内容は、ランブラン伯爵家の全財産を没収すること、レンゼル王国からの永久追放を受け入れること、そして、今回の反乱の賠償金としてガルティヤ王国は金貨一万枚を支払うこと、等々……。
ランブラン伯は苦虫を百匹はまとめて噛み潰したような表情になった後、顔面を一度蒼白にした。次に赤黒くさせる。イカか、カメレオンのような変色具合だった。
「こっ……こんな条件呑めるか! 私に全てを捨てろだと! ふざけるな!」
「ふざけているのはどちらでしょうか」
アウローラの声がわずかに冷えた。
「あまつさえガルティヤ王国と手を結び、祖国を売り渡し、甘い汁を吸おうとしたのは、紛れもないあなたです。私とヴァルフリード殿下を捕縛し、殺そうとした余罪もありますわね」
「あ、あれは!」
「ああ、弁明は結構ですよ」
アウローラは、そばに控えているヴァルフリードに目配せした。すると彼はうなずき、天幕の奥から布に包まれた赤い何かを持ってきて、低いテーブルの上にどんと置いた。
「これは一体なんだと思うか」
神妙な顔をしたヴァルフリードは、布の端に手をかけた。
「ガルティヤ総大将の首だ。中身を確認したいよな?」
「ひっ……!」
ランブラン伯は、悲鳴をあげて縛られた身体でなんとか後ずさろうとした。布の隙間から覗く赤黒い染みだけで、もう充分である。
「み、見たくない、見たくない!」
ヴァルフリードは目元を細め、一転して辛辣に笑った。
「このような姿になりたければ、条件を断ればいい。この『血だらけ殿下』が、この者にしたのと同じように、貴様の首を切り離してしんぜよう」
「そ、そんな……!」
ランブラン伯は先日の自分の言葉を思い出していた。「血だらけ殿下を捕縛しろ」と命じたとき、内心では嘲笑していたのだ。所詮はたった一人の騎士など取るに足らない、と。
今、その「取るに足らない騎士」が目の前で長剣を構えている。つい先日、殺して手柄でも挙げるか、それとも帝国との交渉材料にするかと踏んでいたはずの男が、酷薄な笑みを浮かべて立っている。
ヴァルフリードは長剣を構え直すと、舞でもするかのように剣を華麗に弄んでみせた。微笑んだまま、その目には獰猛な殺気をたたえてランブラン伯に言い放つ。
「どうする? あいにく、おれは短気でどうもいけない。早く決断してくれると助かるのだが。貴様をこの場で同じ姿にするなど、造作もないな」
悪意そのものと化して、ヴァルフリードは残忍に告げた。
「ま、待ってくれ!」
ランブラン伯の声は、もはや悲鳴に近い。冷や汗が滝のように全身から吹き出し、目の前が暗転したかのごとき眩暈すら覚える。
「分かった! 条件を呑む! だから、生かして帰してくれ!」
ランブラン伯は半泣きで命乞いをする顔になってあえいだ。屈辱の極みがあるとしたら、まさに今このことを言うのだろう。縄に縛られた身体を必死に悶えさせる。
「……これはこれは。賢明なご判断をしていただき、ありがとうございます」
アウローラはことさら慇懃に礼を言う。むろんだが、相手への感謝ではなく、嫌味に決まっている。
ヴァルフリードはランブラン伯に歩み寄ると、剣を振りかざし、そして、振りおろした。ぱさり、と、いやに乾いた音を立ててランブラン伯の身体から縄が落ちる。ランブラン伯は戦慄した。服には織糸の一本分も傷がついていない。
あまりの恐怖に失神しかけたランブラン伯は、ようやく両手が自由を謳歌できるようになり、急かされるようにして誓約書に署名した。汗か、涙か、ペン先から垂れるインクなのか……自分の誇りと名声が地に落ちるように滴っていく。そうして、震える手でかろうじて署名を終えると、テーブルに突っ伏したい衝動に駆られた。
「誓約を遵守していただけますでしょうか」
アウローラは初夏の爽やかな風のような笑顔で言った。
ランブラン伯は、今までの浮薄な人生で一度もしたことがないほど、心の底から叫ぶこととなった。
