二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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42.黒幕?

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「ザラ王女様の主張が通ったということでしょうか?」

 タイアンに向けてではないが、咎めるような口調になってしまう。

 王女とシャロンの処遇は同等に重い。でも、王家は汚点を少しでも薄めようとしたのだろう。首謀者と誘導された愚か者では、後者のほうがまだましだ。

 タイアンはまた首を横に振った。

「いいえ、シャロン・マーコックが自ら主張したことです」

 タイアンはこの調査に直接関わっていない。でも、彼は適当なことを言ったりしない人だ。自ら調書を確認しての発言だろう。

 ……シャロン、あなたは何を考えているの。

 ザラ王女は確かに浅はかな人だ。でも、間違った意味で王女としての矜持を持っている。格下の公爵令嬢の言うがままに動くとは思えない。

 仮に上手く誘導するにしても、それが可能なのは狩猟大会ではない。この計画は短時間で練られたもの。狼竜のことをよく知らないシャロンが誘導するには無理がある。

 根掘り葉掘り強引に聞き出した? いいえ、そんな態度で接したらプライドの高い王女は切れるだろう。


 私はベッドの上にいるルークライに目をやる。このまま有耶無耶で終わらせたくない。彼が目覚めたあと、事実を伝えるのは私の役目だ。
 
 確かめてくるね、ルーク。


「タイアン魔法士長。ふたりだけでシャロンと話がしたいのですが会えますか?」

「今日の午後には修道院に護送されるので、間に合うとは思いますが」

 彼は壁に掛かった時計に目をやる。王弟の彼ならなんとか手配できるということだ。

「お願いします」

 無理をさせて申し訳ないと思いながら頼むと、彼は慌ただしく出ていった。


 その一刻後。私が車椅子で向かった先は、一度も足を踏み入れたことがない王宮の地下だった。

 思ったよりも薄暗くない。罪を犯した貴族を一時的に収容する場所らしく、扉の変わりに鉄格子が嵌ってる部屋が並んでいる。空いている部屋を覗き見れば、狭いが快適そうだった。平民が入る牢にお世話になったことはないけれど、こことは雲泥の差があるに違いない。

 同じく罪を犯しても身分によって扱いが違うのだ。……理不尽だけどそれが世の中。


 シャロンはそのひとつにいた。

 車椅子を押してくれた看護士と案内してくれた看守は、私の希望通り離れた場所まで下がってくれる。
 鉄格子越しに見る彼女は、着る服だけは質素なものになっていたけれど、窶れた様子はなかった。

 彼女は私に気づくと、鉄格子の前まで来て優雅にカーテシーを披露した。 

「お久しぶりです、お姉様。怪我をしたと聞いて心配しておりましたが、まだ腕は二本あるようですね。ですが、良かったと喜ぶのは早計でしょうか。このあと無くす可能性もあると聞きましたから」

 残酷なことをさらりと紡ぐシャロン。

 私が知らない一面を見せてくる。やはり、彼女があの事件の黒幕だったのだろうか。そんな思いが頭をもたげる。

「シャロン、」

「コリンヌです。つい先ほど、お父様がここに来て、マーコック公爵家から籍を抜いたとおっしゃいました。馴染んでいた名前も取り上げられましたわ。この名前は私の元の名前なんです。ふふ、今となっては違和感しかありませんけど」

 彼女はここが地下牢だと忘れさせるような明るい声を響かせる。
 彼女の態度よりも父の決断のほうが意外だった。
 
 こんなに簡単に切り捨てるなんて……。

 シャロンは父と母に愛されていた。本物の私以上に彼女は、彼らにとって娘だったはずだ。

 マーコック公爵家の体面を守るために最終的にそうするとしても、決断までもっと悩む――時間が掛かると思っていた。

「意外そうな顔をしていますね、お姉様。……とお呼びしても構いませんか? そのほうが慣れていますので。私のことはコリンヌと呼んでください。早く慣れないといけないので」

「構わないわ、コリンヌ」

「それで、なぜこんな場所にいらしたのですか? その腕の恨み言でしょうか。それとも嘲笑いに来ましたか」

「どちらでもないわ。真実を聞きに来ただけよ」

「真実は公表された通りです」

淀みなく会話が続く。

「首謀者があなたと言うなら動機を教えてちょうだい」

 タイアンが読んだ調書によると、彼女は動機については黙秘したらしい。
 一瞬の沈黙のあと、彼女は口を開いた。

「養女が本物に嫉妬した……とは思わないのですか? お父様は先ほどそう断言してましたよ」

 シャロンはその時のことを思い出しているようで、おかしそうに笑っている。

 父は何を見ていたのだろうか。シャロンが私を嫉妬する? そんなことは一度もなかった。

 私の振る舞いに対して無意識に嘆息する両親。彼女だって気づいていただろう。それを見て抱く感情は嫉妬ではない。

「お父様は何を見ていたのかしら……」

 独り言のつもりだったけれど、シャロンが答えた。

「シャロンという名の公爵令嬢ですわ。私でもお姉様でもなくて」 

 ……その通りなのかもしれない。
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