旦那様の溺愛が常軌を逸している件

矢野りと

文字の大きさ
8 / 8

【おまけの話】ふたりで語る、いつか……

しおりを挟む
 パチパチッと爆ぜる音が暖炉から聞こえてくる。

 外では雪が降っていて、ロース侯爵家の穴だらけの庭園は積もった雪によって美しく覆われている。……自然が生み出した落とし穴。

 なんとも危険極まりない庭園が出来上がってしまったと思いながら、窓の外に目をやればジタバタと動くものが見える。
 目を凝らしてみれば、使用人が穴にすっぽりと嵌っていた。

「旦那様、穴にまた誰かが落ちているようですよ」

「……放っておけ、リリア。あれは遊んでいるんだ」

「でも、助けてと聞こえますけど――」

「私には聞こえない」

 旦那様は聞こえないふりをする。後ろから私を抱きしめて立っているのだから、聞こえないはずないのに。

 私と二人だけの時間を邪魔されたくないと、その声音が主張している。
 がっしりと私に回された彼の腕をぺしぺしと叩きながら、助けにいきましょうと言ってみるけれど、緩む気配はない。

 どうしようかなと思っていたら、他の使用人が声に気づき助けに行く姿が見えた。ほっとしていると、彼は私を抱き上げて窓辺から離れ、暖炉の前のソファへと座る。

 私の目が彼以外を映さないように、窓から遠ざかったのだろう。

 ふふ、子供みたいな人。


 私に向ける旦那様の重い溺愛は今日も変わらない。




 私――リリアはまだ旦那様のそばにいる。

 一緒に笑って、手を繋いで、隣で寝て、愛を囁いて、それから時々誰かが殺されそうになるのを止める日々。

 私達は変わらない。いいえ、変わることが出来ない。だって、私は死んでいるから……。


 でも、周りは少しづつ変わっていく。生きていればそれは自然なことだ。

 ゾーイは今、この屋敷にいない。辞めたのではなく、お腹が大きくなったので休んでいるのだ。
 彼女は結婚したあとも、侯爵家で働き続けている。本人の希望でもあるけれど、嫁ぎ先がど貧乏だからでもあった。

 そう、ゾーイの結婚相手は私の弟だった。

 平民と貴族の結婚は法で禁じられていないけれど、貴族という立場を貶める行為だと、社交界で糾弾されることが多い。しかし、幸か不幸か、ハウェイ子爵家は名ばかり貴族と影で揶揄されるていたので――つまり、貧乏すぎて貴族仲間と思われていなかった。なので、全く反対の声は上がらなかったらしい。

 ……それを聞いた時、なんというか、とても微妙な気持ちになった。


 私と旦那様はこれから生まれる甥または姪の誕生を心待ちにしている。順調にいけば一ヶ月後に生まれる予定だ。

「旦那様、最初の贈り物は何にしますか?」

「木馬とかはどうだ? 今から注文すれば間に合うはずだ」

 木馬は男の子でも女の子でも遊べる玩具だ。そのうえ、なかなか値が張るものなので、贈り物としては喜ばれること間違いなしの品である。
 セスへの旦那様の気遣いを感じて、私は姉として嬉しくなる。

「とても素敵ですね。あと、肌着とかも贈っていいですか? 旦那様」

 ……貧乏な子爵家には実用的な物も必要だ。

「もちろんだ、リリア」 

「ありがとうございます、旦那様」

 私達は肌着の色などを決めていく。性別が分からないから、白や淡黄色がいいだろうと意見は一致する。


「名前はなんてつけるんでしょうね?」

 本当は知っている。一昨日、私は弟の夢にお邪魔したのだ。その時、男の子ならソウで、女の子ならリリアンだと、弟は嬉しそうに教えてくれた。

 それを聞いた時、私は素直に喜んでいいのか分からなかった。
 思い入れのある人の名の一部を貰うことは、名付けにおいて普通だ。貰われる側は光栄に思うことはあっても、反対することはない、でも。

『それで本当にいいの……』

『義兄上や姉上のように、人を真剣に愛し、愛される人になって欲しいのです』

『でも、ゾーイの意見も――』

『心配いりませんよ、姉上。妻も僕と同じ考えです』

 弟は迷いのない目ではっきりと言い切った。


 ――こんな会話をしたことは、旦那様には内緒。


「きっと二人なら素敵な名前をつけることだろう」

「私もそう思います、旦那様」

「私達の子と名前が被らないといいんだが。まあ、被ったとしても、名前は変えないだろ? リリア」

「ええ、変えません。それに被らない気がしますよ。ふふ、姉の勘ですけど」

 私が生きてる時から子供の名前を二人で決めていた。いつか恵まれるだろうからと。
 死んでからも普通に話をしている。だって、幸せは続いているという設定だから、話さないほうが不自然だ。