「──守る!!」
アウローラは小鳥の囀りのような愛らしい声で、だが無慈悲に言い渡した。
「では、あなたに国外追放を言い渡します。ガルティヤ王国へ赴き、敗戦と賠償金の報告をなさい。よろしくお願いいたしますね」
「……へ!?」
ランブラン伯は目を剥いた。敗戦の使者など、最も不名誉な役目ではないか。そして、改めて兵に両脇を固められ、連行されて、天幕から出ていった。
アウローラはその哀しい後ろ姿を眺めやって滑稽そうににやつきながら、隣の騎士に話しかけた。
「ヴァル、演技に気迫がこもっていましたね」
ヴァルフリードはその顔に悪辣な笑みを浮かべて答えた。
「先日、おれたちを縄で縛った男だ。相当に縄で縛られるのが趣味と見える」
「確かに……!」
ぷっとアウローラは吹き出した。
「それはそれとして」
アウローラはテーブル上の「首級」を見下ろした。
「これ、偽物でしょう?」
「ああ、なんだと思う?」
「植木鉢?」
「正解だ」
「こんなことに使われる植木鉢が可哀想」
「植木鉢に謝っておけばいいか? ……まあ、敵総大将は生かして捕らえたしな」
「これからたっぷり賠償金を頂戴しないと」
「ああ、楽しみだ」
天幕の外では、レンゼル軍の勝鬨がこだましていた。
ランブラン伯が渋々天幕に入ると、そこにはミルクティー色の髪をした二十歳そこそこの若い女が中央のクッションに座り、その隣には、緋色の髪の騎士が杖のように長剣の柄に両手を重ねて置き、女を守護するように控えて立っている。
「またお会いいたしましたね、ランブラン伯爵」
アウローラは優美に口を開いた。
「く、くそ……!」
ランブラン伯は二人の顔を見るなり顔を歪めた。自分が捕縛したはずの王女と「血だらけ殿下」。立場があのときとは逆転している。高貴なる王女殿下の前で「くそ」という言葉遣いはしっかりと不敬にあたるはずだが、ランブラン伯はもうそのようなことは気にしない、という主義に切り替えたのだろう。
「さて、『売国同好会』の首謀者どの」
「『憂国会』だ!」
アウローラから機先を制されるように皮肉られて、ランブラン伯は顔を赤くし憤慨した。
「わ……私を殺すのか?」
ランブラン伯は虚勢を張って、大上段に構えていた。しかし、声は隠しようがないほどに震えている。
「あなたの命を取ることはいたしません。ただし、こちらの条件を呑んでいただくことが前提となりますが」
屈託なく微笑みながらアウローラが差し出したのは、一枚の誓約書。
肝心の内容は、ランブラン伯爵家の全財産を没収すること、レンゼル王国からの永久追放を受け入れること、そして、今回の反乱の賠償金としてガルティヤ王国は金貨一万枚を支払うこと、等々……。
ランブラン伯は苦虫を百匹はまとめて噛み潰したような表情になった後、顔面を一度蒼白にした。次に赤黒くさせる。イカか、カメレオンのような変色具合だった。
「こっ……こんな条件呑めるか! 私に全てを捨てろだと! ふざけるな!」
「ふざけているのはどちらでしょうか」
アウローラの声がわずかに冷えた。
「あまつさえガルティヤ王国と手を結び、祖国を売り渡し、甘い汁を吸おうとしたのは、紛れもないあなたです。私とヴァルフリード殿下を捕縛し、殺そうとした余罪もありますわね」
「あ、あれは!」
「ああ、弁明は結構ですよ」
アウローラは、そばに控えているヴァルフリードに目配せした。すると彼はうなずき、天幕の奥から布に包まれた赤い何かを持ってきて、低いテーブルの上にどんと置いた。
「これは一体なんだと思うか」
神妙な顔をしたヴァルフリードは、布の端に手をかけた。
「ガルティヤ総大将の首だ。中身を確認したいよな?」
「ひっ……!」
ランブラン伯は、悲鳴をあげて縛られた身体でなんとか後ずさろうとした。布の隙間から覗く赤黒い染みだけで、もう充分である。
「み、見たくない、見たくない!」
ヴァルフリードは目元を細め、一転して辛辣に笑った。
