二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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5.沈黙する者達②

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 シャロン達から解放された私とルークライは、ふたり揃って広間を歩き始めた。いつの間にか彼の肩から白は消えていたので、もう必要以上に注目されることない。

「さっきはありがとう、ルーク兄さん。私ではあんなふうに上手く対応出来なかったもの」

「お前だって同じことは出来たはずだ。義妹に遠慮していた、そうだろ? まったくお前は家族に甘いな」

「そうかな……」

 家族と距離を置くと決めたけど、嫌っているわけではない。……それに嫌われたくもない。だから、対応が中途半端になってしまう。

 どっちつかずの蝙蝠みたい……。


「そう落ち込むな、リディ。優しいのはお前の長所でもあるんだから。義妹に絡まれて災難だったな」

 そう言うと、ルークライは優しく私の肩を叩いた。

 彼は私と家族の関係を知っている。マーコック公爵家を出たあと、私から話したのだ。彼は最後まで黙って聞いてくれて、泣きじゃくる私に『よく頑張った』とだけ言ってくれた。

 あれには、本当に救われたな……。

 本物の家族と家族になれなかったけど、心を許せる相手がいるからこうして頑張れていると思う。



「それにしても見ているだけなんて、あのふたり、男の風上にも置けないな」

「ふたり? ケイレブ様は分かるけど、もうひとりは誰のこと?」

 ひとりはケイレブに間違いない。彼は本当に頼りなかったから。保身というより男気が足りない。

 でも、あとひとりは誰のことだろうか。あの場には男性も大勢いたけど、みんなただの野次馬だった。誰かひとりなんて記憶に残ってない。


「あー、あれだ、あれ……」

「あれってなに?」

「……あれはそれだよ」

「それって?」

「……それはあれだろ」

「話がぐるぐる回っている気がするんだけど?」

 頭を掻きながら目を泳がせるルークライ。そんな彼をじっと見つめていると、彼は辺りを見回し「あれだっ!」と指さした。
 その先にいたのは、ノア・マーコック――私の兄。

 離れているし、彼は誰かと話しているのでこちらには気づいていない。

「あの時、少し離れたところに彼もいた。こっちを見ていたから、何が起こっていたか把握していたはずだ。なのに、義妹を止めに来なかった。つまり見ているだけだった。ということで、めでたく二人目決定だ」

 兄が近くにいたのに気づかなかったけど、ルークライは兄の顔を知っているから見間違いではないだろう。
 そこはいい、全然問題ないと思う。……でも、なんだかこじつけ感が凄い。

「今、決めたの? なんか言い方は変だったけど」

「……いや、違うぞ。気のせいだ」

 彼は私の目を見ずに答える。……明らかに変だったので、ぐいっと近づき彼に迫ると、その時。

『カァー、カァー』と白がルークライの肩に降り立たった。まるで彼の窮地を察したかのように。周囲の視線が一斉に彼と白に集まってしまう。


「まあ、濡れ鴉だわ」

「こんなに格好良い方だったなんて」

「初めて見たわ、紫銀の髪。なんて素敵なのかしら」

 間が悪いことに、周囲にいたのは殆どが女性だった。畏怖よりも秋波が勝っているようで、じわじわと包囲されていく。
 ルークライの容姿は上の上。そのうえ、二つ名を持っている魔法士など彼しかいない。

「リディ、こっからは別行動な」

「えっ、」

 彼は淑女達の隙間を縫うようにして一目散に逃げ出していく。あっという間のことで、呼び止める間もなかった。もう舞踏会に戻ってくることはないだろう。そんな気がした。
 
 ひとり残された私は溜息を吐く。

 老魔法士の姿もどこにも見えない。たぶん、この後も舞踏会で会うことはないと思う。

 ……また、私だけ……。






 ◆ ◆ ◆

 俺――ルークライは人混みの中から目当ての人物を捜す。なかなか見つからず苛立っていると、バルコニーで立っている姿を見つけた。

 周りには誰もいない。好都合だ。


「タイアン魔法士長、どうしてさっきリディを助けなかったのでしょうか?」

 見てるだけの二人目とは、実はタイアンのことだった。ノアは苦し紛れに出した名だ。彼の姿は俺から見えていたが、こちらの声が彼に届いていたかなんて知らない。

 タイアンの名を出さなかったのは、彼を庇ったわけじゃない。個人的な事情かつ、その名を口にしたくなかったからだ。

 こいつのせいで要らぬ嘘を吐く羽目になったと、タイアンを睨みつける。


「君の出番を取るような真似はしたくなかったんでね。それに格好良く助けて、もし彼女が私に惚れてしまったら君は傷つくでしょ? 大切な君を私は傷つけたくないんだよ」

 馬鹿なことを真顔で言うタイアンが腹立たしい。

 俺は罵倒する代わりに「チッ、」と舌打ちする。これくらいで済ませたのは、周囲に人がいないとは言え、ここが舞踏会だからだ。

 暗がりでよろしくやっている紳士淑女がいないとも限らない。まあ、自分達のことで忙しくて聞き耳を立てる余裕などないだろうが。

「部下が困っていたら助けるのが上官としての責務です。今後は正しい対応をしてください。そして、こそこそ様子を見るような真似はやめてください」

「難しいこと言うね。こそこそ見てないと、困っているかどうか分からないのに。それとね、私の名誉のために言うけど、基本こそこそ見てないよ。君以外は」

 こいつは俺を怒らせるために存在するような奴だ。

「揚げ足取りは結構です。では、失礼しま――」

「忠告だよ。苦し紛れにノアを持ち出したみたいだけど、それ正解だから」


 ……騒動の後の会話まで把握していやがる。

 俺は苛立つ気持ちを抑えて冷静に質問を口にする。

「三人目がいたということですか?」

「そう。詳しいことは分からないけど、探っておいて損はないと思うよ。リディアのために。徒労に終わるかもしれないけど、そんなこと気にする君じゃないだろ? ルークライ。大切な人のためなら、自分を押し殺すことさえ厭わないんだから。誰に似たのかな……。私ではないことは、はっきりしているけどね」

「失礼します」

 あいつの戯言なんて聞く気はない。
 背を向けると、後ろから楽しそうに笑う声が聞こえて来る。
 剣を持っていなくて良かった。もしあったら彼の首は、これから冷たいバルコニーに転がることになる。

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