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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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緊迫した状況を破るように、誰かが部屋の扉をノックした。王宮のトーラス王太子とレティアの共同部屋をノックする人物なんて、かなり近しい側近かメイド長くらいなものだが。
「トーラス王太子、レティア様、出立の準備はいいですか? そろそろ馬車で移動する時間ですが……」
声色から察するに、もう歳となっているトーラス王太子の爺やのようだった。今では老いぼれに近い年齢だが、そこは精霊魔法の使い手が集う特殊な国家の側近。若かりし頃は、国お抱えの攻撃魔導士としてかなり有名だったお人だ。
悪魔像も爺やさんがやり手の魔導師だったことくらいは基本情報として抑えているし、ここは話しを中断するしかないだろう。
レティアの首にかけられていた悪魔の手が、ゆっくりと離れていきレティアはようやく生きた心地がした。
(危なかったわ。あのまま話の流れが悪い方に向かっていたら、特に意味もなく殺されていたかも知れない。けれど、元が古代の精霊とはいえ自分の名前を思い出せないのでは、真の力は発揮出来ないはずよね。なるべく穏便に、うまく利用していかないと……)
「トーラス王太子、レティア様……何か異変でも?」
ガチャッ!
扉の向こう側でも、レティア達の様子がおかしいことは丸わかりだったようだ。何か起きたのかと問いながら、変に首を意識しているレティアに視線を注ぐ。悪魔の手前、これ以上追及されるわけにもいかず、ネックレスを弄りながら上手く誤魔化すことに。
「ううん、大丈夫よ。ちょっとネックレスが首に引っかかっちゃってね、トーラス王太子が直そうとしてくれていたんだけど。今日は別のアクセサリーに変更しようかしら」
「ほう。それでしたら、この悪魔除けのブローチは如何でしょう? 療養中の国王にお会いするのですから、王宮から病の元となる悪魔を連れて行くわけにはいきますまい」
爺やは部屋に置かれたアクセサリーケースから、聖品のひとつである魔除けのブローチを取り出した。いわゆる聖人と呼ばれている悪魔祓いのエクソシストのメダイユがついたものだ。
無言で受け取るとそこには、十字架の印と神父のイラストと共に、悪魔祓いで定番の文言が記されていた。
『これはエクソシストである神父の十字架』
『この光は悪魔を祓うであろう』
『初めの蛇よ、立ち去りなさい』
『その誘惑は人間にとって罪である』
『災いはやがて呪いをかけた者の元へと返るだろう』
このエクソシストのメダイユは、悪魔除けとしても名高いが、病気平癒のお守りとしても知られている。そのため、これから病人のお見舞いに行くレティアに勧めても、何ら不自然ではないアイテムだ。
けれど、ついさっき悪魔について話し合っていたばかりで、タイミングが良すぎるのも事実。
(もしかして、爺やさん。悪魔の気配に気づいている? でも、悪魔像の話が本当なら悪魔という存在自体、人の心の善悪が精霊を介して反映した結果、神にも悪魔にもなるのよね。それってつまり、私の心が悪いから悪魔像からしか声が聴こえなかったってこと?)
嫌味な結論が見えた気がして辟易したが、当の悪魔本人は気にもしない様子。むしろ面白いアイテムを見つけたと言わんばかりに、メダイユのブローチを覗き込んできた。
「ほう、これは興味深い! ふむ、ではレティア……オレがこのブローチをお前の胸元に着けてやろう。何、遠慮することはない。先程のネックレスは今日着けるのは辞めるのだろう?」
「……えぇ。光栄ですわ、トーラス王太子」
悪魔自ら悪魔除けのメダイユブローチを手にして、わざわざ婚約者であるレティアに装着してやることに。仕方なしに悪魔に話を合わせるしかないレティアだが、本物の悪魔であればこのメダイユが多少なりとも効くのではないか、と何処かで期待もしていた。
レティアの手の上からメダイユを受け取り、カチャカチャッとブローチのピンを外すと……。
チクッ!
「痛っ!」
レティアの身に突然不思議な立ちくらみが現れて、その拍子にトーラス王太子が手に取った悪魔除けのメダイユがレティアの身体に僅かに刺さってしまう。場所はちょうど手のひらでそれほどのダメージはないが、こういうダメージは大した怪我ではないのに地味に痛いものだ。
「おっと、済まないレティア。痛かったかな? 可哀想に少しだけ血が出ているな……どれ」
ちうぅ……。
まるで、吸血するかのようにレティアの手のひらの血を吸い取りそのままごくんっと飲む悪魔。側から見れば婚約中の若者が手のひらに口付けをしているように見えて、仲睦まじいだけの二人という風に映るだろう。
「ははは……いやはや、これはこれは……爺やはこの場から退散した方が良いですかな。しかし、これでレティア様の中に入ろうとしていた悪魔や病魔も居なくなったに違いない」
「ふむ。心配かけたな、爺や。きっとレティアを誘惑する悪い悪魔も、これで何処かへ消え失せるであろう。これで安心して父上の見舞いに行くことが出来る」
「おおレティア様、先程までは情緒が少し揺らいでおられたようですが。だいぶ落ち着いたみたいで、我々ボディガードもホッとしました」
爺やの中で万が一の悪魔疑惑は無くなったのか、安堵の表情で部屋の外へと出て行く。
一連の流れを見ていたお付きの魔法使い達でさえ、トーラス王太子の中にいる悪魔像の魂よりももはやレティア本人に何か別の悪魔が憑いているような目で見るようになっているようだ。レティアはただひたすら、気分が悪いだけだった。
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