二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

文字の大きさ
14 / 62

14.ショウタイ②〜シャロン視点〜

しおりを挟む
「……ロン……シャロン?」

「……っ……」

 リディアが心配そうに私――シャロンを見ていた。なんと返事をしていいか分からず、目を彷徨わせたあと俯いた。
 上手く丸め込もうとしたのに正論をかざしてきたから、つい怒りに任せてあんなことをしてしまった。

 これでは丸め込めむどころではないわ。お父様やお母様に告げ口をされるかもしれない。どうすればいいの……。

 テーブルを叩いた上手い言い訳など浮かんでこなかった。

 もう婚約の話どころではない。この振る舞いを大袈裟に――いいえ、ありのままマーコック公爵家に伝えられたら、私の立場はない。ガラガラと足元が崩れていく、そんな感覚に襲われる。

「シャロン、顔を上げて。大丈夫だから」

 私は将来を悲観し震えながら顔をあげる。

「顔色が真っ青だわ。ごめんなさい、あなたの気持ちを考えずに」

「……わ、私の気持ち……」

 彼女が何を言っているのか分からなかった。私の顔を覗き込むようにしてリディアは話を続ける。

「本当は好きな人がいるのではなくて? でも、あなたは公爵令嬢としてこの政略結婚を潰すようなことは出来ない。だから、私がケイレブ様と婚約してくれたら万事上手く収まると期待していた。それなのに、私は婚約はしないと言った。公爵令嬢としての矜持と自分の想いに挟まれて苦しくて、だから思わずテーブルを叩いてしまったのでしょ?」

「……はい、そうです」

 私は弱々しく答えながら、なんてお人好しなのだろうと歓喜していた。
 あの行動をなぜか私の都合の良いように解釈して、そのうえ同情までしている。

 私は嬉しくて嬉しくて笑い声が漏れ出そうになる。慌てて俯いたけれど、小刻みに肩が揺れてしまった。

「シャロン、無理しないで。泣くほど悩んでいるのなら、この話は一旦保留にしましょう。ね?」

「お姉様はそれで良いの? 何も聞かないの?」

 尋ねたのは形だけ。お人好しの答えなんて決まっているもの。さあ、欲しい言葉を私にちょうだい、お姉様。


「聞かないわ。誰にだって話せないことはあるもの。これだけは信じて欲しいの。私は婚約を望まないけど、あなたが犠牲になるのも望んでいないわ。あなたがどうしたいか答えが出たあとにまた話し合いましょう」

「……あ、ありがとう、お姉様」

 私は目に涙を溜めて完璧な演技を披露してみせる。リディアは疑ってもいない。おかしくて、おかしくて、また肩が揺れてしまう。

 私はあなたの犠牲にはならない。でも、あなたは私の犠牲になってね。

 両手で彼女の手を握りながら、心のなかで笑っていた。



 私は五歳の時に自分の意思とは関係なく公爵令嬢になった。それはもう必死だった。身代わりは本物以上にならないと認められないから。努力の甲斐あってこうなった――身も心も公爵令嬢に。
 なのに、本物のシャロンが帰ってきた。血が繋がっているというだけで愛されて、私という存在を脅かす。

 お父様、以前のように私を褒めて。
 お母様、以前と同じく私に笑いかけて。
 お兄様、あの子ではなく私を見て……。

 私へ向けられる愛情が日に日に減っていくのを感じた。それでも、私は嫌な顔ひとつせず我慢した。だって、私は公爵令嬢だから。それ以外の自分なんて覚えない。

 ここしか居場所はなかった。


 なのに、なのに……あの子は私が欲して止まないもの横から掠め取っていった。

 本物が帰ってきてから二ヶ月後のある日。お兄様を驚かそうとそっと近づいていった。
『……シャロン、愛している』
 聞こえてきたのは熱い想いが込められた私への告白。嬉しくて涙を流した。