「アティカには生まれた時から従兄弟がいるんだな」
「そうですね。ゾーイとセスの子ですから、きっと優しくて面倒見の良い子のはずです。だから、私達のアティカはたくさん遊んでもらえますね」


 アティカとは、私と旦那様が我が子につけようと考えていた名前。いにしえの言葉で『奇跡』という意味を持っている。

 我が子の誕生。それは奇跡そのものだからと、二人で決めた大切な名前。

 その名を呼ぶ日はもう永遠に来ないと、私も旦那様も分かっている……。

「私、大好きな旦那様にそっくりな子が欲しいです」

 私の言葉に破顔しながらも、旦那様は自分の望みを主張する。

「私はリリアに似た子が欲しい」

 お互いに大好きな人の面影を我が子に求める。どちらも嬉しそうに頬を緩めながら一歩も譲らない。

「それなら、私と旦那様に似た子がいいですね」
「そうだな、リリア」

 永遠に会うことがない我が子を想像し、私達は目尻を下げる。それはとても幸せで……だけど苦しくもある。

 でも、私達は未来を語るのをやめない。

「ねえ、旦那様。アティカに会える日はいつだと思いますか?」
「子は授かりものだから分からないな。だが、いつか必ずその日が来る。それまで、二人でこうしてゆっくりと待とう。な、リリア」

旦那様の言葉は優しさで溢れている。

「はい、旦那様。今は二人だけの時間を存分に楽しみましょうね」


今日も私は旦那様の膝の上で甘えてみせる――旦那様が嬉しそうに笑ってくれるから。



*****************

『アティカ』という名で、もしや?! と気づいた読者様はいるでしょうか。(←はい、その通りです)

この作品は単体で成り立っています。

ですが、とても長い時を経て他の作品へと繋がっていきます。





――そんな奇跡があってもいいと思いませんか。








しおりを挟む
感想 36

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(36件)

sakamoto
2026.01.30 sakamoto

途中から涙がとまらなかったです……。
旦那さんも奥さんも弟さんもお手伝いさんもみんないい人で、、
旦那さんが亡くなるその時まで消えないであげてほしいと願うばかりです

2026.01.31 矢野りと

sakamoto様、感想ありがとうございますヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。

読んでいただけるだけで嬉しいのに、そのうえ泣いてもいただけたなんて、感謝感激です(≧▽≦)

ティッシュをお渡ししたいので、今晩あたり『ひゅ〜、どろどろどろ〜』と誰かがお邪魔するかもしれません。
その時は驚かないでくださいね(笑)

解除
ゆず茶
2025.06.03 ゆず茶

 最初は、「アハハ」とほのぼのした気持ちで読ませていただいていたのですが、途中から涙が止まらなくなりました。(テイッシュを山のように使ってしまった...、今もパソコンを打ちながらテイッシュが手放せません)
 少し前に『永遠の誓いを立てましょう~』を読み終わっていましたが、この物語に繋がっていたのですね。
 永い時を経てですが、二人にも幸せが訪れてよかったです。
 先生の心にしみる作品をこれからも楽しみにしています。

2025.06.03 矢野りと

ゆず茶様、感想ありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ

泣いていただけるなんて、こちらこそ涙✕涙です。゚(゚´Д`゚)゚。←ウレシナミダデスヨ~

それから、こちらの作品だけでなく『永遠の誓いを〜』も読んでいただきありがとうございました。

こんなふうに繋がっている作品は実は結構あります。
某ディ◯ニー◯ンドで隠れミッ◯ーを探がすように、お時間のあるときにでも繋がり探しなんていかがでしょうか。繋がりに気づくと、そのキャラへの印象が180度変わることもあるかもしれませんよ(ΦωΦ)フフッ…

解除
はなこ
2024.05.10 はなこ

涙が止まりません。
これからも何度も読んでは泣き、思い出しては泣き、の繰り返しになると思います。
心に残る作品のひとつになりました。

2024.05.11 矢野りと

はなこ様、感想有り難うございますヽ(=´▽`=)ノ

温かいお言葉に感無量です(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)←嬉しい涙です


よろしかったら、この作品と関連のある『永遠の誓いを立てましょう〜』も読んでみてくださいませ。
彼らのその後?……が分かりますので(#^.^#)

解除

あなたにおすすめの小説

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

最高魔導師の重すぎる愛の結末

甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。 いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。 呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。 このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。 銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。 ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。 でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする…… その感は残念ならが当たることになる。 何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。