「このような姿になりたければ、条件を断ればいい。この『血だらけ殿下』が、この者にしたのと同じように、貴様の首を切り離してしんぜよう」
「そ、そんな……!」
ランブラン伯は先日の自分の言葉を思い出していた。「血だらけ殿下を捕縛しろ」と命じたとき、内心では嘲笑していたのだ。所詮はたった一人の騎士など取るに足らない、と。
今、その「取るに足らない騎士」が目の前で長剣を構えている。つい先日、殺して手柄でも挙げるか、それとも帝国との交渉材料にするかと踏んでいたはずの男が、酷薄な笑みを浮かべて立っている。
ヴァルフリードは長剣を構え直すと、舞でもするかのように剣を華麗に弄んでみせた。微笑んだまま、その目には獰猛な殺気をたたえてランブラン伯に言い放つ。
「どうする? あいにく、おれは短気でどうもいけない。早く決断してくれると助かるのだが。貴様をこの場で同じ姿にするなど、造作もないな」
悪意そのものと化して、ヴァルフリードは残忍に告げた。
「ま、待ってくれ!」
ランブラン伯の声は、もはや悲鳴に近い。冷や汗が滝のように全身から吹き出し、目の前が暗転したかのごとき眩暈すら覚える。
「分かった! 条件を呑む! だから、生かして帰してくれ!」
ランブラン伯は半泣きで命乞いをする顔になってあえいだ。屈辱の極みがあるとしたら、まさに今このことを言うのだろう。縄に縛られた身体を必死に悶えさせる。
「……これはこれは。賢明なご判断をしていただき、ありがとうございます」
アウローラはことさら慇懃に礼を言う。むろんだが、相手への感謝ではなく、嫌味に決まっている。
ヴァルフリードはランブラン伯に歩み寄ると、剣を振りかざし、そして、振りおろした。ぱさり、と、いやに乾いた音を立ててランブラン伯の身体から縄が落ちる。ランブラン伯は戦慄した。服には織糸の一本分も傷がついていない。
あまりの恐怖に失神しかけたランブラン伯は、ようやく両手が自由を謳歌できるようになり、急かされるようにして誓約書に署名した。汗か、涙か、ペン先から垂れるインクなのか……自分の誇りと名声が地に落ちるように滴っていく。そうして、震える手でかろうじて署名を終えると、テーブルに突っ伏したい衝動に駆られた。
「誓約を遵守していただけますでしょうか」
アウローラは初夏の爽やかな風のような笑顔で言った。
ランブラン伯は、今までの浮薄な人生で一度もしたことがないほど、心の底から叫ぶこととなった。
「──守る!!」
アウローラは小鳥の囀りのような愛らしい声で、だが無慈悲に言い渡した。
「では、あなたに国外追放を言い渡します。ガルティヤ王国へ赴き、敗戦と賠償金の報告をなさい。よろしくお願いいたしますね」
「……へ!?」
ランブラン伯は目を剥いた。敗戦の使者など、最も不名誉な役目ではないか。そして、改めて兵に両脇を固められ、連行されて、天幕から出ていった。
アウローラはその哀しい後ろ姿を眺めやって滑稽そうににやつきながら、隣の騎士に話しかけた。
「ヴァル、演技に気迫がこもっていましたね」
ヴァルフリードはその顔に悪辣な笑みを浮かべて答えた。
「先日、おれたちを縄で縛った男だ。相当に縄で縛られるのが趣味と見える」
「確かに……!」
ぷっとアウローラは吹き出した。
「それはそれとして」
アウローラはテーブル上の「首級」を見下ろした。
「これ、偽物でしょう?」
「ああ、なんだと思う?」
「植木鉢?」
「正解だ」
「こんなことに使われる植木鉢が可哀想」
「植木鉢に謝っておけばいいか? ……まあ、敵総大将は生かして捕らえたしな」
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天幕の外では、レンゼル軍の勝鬨がこだましていた。
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