 同じ想いだったなんて。お兄様――いいえ、ノア、私も愛しています。

 私は今までと違った未来を夢見た。マーコック公爵令嬢はもうひとりいる。それならケイレブに嫁ぐのは私でなくともいいと。
 私が近くにいるとは知らない兄は白いハンカチに口づけた。それは『リディア』と刺繍の入ったものだった。

 兄の恋情は血の繋がった妹に向けられていたのだ、私ではなくて……。

 私はただ、ただ、ひとりで泣いた。それ以外に出来ることがなかったから。
 兄は自分の気持ちを決して表には出さなかった。でも、いつその想いが溢れてしまうとも限らない。
 そんなことは絶対にさせない、私が彼を守ってみせる。

 私は悩んで、悩んで、正解を見つけた。

 リディアとケイレブを結婚させよう。そうしたら、兄も諦める。いいえ、それだけでは甘いわ。……そう、私が兄と結婚すればいい。彼の気持ちがに向かないように、一生寄り添ってあげよう。愛されなくとも……。


 ――私は正しいことをしている。


 私とリディアが手を握っていると、外から鈴を転がすような笑い声が庭園に届いた。

「あれは、ザラ様の声ですわ」

 私達は木々の間を進んで庭園から地上を見下ろした。そこには、王女と濡れ鴉が並んで立っていた。何を話しているのかまでは聞こえないけれど、ザラ王女が楽しそうなのだけはその笑い声から伝わってきた。

 あら、そうなのね……。

 リディアの横顔は私がよく知っているものだった。愛しているけど愛されていない――そんな惨めな顔。毎日鏡に映った自分を見ているのだから間違えようがない。

 これを利用しない手はない。


「大切な用事とは、逢瀬のことだったのですね。おふたりはお似合いですわ。ふふ、本当は秘密なんですけど、お姉様には特別に教えて差し上げます。実はザラ様と彼は近々婚約するんですよ」

「えっ? でも、ルークは平民だわ」

 リディアはやはり彼に片想いしている。その声には動揺が表れていた。
 私はふたりしかいないのに、リディアの耳元に口を寄せる。大切な内緒話をするかのように。

「叙爵されるらしいです。秘めていた恋が実るなんて、素敵ですわね。これでもう周囲の目を気にすることなく会えますもの」

「……おふたりはいつからなの?」

「ザラ様からは、だいぶ前からお話を聞いておりますけど、はっきりいつかは分かりません。気になりますか? お姉様」

「…………いいえ」

「そうですよね。だって、お姉様には関係ないことですから」

 本当は付き合ってなどいない。ザラ王女が一方的に熱を上げているだけ。でも、叙爵は本当の話。
 たぶんザラ様は、叙爵されてからなし崩し的に婚約を結ぼうとしているのだろう。強引なあの方ならやりそうなことだ。


 さあ、お姉様。あなたの愛する人はもう他の人のもの。諦めて平凡な幸せを選んでくださいませ。ケイレブなら叶えてくれますから。


しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

婚約解消しろ? 頼む相手を間違えていますよ?

風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングは元婚約者から婚約破棄をされてすぐに、ラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、新たな婚約者が出来ました。そんなラルフ様の家族から、結婚前に彼の屋敷に滞在する様に言われ、そうさせていただく事になったのですが、初日、ラルフ様のお母様から「嫌な思いをしたくなければ婚約を解消しなさい。あと、ラルフにこの事を話したら、あなたの家がどうなるかわかってますね?」と脅されました。彼のお母様だけでなく、彼のお姉様や弟君も結婚には反対のようで、かげで嫌がらせをされる様になってしまいます。ですけど、この婚約、私はともかく、ラルフ様は解消する気はなさそうですが? ※拙作の「どうして私にこだわるんですか!?」の続編になりますが、細かいキャラ設定は気にしない!という方は未読でも大丈夫かと思います。 独自の世界観のため、ご都合主義で設定はゆるいです。

処理中です...