8 / 9
約束は果たされた①(賢者視点)
しおりを挟む
私――アルドガルは占い師の真似事をして日銭を稼ぎながら、ひたすら南を目指し続けた。
その途中で様々な国を通り、自分が何も知らなかったことを知った。
文化が違えば礼儀作法も異なり、当たり前が当たり前ではない。
神はこの世にたった一人だと思っていたが、それぞれの国にそれぞれの神が存在し崇められていた。
もちろん、神託だってあった。
それに、見たことがない珍妙な生き物もたくさんいた。
飛べないのに足が馬並みに速い鳥、……なのに羽はなぜか六枚もあった。
角を生やした手のひらサイズの可愛らしい鼠の主食は牛だった、……隊列を組んで襲うらしい。
なかでも飛狼竜という獣は、あの魔物の数十倍恐ろしい見た目をしていて、初めて目にした時は飛狼竜こそが魔物の親玉ではないかと思ったぐらいだ。
実際は違ったが……。
私はかの国で神託によって賢者に選ばれ、命がけで魔物と戦った。
あの時はそれが正しいと信じて疑うことなどなかったが、本当にそうだったのだろうか。
魔物と呼ばれていた生き物は森奥深くに住む獰猛な獣だったのではないのだろうか。
……それをあの国では魔物と呼んでいた。
神託とは魔物討伐隊の士気を高める道具ではなかったのではないだろうか。
勇者も聖女も賢者も剣聖も、使い捨てに出来る駒が選ばれただけ……。
考えてみれば、聖者の癒やしの力も、私達はそれを盲信していたから癒やされた気になっていた気がする。
賢者である私が占星術を使って練った戦略も外れることもあった。
勇者だって普通に怪我を負ったし、剣聖だって最初は魔物を前に腰を抜かしていた。
――すべては偽りだったのではないか。
そう思えてならないのだ。
けれども、かの国を旅立ってから五十年が経とうとしている今、それを確かめる術はない。
私は齢七十を越え、もう旅をする体力はない。一年ほど前からこの地から動いてはいない。おそらく、ここで私は人生の幕を閉じることになるだろう。
五十年前、占星術で自らを占い『吉』と出たから、ひたすら南を目指したが、どうやらそれは外れたようだ。……私に『友』と呼べる者は未だに一人もいないのだから。
「こうして野垂れ死にせずに済んでいるからのですから当たっているんですかね? ルト」
酒を飲みながら懐かしい友の名を口にする。歳を取ると独り言が多くなるようだ。
「おかわりはいかがですか? 老師様」
一杯目を飲み終わると同時に、店の者が明るい口調で尋ねてくる。いつも私が二杯飲むのを覚えていて、気を利かせてくれたのだ。
老師と呼ばれているのは、請われて占星術を教えているからだ。それでここでの生活が成り立っていた。
この地に辿り着いてから、この店で夕食を食べ酒を飲むのが日課となっている。
小さな店だが料金も安く、常連客しかいないので落ち着いている。私にとって有り難い場所だ。
人付き合いが苦手なのは変わっていない。
「もう一杯同じものを」
「はい!」
私は相変わらずの鉄仮面だが、店の者から嫌な顔をされたことはない。年老いたことで皺が刻まれ目も垂れたから、無表情が目立たなくなったのだろう。
……いや、土地柄もあるのかもしれない。
この国――ローゼン国は寛容な国だ。他国の文化や考え方を頭ごなしに否定しない。
それにこれほどの大国なのに民を重んじている。王家が権力を振りかざし統治しているのではなく、民は王家を信頼し、また王家はその期待に十分すぎるほど応えている。
民と王家がともに歩んでいる、というと言い過ぎかもしれないが、実際この国の王族と民の距離は近い。
下町にお忍びで来て民と気安く話すのこともある。
なぜ私がそんなことを知っているかと言うと、実際に会話を交わしたことがあるからだ。
「アルドガル老師、一緒にいいか?」
私の返事を待たずに、地味なフードを被った壮年の男が私の前の席に腰を下ろした。
目深に被っているわけではないので、蒼い髪と瞳は隠せていない。
この店にいる者は客も含めて、男を認識しているが素知らぬふりをする。彼がお忍びに来ることに慣れているし、息抜きを邪魔しては悪いと思っているのだろう。
「お久しぶりです、セイ様」
半年ぶりに会う彼は、少し痩せたようだった。
その途中で様々な国を通り、自分が何も知らなかったことを知った。
文化が違えば礼儀作法も異なり、当たり前が当たり前ではない。
神はこの世にたった一人だと思っていたが、それぞれの国にそれぞれの神が存在し崇められていた。
もちろん、神託だってあった。
それに、見たことがない珍妙な生き物もたくさんいた。
飛べないのに足が馬並みに速い鳥、……なのに羽はなぜか六枚もあった。
角を生やした手のひらサイズの可愛らしい鼠の主食は牛だった、……隊列を組んで襲うらしい。
なかでも飛狼竜という獣は、あの魔物の数十倍恐ろしい見た目をしていて、初めて目にした時は飛狼竜こそが魔物の親玉ではないかと思ったぐらいだ。
実際は違ったが……。
私はかの国で神託によって賢者に選ばれ、命がけで魔物と戦った。
あの時はそれが正しいと信じて疑うことなどなかったが、本当にそうだったのだろうか。
魔物と呼ばれていた生き物は森奥深くに住む獰猛な獣だったのではないのだろうか。
……それをあの国では魔物と呼んでいた。
神託とは魔物討伐隊の士気を高める道具ではなかったのではないだろうか。
勇者も聖女も賢者も剣聖も、使い捨てに出来る駒が選ばれただけ……。
考えてみれば、聖者の癒やしの力も、私達はそれを盲信していたから癒やされた気になっていた気がする。
賢者である私が占星術を使って練った戦略も外れることもあった。
