旦那様の溺愛が常軌を逸している件

矢野りと

文字の大きさ
4 / 8

4.壊れた魔術師〜友人視点〜①

しおりを挟む
「侯爵様は今、急用で手が離せないそうです。大変申し訳ございませんが、こちらの応接室で暫くお待ちくださいませ」

「どうせさ、妻にでれでれしているんだろ?」

 俺――ユーザ・ゴウォンがそう言うと、この家に仕える侍女は困った顔をする。たとえ心の中で同意していたとしても、その通りですと言えるはずがない。悪かったなと少し反省する。

「どうせ暇だから、ゆっくりと待っているよ。良かったら一緒にお喋りでもする?」
「では、失礼します」

 彼女は素っ気ない返事をして部屋を出ていってしまった。

 確か、ゾーイって名前だったっけな。

 直接話したことはないが、そう呼ばれていたのを聞いた覚えはある。真面目そうな子だから、軽い話し方をする男は苦手だったのかもしれない。

 この屋敷の当主であるソウレイ・ロースからも、その話し方を直せとよく言われていた。だけど、染み付いた口調は簡単に変えられるものではない。
 それに平民育ちはみんなこんなものだから、気にしていない。

 

 俺はソウレイと同じ魔術師だ。身分差はかなりあるが、彼の親友でもある。だが今日は、お喋りを楽しむために訪問したのではない。


 上から命じられて見舞いという名の監視に来ているのだ。

――監視対象者は壊れた魔術師ソウレイ




 ◇ ◇ ◇


 遡ること一年前、ロース侯爵夫人が誘拐された。あまりに手際の良い犯行で、なかなか手掛かりを掴むことが出来なかった。

 そして、三日後。彼女は森の奥に建てられた粗末な小屋で発見された。

 ――もう虫の息だった。

 衣服は引き裂かれていて、乱暴されたのは明らかだった。そのうえ、爪を剥がされ体中に焼印が押されていた。
 深くまで焼かれたのだろう、小屋の中は肉が焼けた臭いが充満していた。


『……リリアっ、もう大丈夫だ。すぐに治るから』

 ソウレイは妻の体を外套で覆うと、震える手でそっと抱き上げた。医者のもとに運ぶために。

 誰の目にも手遅れだと分かった。しかし、それを告げることなど誰も出来なかった。

 みな歯を食いしばり拳を握りしめ、彼女を運び出そうとする彼のためにわきに避けた。

 これ以上妻の体に負担を掛けないようにと、慎重に足を進めていたソウレイの動きが止まる。己の腕に抱いている妻が懸命になにかを伝えようとしていたから、足音を止めたのだ。

『……だ……んな……さま……』
『私はここにいるよ、リリア。すまない、少しだけ我慢してくれ。すぐに手当をするからな』

 彼女は夫の声には答えず、同じ言葉だけを切れ切れに繰り返した――旦那様と。

 それはソウレイが望んだ呼称だった。妻の声音でそう呼ばれると天にも昇る心地になると、恥ずかしげもなく惚気ていた。


 たぶん、彼女は目も見えず耳も聞こえていないのだ。彼もそれに気づいただろうが、構うことなく声を掛け続ける。死神に付け入る隙を与えまいとしているようだった。

 ……声が途絶えたら終わると分かっていたのだろう。


『リリア、少し水を飲むか? 寒くないか? なにをして欲しい? ああ、そうだ。この前白い花を庭に植えたいと言っていたな。帰ったら一緒に買いに行こう。な、リリア』
『……だん……さま……ひとりにしな……いで』
『ああ、もちろんだ、リリア。……リリ…ア……? お願いだ、逝かない……でリ…リ…ァ………』

 ソウレイは妻だった躯を強く抱きしめて慟哭し続けた。その悲痛な姿は見ていられなかった。




 ――その一週間後、突然に殺戮が始まった。

 最初の犠牲者はソウレイに続く実力の持ち主である魔術師で、その次は老齢の魔術師だった。

 殺害方法はあの森で亡くなったリリアと同じ。ふと消えて、数日後に無惨な体となって家の前にごみのように捨てられ、家族によって発見された。


 何の証拠もないが、復讐が始まったのだと誰もが思った。

 そして、二人目が死んだ直後、数人の魔術師は家に閉じ籠もり、一人の魔術師は保護――牢屋行きを望んだ。


『お願いだ、助けてくれ。私はただロース侯爵夫人の予定を漏らしただけだ。殺しに関わっていない!』

『なんで、そんなことしたんだっ!』

 俺は容赦なく男の顔を何度も殴った。ソウレイの妻の痛みはこんなものじゃないっと怒鳴りつけながら。
 ソウレイは手を出すことなく、黙って聞いていた。

『妻がいなくなって、慌てふためくソウレイ・ロースを笑うだけって聞いてたんだ。こんな事するなんて知らなかったんだよ……。本当にすまない、ロース。お願いだ、許してくれ』

 男は全てを白状した。
 あの誘拐は、実力・身分・容姿・人柄・財力すべてを兼ね備えている魔術師を妬んだ者達仲間の犯行で、勝手に一部の者が暴走したのだと。

 男は望み通りに牢屋に入れられ、裁判を待つ身となった。

 犯行に加担したと名を挙げられた者達の中には、死んだ二名の魔術師と閉じ籠もっている魔術師達も含まれていた。しかし、生きている者は頑として罪を認めなかった。なので、調査を進める一方で、逃亡を防ぐために監視が付けられた。


 ――それでも、牢番や監視を嘲笑うかのように、ひとりまたひとりと殺されていった。


しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい

エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。 だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい 一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。

どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います

下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!

ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。 ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~ 小説家になろうにも投稿しております。

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...