おかえりなさいと言いたくて……

矢野りと

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約束は果たされた①(賢者視点)

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私――アルドガルは占い師の真似事をして日銭を稼ぎながら、ひたすら南を目指し続けた。

その途中で様々な国を通り、自分が何も知らなかったことを知った。

文化が違えば礼儀作法も異なり、当たり前が当たり前ではない。
神はこの世にたった一人だと思っていたが、それぞれの国にそれぞれの神が存在し崇められていた。
もちろん、神託だってあった。

それに、見たことがない珍妙な生き物もたくさんいた。
飛べないのに足が馬並みに速い鳥、……なのに羽はなぜか六枚もあった。
角を生やした手のひらサイズの可愛らしい鼠の主食は牛だった、……隊列を組んで襲うらしい。

なかでも飛狼竜という獣は、あの魔物の数十倍恐ろしい見た目をしていて、初めて目にした時は飛狼竜こそが魔物の親玉ではないかと思ったぐらいだ。

 実際は違ったが……。



私はかの国で神託によって賢者に選ばれ、命がけで魔物と戦った。
あの時はそれが正しいと信じて疑うことなどなかったが、本当にそうだったのだろうか。

魔物と呼ばれていた生き物は森奥深くに住む獰猛な獣だったのではないのだろうか。

 ……それをあの国では魔物と呼んでいた。 

神託とは魔物討伐隊の士気を高める道具ではなかったのではないだろうか。 

 勇者も聖女も賢者も剣聖も、使い捨てに出来る駒が選ばれただけ……。

考えてみれば、聖者の癒やしの力も、私達はそれを盲信していたから癒やされた気になっていた気がする。
賢者である私が占星術を使って練った戦略も外れることもあった。
勇者だって普通に怪我を負ったし、剣聖だって最初は魔物を前に腰を抜かしていた。

――すべては偽りだったのではないか。


そう思えてならないのだ。

けれども、かの国を旅立ってから五十年が経とうとしている今、それを確かめる術はない。

私は齢七十を越え、もう旅をする体力はない。一年ほど前からこの地から動いてはいない。おそらく、ここで私は人生の幕を閉じることになるだろう。




五十年前、占星術で自らを占い『吉』と出たから、ひたすら南を目指したが、どうやらそれは外れたようだ。……私に『友』と呼べる者は未だに一人もいないのだから。

「こうして野垂れ死にせずに済んでいるからのですから当たっているんですかね? ルト」

酒を飲みながら懐かしい友の名を口にする。歳を取ると独り言が多くなるようだ。

「おかわりはいかがですか? 老師様」

一杯目を飲み終わると同時に、店の者が明るい口調で尋ねてくる。いつも私が二杯飲むのを覚えていて、気を利かせてくれたのだ。

老師と呼ばれているのは、請われて占星術を教えているからだ。それでここでの生活が成り立っていた。

この地に辿り着いてから、この店で夕食を食べ酒を飲むのが日課となっている。
小さな店だが料金も安く、常連客しかいないので落ち着いている。私にとって有り難い場所だ。

人付き合いが苦手なのは変わっていない。

「もう一杯同じものを」
「はい!」

私は相変わらずの鉄仮面だが、店の者から嫌な顔をされたことはない。年老いたことで皺が刻まれ目も垂れたから、無表情が目立たなくなったのだろう。

 ……いや、土地柄もあるのかもしれない。

この国――ローゼン国は寛容な国だ。他国の文化や考え方を頭ごなしに否定しない。

それにこれほどの大国なのに民を重んじている。王家が権力を振りかざし統治しているのではなく、民は王家を信頼し、また王家はその期待に十分すぎるほど応えている。

民と王家がともに歩んでいる、というと言い過ぎかもしれないが、実際この国の王族と民の距離は近い。

下町にお忍びで来て民と気安く話すのこともある。
なぜ私がそんなことを知っているかと言うと、実際に会話を交わしたことがあるからだ。


「アルドガル老師、一緒にいいか?」

私の返事を待たずに、地味なフードを被った壮年の男が私の前の席に腰を下ろした。

目深に被っているわけではないので、蒼い髪と瞳は隠せていない。
この店にいる者は客も含めて、男を認識しているが素知らぬふりをする。彼がお忍びに来ることに慣れているし、息抜きを邪魔しては悪いと思っているのだろう。


「お久しぶりです、セイ様」

半年ぶりに会う彼は、少し痩せたようだった。



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