勇者だって普通に怪我を負ったし、剣聖だって最初は魔物を前に腰を抜かしていた。
――すべては偽りだったのではないか。
そう思えてならないのだ。
けれども、かの国を旅立ってから五十年が経とうとしている今、それを確かめる術はない。
私は齢七十を越え、もう旅をする体力はない。一年ほど前からこの地から動いてはいない。おそらく、ここで私は人生の幕を閉じることになるだろう。
五十年前、占星術で自らを占い『吉』と出たから、ひたすら南を目指したが、どうやらそれは外れたようだ。……私に『友』と呼べる者は未だに一人もいないのだから。
「こうして野垂れ死にせずに済んでいるからのですから当たっているんですかね? ルト」
酒を飲みながら懐かしい友の名を口にする。歳を取ると独り言が多くなるようだ。
「おかわりはいかがですか? 老師様」
一杯目を飲み終わると同時に、店の者が明るい口調で尋ねてくる。いつも私が二杯飲むのを覚えていて、気を利かせてくれたのだ。
老師と呼ばれているのは、請われて占星術を教えているからだ。それでここでの生活が成り立っていた。
この地に辿り着いてから、この店で夕食を食べ酒を飲むのが日課となっている。
小さな店だが料金も安く、常連客しかいないので落ち着いている。私にとって有り難い場所だ。
人付き合いが苦手なのは変わっていない。
「もう一杯同じものを」
「はい!」
私は相変わらずの鉄仮面だが、店の者から嫌な顔をされたことはない。年老いたことで皺が刻まれ目も垂れたから、無表情が目立たなくなったのだろう。
……いや、土地柄もあるのかもしれない。
この国――ローゼン国は寛容な国だ。他国の文化や考え方を頭ごなしに否定しない。
それにこれほどの大国なのに民を重んじている。王家が権力を振りかざし統治しているのではなく、民は王家を信頼し、また王家はその期待に十分すぎるほど応えている。
民と王家がともに歩んでいる、というと言い過ぎかもしれないが、実際この国の王族と民の距離は近い。
下町にお忍びで来て民と気安く話すのこともある。
なぜ私がそんなことを知っているかと言うと、実際に会話を交わしたことがあるからだ。
「アルドガル老師、一緒にいいか?」
私の返事を待たずに、地味なフードを被った壮年の男が私の前の席に腰を下ろした。
目深に被っているわけではないので、蒼い髪と瞳は隠せていない。
この店にいる者は客も含めて、男を認識しているが素知らぬふりをする。彼がお忍びに来ることに慣れているし、息抜きを邪魔しては悪いと思っているのだろう。
「お久しぶりです、セイ様」
半年ぶりに会う彼は、少し痩せたようだった。
353
あなたにおすすめの小説
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた
玉菜きゃべつ
恋愛
確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。
なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話
【完結】その約束は果たされる事はなく
かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。
森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。
私は貴方を愛してしまいました。
貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって…
貴方を諦めることは出来そうもありません。
…さようなら…
-------
※ハッピーエンドではありません
※3話完結となります
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
【完結】ハーレム構成員とその婚約者
里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。
彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。
そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。
異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。
わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。
婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。
なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。
周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。
コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。
騎士の元に届いた最愛の貴族令嬢からの最後の手紙
刻芦葉
恋愛
ミュルンハルト王国騎士団長であるアルヴィスには忘れられない女性がいる。
それはまだ若い頃に付き合っていた貴族令嬢のことだ。
政略結婚で隣国へと嫁いでしまった彼女のことを忘れられなくて今も独り身でいる。
そんな中で彼女から最後に送られた手紙を読み返した。
その手紙の意味をアルヴィスは今も知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる