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43.許せない〜シャロン視点〜
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リディアの歪んだ顔が見たかった。なのに、彼女は動揺さえ見せない。
どうして、どうしてよ! あなたも泣きなさいよ、私よりも惨めったらしく……。
私――シャロンがここに収容されたのは、今日ではなくて一週間前。内々に処罰が決定した時点で連れて来られたのだ。
あの日、私はマーコック公爵邸を訪れた騎士達に囲まれた。
『シャロン嬢、王宮の地下までご足労願います』
『えっ、どうして……』
『狩猟大会の件です。心当たりはおありかと存じますが』
『……』
王宮の地下、それは処罰の対象となったということだ。
まさか、捕まるなんて思わなかった。王女が関係しているのだから揉み消す、または誰かを身代わりにすると思っていたのだ。だから、両親には肝心なことは話していなかった。
騎士の後ろに控えていた文官が、連行される理由を簡単に説明した。
その場にいた父は唖然としていた。
母は泣いていた。『なんで神様は私にばかり試練をお与えになるの』と。……自分のため涙を零していたのだ。
そして、今日、処罰が公表されたあとすぐに父がここにやって来た。
私は父が助けてくれると思っていた。なのに、鉄格子越しに父は淡々と告げた。
『たった今、マーコック公爵家から籍を抜いた。名も元に戻したから、これからはコリンヌと名乗りなさい』
『お、お父様、何をおっしゃっているのですか……』
父の言葉が信じられなくて、幼子のように頭を振った。そんな私を慰めることなく、父は眉間に皺を寄せ溜息を吐いた。
『まさかこんなことをするなんて。本物のシャロンに嫉妬したからと言っても愚か過ぎる』
嫉妬――それはある意味正しい。兄に異性として愛されるリディアに私は嫉妬した。
でも、父は私が兄を愛していることも、兄が実の妹に恋情を抱いていることも知らない。
父が言う嫉妬とは見当違いも甚だしい。
愛されていると思っていたけど、所詮は身代わり。父が大切にしていたのは、マーコック公爵令嬢だったのだ。空いた器に新しいシャロンを入れて大切にしていただけ。つまり中身は替えがきく。
鉄格子から遠ざかる父の背中を見つめながら、私は声が届くように大きな声で叫んだ。
『っは……はは。私ったら馬鹿みたい、……うぅっ……』
でも、父は一度も振り返らなかった。
あなたも同じなのよと告げた言葉だったのに、リディアは傷つかない。それなら、もっと分かり易い言葉を贈ろう。
「お姉様もいつか切り捨てられるかもしれませんね。だって、大切にされている私だってこうですもの」
「……そうかもしれない。でも、私には鴉がいるわ」
忌々しい返事を返してくる。鴉なんてただの同僚に過ぎないのに。
そして、彼女はもっと私を苛立たせる。
「もしかして、あなたは家族を守ろうとしてザラ王女の罪まで被ったの?」
裏取引の可能性を聞いてきた。でも、肝心なところが間違っている。私が守りたかったのはお兄様だけ。
ここに収容されてすぐに国王が私の牢の前で独り言を呟いた。首謀者が王女以外だったらマーコック公爵家の行く末は安泰だろうと。その意味するところが分からない私ではない。だから、私は自ら王女の身代わりとなった。
……そう、いつだって私は身代わり。
「一応、違いますと言っておきますわ。でも、育ててもらった恩は忘れません」
私は家族という言葉を両親に限定させた。
私が大切な人を守るのだ。これ以上、私のノアに関心を向けるなんて許さない。
「……そうなのね」
リディアの表情を見れば、私の言葉を素直に受け取ったと分かる。
それでいいわ、両親のためだと思っていなさい。
私が心の中で高笑いしていると、同情するような目で私を見ている彼女に気づく。彼女に憐れまれるくらいなら、罵倒されたほうがましだ。
……どこまでも忌々しいお姉様。
鉄格子がなかったら、あの腕の傷口を爪で裂いてやるのに。彼女が現れなかったら兄も苦しまなかった。こんな目に私があっているのは全部彼女のせい。
――空いた器の中に彼女が収まるなんて許せない。
だから、私は彼女のためにとっておきの種をまいた。今頃、芽吹いているだろうかとほくそ笑む。
「ねえ、お姉様。十七年前の真実を知りたくないですか?」
「知っているの?!」
彼女は驚いた顔で聞き返してくる。私が優位に立っていると思うと気分がいい。
「私、先ほどお父様に秘密を教えて差し上げましたの。きっと、お父様は真実に辿り着きますわ。興味があるなら尋ねてみるといいですよ」
訝しげに私を見る彼女に、私はにっこりと微笑んだ。
数年前、私はもう使われていない部屋――昔の母の私室――で秘密の隠し場所を見つけた。そこには母の古い日記が隠されていた。
私は誰にも言わなかった。その当時は母に愛されていると思っていたから。でも、違った。
……道連れですよ、お母様。
複数の足音が近づいてきて、それは私の牢の前で止まった。
「時間です、リディア様」
看守が私達の会話を終わらせた。彼の後ろには、私を護送するための騎士達が控えている。
車椅子を押されて彼女はすぐにこの場から退去させられた。
もう二度と彼女に会うことはないだろう。
とても残念、真実を知って歪む彼女の顔を見られないのが……。
もう礼を尽くす必要はないとばかりに、騎士達は無言のまま私の手に枷を嵌める。公爵令嬢でない私に価値はない。
「おいっ、何を笑っているんだ?」
