二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

文字の大きさ
10 / 62

10.夢……

しおりを挟む
 隣の席に誰かが座る音がして、嗅ぎなれた湿布の匂いが鼻腔に届く。老魔法士が出勤して来たのだ。

「今日はやけに早いんじゃな、リディア」

「おはようございます」

「その様子だと二日酔いじゃな。すまんの、二日酔いの薬はあいにく切らしておるんじゃ」

 昨日私がルークライと一緒に食事に行ったのを彼は知っている。私の今の姿と、あの時間帯だから当然酒場だろうと推察しての言葉だろう。

「大丈夫です。二日酔いではありませんので」

 心配してくれる老魔法士に対して、私は机に突っ伏しながら答えた。……全然説得力がない。


 しかし、本当に二日酔いではないのだ。

 昨日は確かにたくさん飲んで、お店で寝てしまうという醜態を晒した。挙げ句にルークライに背負われて寮に運んでもらい――管理人さんが教えてくれた――多大な迷惑を掛けた。

 にもかかわらず、目覚めはすっきりだった。

 それなら何も問題はないはず……なのに、王宮の仕事場に一番乗りした私は二日酔いもどきになっている。


 これには深い理由があるのだ。


 数時間前。寮の部屋で目覚めた私はまず叫んだ。

 『きゃー、なんて夢!!』

 忘れるのよ、リディア・マーコック。本気なのっ?! 忘れるなんて勿体ないでしょ。今なら、続きを見られるかもしれないわ。ほら、さっさと寝てみなさい。いいえ、駄目よ、あなたは大切な妹でしょ? 

 枕を抱えて悶え、それから理性と欲望が揉めに揉め、理性が負けて二度寝にチャレンジした。けれども、興奮して眠れずいつもよりも一時間も早くに出勤したのである。


 昨夜私が見た夢とは、ルークライが『愛している』と私に囁く夢。聞いたこともない甘い声音で、それから私の髪を愛おしそうに掬うのだ。現実から遠く離れた、まさに欲望の塊。…………。そんなに私は飢えているのだろうか。

「たぶんね」

 いつもの癖で自分で答えてしまう。でも、全然安心できない。完全に答えを間違えてしまった。


 仕事場に着いてから私は必死に心を落ち着かせようとしていた。でも、あの声色、あの手の艶めかしい動きが頭から離れてくれない。

 あと少しでルークライも出勤してくるはず。彼を前にして平常心を保てる自信はない。
 
 絶対ににやにやしてしまうわ……。
 
 困った私は顔を隠すために、突っ伏しているというわけだ。言うなれば緊急避難である。


「やっぱり腰痛じゃったんだな? ほれ、今日こそ心の扉を開くのじゃ」

 老魔法士はまた私の机の上に湿布を置いてくる。
 心の扉を開くって何だろう? ……意味が分からない。でも、問い返す気力はない。

 ズズッと押し返すと、彼はズズッと押し戻す。お互いに一歩も譲らず膠着状態が続いていると、頭の上からルークライの声が降ってきた。

「リディ、どうした? 二日酔いか?」

 ああ、心の準備がまだ出来てないのに……。

 いつも通りの声で夢のように甘くない。それなのに、私の心臓は勝手に早鐘を打ち始める。これは非常にまずい。よしっ、このまま顔をあげないでいよう。

「昨日は迷惑を掛けてごめんなさい」

 まずは言うべきことを伝えた。
 その後に、私の胸が絶対にときめかない人の名前を心のなかで唱える。

 ケイレブ様、ケイレブ様、ケイレブ様……。

 これでなんとか始業前には落ち着くだろう、と思っていたのに無情にも始業を知らせる鐘が鳴り始める。
 仮病を使ってこの場を去るなんて、王宮の鴉としての矜持が許さない。

「やっぱりいただきます」

 私は押し返していた湿布をさっと引き寄せ、素早く貼った。スースーする以外は問題はない。私は平然と顔を上げる。

「やっと素直になったんじゃな。ん? リディア、貼る場所を間違っておるぞ」

「いいえ、間違っていません。顔が腰痛なんで」

 
しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

婚約解消しろ? 頼む相手を間違えていますよ?

風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングは元婚約者から婚約破棄をされてすぐに、ラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、新たな婚約者が出来ました。そんなラルフ様の家族から、結婚前に彼の屋敷に滞在する様に言われ、そうさせていただく事になったのですが、初日、ラルフ様のお母様から「嫌な思いをしたくなければ婚約を解消しなさい。あと、ラルフにこの事を話したら、あなたの家がどうなるかわかってますね?」と脅されました。彼のお母様だけでなく、彼のお姉様や弟君も結婚には反対のようで、かげで嫌がらせをされる様になってしまいます。ですけど、この婚約、私はともかく、ラルフ様は解消する気はなさそうですが? ※拙作の「どうして私にこだわるんですか!?」の続編になりますが、細かいキャラ設定は気にしない!という方は未読でも大丈夫かと思います。 独自の世界観のため、ご都合主義で設定はゆるいです。

処理中です...