どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

矢野りと

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5.悪夢の始まり②

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あの手紙を貰ってからすぐに婚約者であるガイアロス・ブラックはゲート伯爵家にやってきた。

 …こっちを見て、おねがい。
 ガイア、なにか言って…。

駆け寄り話し掛けようとする私をガイアは『邪魔しないでくれ』と言い捨て素通りしていく。


突然の訪問を当主であるゲート伯爵に丁寧な態度で詫びる彼は以前と何も変わっていないように見える。母にも妹にもいつものように接する。

だが私に向ける眼差しだけは違った。
それは家族が私を見る目と全く同じ…。

愛情なんて欠片も見つけられない、冷たく…蔑むような目。

恋人である私のことを見ようとさえしない。
私からも声を掛けることはできなかった、彼がどんな反応をするか怖かったから。

分かっていたのだ、彼も私を拒絶すると。
だってあの目…。
あれは私に愛を告げてくれた目ではなかった。

憎しみと嫌悪が入り混じった視線に彼の名を呼ぶことさえできなかった。

いいえ、もう私には許されていなかった。

 

彼の口からは淡々と婚約解消に関する言葉が紡がれていくが、話し相手は当主である父だった。

「ではこの婚約は解消ということで問題はないですね。お互いに了承しているので違約金もなしでよろしいでしょうか?」

「ああ、それは構いません。ただ我がゲート伯爵家としてはブラック伯爵家との縁は結びたいと考えております。もしガイアロスさえよかったら、今回の婚約解消の後、妹であるルーシーと新たな婚約を結びませんか?」

いきなりの父の提案だった。

 そんな…なんで…。
 そんなのおかしいわっ。
 ガイア、お願い断って…。

彼との婚約解消は避けられないと分かっていた。でもだからといって彼への愛が消えるわけではない。

彼がもう私を愛していないと分かっていても…。
 

婚約解消だけでも辛いのに、妹が新たな婚約者なんて受け入れられない。


貴族の結婚は家と家との結びつきだから、特別な事情により相手が入れ替わることもある。
でもそれは気持ちが伴っていない政略の場合だからこそ割り切れるのだ。


私は彼を誰よりも愛している。



ガイアは『それはルーシー嬢に失礼では…』と困った顔をしていたが、断りの言葉は出なかった。
そしてルーシーも『そんなこといきなり言われても…』と戸惑っていたけれども嫌がってはいない。

 どうして…ルーシー。
 私の気持ちはよく知っているでしょう?
 それなのになぜ…。

どうして妹は否定してくれないのだろう。
私がどんなに彼を愛しているか知っているのに。



そんな二人の様子に父は満足げに頷いてる。

「答えはすぐに出さなくてもいいでしょう。焦る必要はない、ゆっくりと時間を掛けてお互いを知りそれから二人で決めればいい。今回の婚約解消では君に多大な迷惑をかけてしまったが、もしかしたらこれもルーシーと結ばれる為に必要なことだったのかもしれないな。はっはっは」

父の言葉に賛同するように母も微笑んでいる。
そしてガイアとルーシーはお互いに少し気まずそうにしながら笑っていた。

妹はちらっと私のほうを見た。一瞬だけ目があったが、彼女はすぐに目を逸らした。
そしてまたガイアにむかって恥ずかしそうに微笑んでいる。

それはさっきまで姉の婚約者だった人に向ける顔ではなかった。

『恋をしている』そんな表情だった。


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