「私、笑っていましたか? 申し訳ありません。そんなつもりはなかったのですが」
騎士に指摘され牢の中にある鏡を見れば、私の唇はくっきりと弧を描いていた。
私を壊したあなたが幸せになるのは許さない。
どうして、どうしてよ! あなたも泣きなさいよ、私よりも惨めったらしく……。
私――シャロンがここに収容されたのは、今日ではなくて一週間前。内々に処罰が決定した時点で連れて来られたのだ。
あの日、私はマーコック公爵邸を訪れた騎士達に囲まれた。
『シャロン嬢、王宮の地下までご足労願います』
『えっ、どうして……』
『狩猟大会の件です。心当たりはおありかと存じますが』
『……』
王宮の地下、それは処罰の対象となったということだ。
まさか、捕まるなんて思わなかった。王女が関係しているのだから揉み消す、または誰かを身代わりにすると思っていたのだ。だから、両親には肝心なことは話していなかった。
騎士の後ろに控えていた文官が、連行される理由を簡単に説明した。
その場にいた父は唖然としていた。
母は泣いていた。『なんで神様は私にばかり試練をお与えになるの』と。……自分のため涙を零していたのだ。
そして、今日、処罰が公表されたあとすぐに父がここにやって来た。
私は父が助けてくれると思っていた。なのに、鉄格子越しに父は淡々と告げた。
『たった今、マーコック公爵家から籍を抜いた。名も元に戻したから、これからはコリンヌと名乗りなさい』
『お、お父様、何をおっしゃっているのですか……』
父の言葉が信じられなくて、幼子のように頭を振った。そんな私を慰めることなく、父は眉間に皺を寄せ溜息を吐いた。
『まさかこんなことをするなんて。本物のシャロンに嫉妬したからと言っても愚か過ぎる』
嫉妬――それはある意味正しい。兄に異性として愛されるリディアに私は嫉妬した。
でも、父は私が兄を愛していることも、兄が実の妹に恋情を抱いていることも知らない。
父が言う嫉妬とは見当違いも甚だしい。
愛されていると思っていたけど、所詮は身代わり。父が大切にしていたのは、マーコック公爵令嬢だったのだ。空いた器に新しいシャロンを入れて大切にしていただけ。つまり中身は替えがきく。
鉄格子から遠ざかる父の背中を見つめながら、私は声が届くように大きな声で叫んだ。
『っは……はは。私ったら馬鹿みたい、……うぅっ……』
でも、父は一度も振り返らなかった。
あなたも同じなのよと告げた言葉だったのに、リディアは傷つかない。それなら、もっと分かり易い言葉を贈ろう。
「お姉様もいつか切り捨てられるかもしれませんね。だって、大切にされている私だってこうですもの」
「……そうかもしれない。でも、私には鴉がいるわ」
忌々しい返事を返してくる。鴉なんてただの同僚に過ぎないのに。
そして、彼女はもっと私を苛立たせる。
「もしかして、あなたは家族を守ろうとしてザラ王女の罪まで被ったの?」
裏取引の可能性を聞いてきた。でも、肝心なところが間違っている。私が守りたかったのはお兄様だけ。
ここに収容されてすぐに国王が私の牢の前で独り言を呟いた。首謀者が王女以外だったらマーコック公爵家の行く末は安泰だろうと。その意味するところが分からない私ではない。だから、私は自ら王女の身代わりとなった。
……そう、いつだって私は身代わり。
「一応、違いますと言っておきますわ。でも、育ててもらった恩は忘れません」
私は家族という言葉を両親に限定させた。
私が大切な人を守るのだ。これ以上、私のノアに関心を向けるなんて許さない。
「……そうなのね」
リディアの表情を見れば、私の言葉を素直に受け取ったと分かる。
それでいいわ、両親のためだと思っていなさい。
私が心の中で高笑いしていると、同情するような目で私を見ている彼女に気づく。彼女に憐れまれるくらいなら、罵倒されたほうがましだ。
……どこまでも忌々しいお姉様。
鉄格子がなかったら、あの腕の傷口を爪で裂いてやるのに。彼女が現れなかったら兄も苦しまなかった。こんな目に私があっているのは全部彼女のせい。
――空いた器の中に彼女が収まるなんて許せない。
だから、私は彼女のためにとっておきの種をまいた。今頃、芽吹いているだろうかとほくそ笑む。
「ねえ、お姉様。十七年前の真実を知りたくないですか?」
「知っているの?!」
彼女は驚いた顔で聞き返してくる。私が優位に立っていると思うと気分がいい。
「私、先ほどお父様に秘密を教えて差し上げましたの。きっと、お父様は真実に辿り着きますわ。興味があるなら尋ねてみるといいですよ」
訝しげに私を見る彼女に、私はにっこりと微笑んだ。
数年前、私はもう使われていない部屋――昔の母の私室――で秘密の隠し場所を見つけた。そこには母の古い日記が隠されていた。
私は誰にも言わなかった。その当時は母に愛されていると思っていたから。でも、違った。
……道連れですよ、お母様。
複数の足音が近づいてきて、それは私の牢の前で止まった。
「時間です、リディア様」
看守が私達の会話を終わらせた。彼の後ろには、私を護送するための騎士達が控えている。
車椅子を押されて彼女はすぐにこの場から退去させられた。
もう二度と彼女に会うことはないだろう。
とても残念、真実を知って歪む彼女の顔を見られないのが……。
もう礼を尽くす必要はないとばかりに、騎士達は無言のまま私の手に枷を嵌める。公爵令嬢でない私に価値はない。
「おいっ、何を笑っているんだ?」
「私、笑っていましたか? 申し訳ありません。そんなつもりはなかったのですが」
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