二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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38.事情聴取

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 翌日、私の病室を訪れたのはとても会いたかった魔法士のひとり――老魔法士だった。
 彼は私の顔を見るなり、顔の皺を深め相好を崩した。その目には光るものが浮かんでいる。上半身だけを起こしていた私がベッドから降りようとすると、彼はそのままでと手で制す。

「この度はご心配をお掛けしました」

「心配させおって……。儂の寿命が縮んでしまったぞ。きっとあと百年ほどしか生きられん」

「ふふ、それは困りましたね」

「本当じゃ。買い溜めている湿布が使い切れん」

 老魔法士の台詞に思わず笑みが溢れる。

 私が緊張しているだろうと思って、彼は笑わせてくれているのだ。その気遣いは、いつもと同じでとても温かい。

 今日、私は狩猟大会に関しての調書を取られることになっていた。
 流石にあれだけのことが起こったのだから、王家も調査を許可せざるを得なかったのだろう。国王は王女を溺愛していると言っても、執政者としてはまともだったということだ。

 あの事件の目撃者はみな聞き取り調査を終えていた。
 あと残っているのは私とルークライだけ。でも、彼はいつ目覚めるか分からないので、私からの聞き取りを終えたら調査完了となるらしい。

 聴取は任意だったので、医者はこんな状態で臨むべきではないと反対した。でも、私は受けたいと主張した。

 ……だって、私が見聞きした事実は私しか知らない。

 医者は付添人――私が興奮したら中止を判断する第三者をつけることを条件に承諾してくれた。
 最初はタイアンが付き添う予定だったけれど、調査官側から公平を期すために王族以外でと言われた。
 私からしたら彼は信頼に値する人だけど、彼らからしたら王女の叔父という立場だからだろう。

 だから老魔法士は今日、付添人として来てくれたのだ。

「お忙しいなか引き受けてくださって有り難うございます」

「本当に大変じゃったんだ。誰が付き添うか揉めに揉めてな」

 それは申し訳ないことをした。ふたりも魔法士が抜けている今、みなより忙しいのだ。私が下げた頭を上げると、なぜか老魔法士が小躍りしていた。

「壮絶な戦いを経て、儂が勝ち取ったんじゃ♪ みなの悔しがる顔は傑作じゃったぞ~」

 ……もう、なんでこんなに喜ばせるのが上手いのだろう。

 まだ面会は許されてないから他の魔法士達とは会えていない。でも、彼の一言でみなの思いが十分に伝わってきた。

 目尻に滲んだ涙を拭っていると、トントンッと規則正しく扉を叩く音がした。

「失礼します、調査官のホグワルです」

 そう名乗った文官は二十代後半くらいに見えた。でも、その若さに反して、ずいぶんとお硬い雰囲気を持った人だ。彼は掛けている眼鏡をくいっと手であげて、何かを待っている。

「あっ、名乗るのが遅れて申し訳ございません。リディア・マーコックです」

「儂はモロックじゃ」

「シャロン様、モロック殿。今日はよろしくお願いします。負担にならないように短時間で済ませるつもりです。そもそもこの事情聴取は任意ですので」

 調査官は通称を無視して本名で呼んだ。

 彼はスタスタとベッドから離れたところにあるテーブルへ向うと、その上に書類を広げた。椅子には座らず立ったままだ。勧められるのを待っているのではなく、手短に終わらせようとしているのが伝わってくる。

 老魔法士は座っている椅子を、ズズッと私のベッドに近づけ囁いた。

「リディア、儂がおる」

「はい」

 老魔法士も同じように感じたのだろう。
 調査官は公平を期すために、王弟の付き添いを拒んだ……と思っていた。けれども、どうやら違うようだ。王女よりではなく私よりの王弟がいないほうが都合が良いと判断したのかもしれない。

 調査は王家主導ではないと聞いていたけれど、やはり王家の顔色を窺っているのだ。


「シャロン様、体調が悪くなった場合は遠慮せずに申し出てください。すぐに中止しますので。今すぐでも結構です」

 調査官は感情の読み取れない声でそう告げてきた。

「分かりました。ですが、ご心配には及びません。頼りになる付き添い人がおりますので」

 老魔法士が「照れるのう、本当のことをいわれると」と戯けてみせたが、調査官は一瞥もせず淡々と進める。


「まずは注意事項を説明します。嘘偽りを述べた場合は処罰の対象となります。ですが、黙秘は構いません。質問はありますか?」

「ありません」

「では、始めます。御存知の通り狩猟大会で予見できない騒動がありました。怪我人はおりますが殆どは足首の捻挫など軽傷でした。幸いなことに、重傷の者は護衛騎士ひとりと魔法士ふたりのみです」

 この人は何を言ってるのだ!

 確かに、参加者全体の人数から見れば三人で済んだと言えるかもしれない。でも、その三人はただの数字なんかじゃない。生身の人間なのだ。

「ルークライ・ディンセンです。それから、壮年の護衛騎士様のお名前は知りませんが、彼はとても勇敢な方です。どうぞ、お名前をお調べください。あの事件があれで済んだのは彼らのお陰です」

「……失礼しました」

 離れたところから私をじっと見つめる調査官。
 たぶん、彼はこれからも彼らを数字で呼ぶのだろう。調査官は感情移入してはいけない立場なのだろうけど、悔しくて堪らない。

 彼は何事もなかったのように、言い忘れましたがと続ける。

「目撃者の調書ですが、殆どは白紙となっております」

「何をおっしゃりたいのですか?」

「ただ事実をお伝えしただけです。これは私見ですが、みな賢い選択をしたのだと思います」

 調査官は遠回しに脅しているのかもしれない――王家に逆らうなと。

 あの日放った狼竜は王家が厳重に管理していたことを貴族達は知っている。つまり、王族の誰かが関与しなければ、今回のことは成り立たないと気づいたのだろう。

 ……捻挫くらいで、王家の不興を買うような真似はしない。

 それが、彼の言うところの賢い選択なのだろう。でも、そんな賢さなんて私は要らない。
 
「ご忠告ありがとうございます。ですが、私はその紙が真っ黒になるくらい伝えたいことがあります。準備はよろしいですか?」

「では、座らせて頂きます」

 彼は椅子に浅く腰掛けると、ペンを構えてどうぞと促す。
 私はあの日、見聞きしたことを伝え始める。彼は私を見ることなく、ただひたすらにペンを走らせることに集中していた。
 その作業は事務的だったけれど、そのお陰で私も感情を高ぶらせることなく話せた。王家寄りだとしても、調査官としては優秀なのだろう。


「以上です」

 私が息を吐くと、彼はペンを置いて顔を上げた。

「では、私からいくつか質問させて頂きます。北東エリアはあなたが担当でしたね?」

「はい、その通りです」

「今回の件は狼竜が原因で間違いありません。ですが、魔法士はいざという時のために配置されていたはずです。なぜ、あなたは務めを果たさなかったのでしょうか?」

 手を顔の前で組んで聞いてくる調査官。……たぶん、王女達から何かを聞いて、それが正しいという前提で質問しているのだ。

 想定内の質問だったので、私は狼狽えることはなかった。答えようとしたその時、ただならぬ雰囲気を感じて隣を見れば、老魔法師が「若造めがっ」と吐き捨てる。

「王宮の鴉を愚弄するとはいい度胸じゃ! 今すぐ表に出ろ、殺ってやる」

 ……殺ってはだめです。

 直す必要がないだろうに、調査官は眼鏡をくいっと手であげると不敵な笑みを浮かべる。こういう時は表情筋が動くようだ。
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