【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮

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アリアドネでないのなら

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「アリアドネは泉の底に沈んだか・・・」


報告を持ち帰った大臣、裁判官、騎士たちを前に、ジョーセフは力なく呻いた。


精霊王の裁きなどお伽話だと思っていた。

泉に飛び込めば、すぐに身体が浮き上がって、そうしたら精霊王から断罪された悪女として公に処刑するつもりでいた。


帰って来た見届け人たちの報告を、ジョーセフたちがすんなり聞き入れたのには理由がある。


皆、口には出さずとも、薄々察していたのだ。

精霊王の裁きが現実に起き、アリアドネを無罪と判定したと。


それは、彼らが反省したからでも悔やんだからでもない。

不可思議な現象が起きたからだ。



アリアドネが泉に身を投げたと同時刻と思われる頃、空が突然の闇に覆われた。


その時、王城の時計塔の針は午後の3時すぎを指していた。

まだ明るい筈の時間帯。なのに一瞬で王国全土が闇で覆われたのだ。

幸い、闇は四半刻ほどで過ぎ去った。

それに安堵したのも束の間、今度は雪が降り始めた。


城内はもちろん、城下もその他の地域も大混乱に陥った。当然だろう、季節はまだ夏の終わりだ。

アリアドネの件に関して民には知らされていなかったものの、突然の異常事態に彼らの不安はどんどんと増していく。

雪で彼らの動きが制限されていなかったら、きっと騒ぎはもっと大きくなっていただろう。



見届け人として泉まで行った者たちも、突然の闇と雪とで帰還に余計に時間がかかった。帰って来たのは翌日の夕方近く。

そうして疲労困憊した彼らからようやく聞いた結果は。


正妃はまるで吸い込まれるように泉の底へと沈んでいった―――


伝承が確かならば、それが意味するところはアリアドネの無罪。

アリアドネはジョーセフにもカレンデュラにも毒を盛ってはいなかったという事だ。


「アリアドネ・・・」


執務室の窓から、ジョーセフは外を眺めた。


今も雪はしんしんと降り続いている。


今日で3日目。

収穫が近いこの時期に突然降った雪は、作物に壊滅的な影響を及ぼすだろう。


既に、国王であるジョーセフは、ひとりでは到底捌ききれない程の執務に追われている。

正妃として執務を担っていたアリアドネはもうこの世にいない。泉の底に沈んでしまった。


精霊王の裁きの結果を知ったアリアドネの父デンゼルは、報告を聞くと暫しの間目を瞑り、無言のまま城を去った。

王の命令により軟禁され、アリアドネの断罪の場に助けに駆けつける事も叶わなかったジョーセフの弟アーロンは、軟禁が解かれた今も自身の宮に籠り、王の呼び出しを拒否している。

業腹だが、精霊王の裁きをきっかけに、少しずつだがアーロンを支持する声が上がり始めている。
宮から出て来ない方が却って好都合だと考え直した。


3日3晩降り続いた雪は、恐れていた通り、収穫間近の作物を全滅させた。


どこから、誰から漏れたのか、これは精霊王の怒りだという声が市井でも囁かれ始めた。


ーーー国王が精霊王を怒らせたのだと。


これまでジョーセフに従い、競ってアリアドネを蔑ろにしていた者たちが、掌を返した様に彼女の功績を口にし始める。

その豹変ぶりに怒りを覚えたジョーセフは、彼らを次々と処罰していった。


問題は山積みで、やるべき仕事も山積みで。

けれど、対応する者たちの数は全く足りてなくて。


そのせいだろうか、ジョーセフは重要な事をすっかり忘れていた。

彼は毒を盛られたのだ。そして、彼の愛する側妃カレンデュラも。

その犯人がアリアドネでなかったとすれば、まだ城のどこかに犯人がいる筈だという事を。




その後も執務に追われる日々が続き、ろくにカレンデュラとの癒しの時間も取れないままふた月が過ぎた頃。


一歳とひと月を過ぎたばかりの第二王子、マーカスが死んだ。


死因は毒。

そう、ジョーセフが倒れ、その後カレンデュラが倒れたのと同じ毒で殺されたのだ。









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