【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮

文字の大きさ
36 / 43

そんな戯言

しおりを挟む


多少揉めた末に同行人数が増えた精霊の泉への慰霊訪問だったが、出発当日、つまり6度目のアリアドネの命日になって、さらに人数が増えた。

朝、準備を整えたアーロンたちの前に現れたソニアの両手、その右手と左手それぞれが小さな手を握っていたからだ。


「これは・・・どういうことだ? ソニア」

「この子たちも連れて行きます。無関係ではありませんもの」


ソニアが連れて現れたのは、第一王子セドリックと第一王女リゼット。それぞれ11歳と9歳に成長した2人は、緊張顔で少し眉を下げつつも、しっかりとソニアの手を握っていた。


ソニアが輿入れしてまだ4か月と少しだが、セドリックとリゼットはすっかりソニアに懐いていた。

というのも、初対面の挨拶でソニアはこんなことを言ったのだ。


『あなたたちは処刑された側妃の子ね?』


青ざめる2人に向かって『私は愛妾の子よ』とソニアは続けた。


『親や出生なんて自分ではどうにもできない事で悩むのは時間の無駄よ。あなたの価値を決めるのはあなた自身、だから胸を張りなさい。自分の事は、これからの生き方で証明すればいいの』


テマス国王の愛妾だったソニアの母は、彼女を産んで暫くして亡くなった。その後、正妃とその子たちの嫌がらせを受けながら育ったという。

国としての価値が落ちたクロイセフ王国にソニアが嫁ぐ事になったのは、その縁談を正妃の娘が嫌がったから。
それでもクロイセフへの影響力を強めたかったテマス国王は、離宮でひっそり暮らしていたソニアに白羽の矢を立てた。


侍女をひとりも連れずに嫁いだ時のソニアは痩せて見窄らしかったが、強気の姿勢はその時から変わらない。


『必ずお役に立ってみせます』


サイズが合わない服を着ていたソニアは、そう言ってアーロンに微笑んだ。


その時と同じ笑みを浮かべ、けれどずっと肉づきがよくなったソニアは今、左右にセドリックとリゼットを連れ、アーロンの前に立っていた。


宿泊施設が、と前と同じ問題点を挙げると、野営テントの中で皆でごろ寝すればいいと答えた。それもまたいい経験になると。


いやしかし、と言いかけて、アーロンは子どもたちの様子に気づいた。2人ともにしっかりとソニアの手を握り、真っ直ぐにアーロンを見上げている。


カレンデュラの処刑から、いや違う、2人の弟である第二王子マーカスが毒で殺されてから、セドリックとリゼットの笑顔が消え、ひとりで居たがるようになった。

これまでの経緯が経緯である為、城での彼らの扱いが腫れ物に触るようになるのも仕方のない事だった。
アーロンも色々と配慮を示していたつもりだが、執務に追われる身では常に気を配り続けるにも限界があった。


そんな中でのアーロンの婚姻は、2人をより微妙な立場に置く事になる。彼らはきっと、将来を酷く悲観していただろう。



―――実際にソニアに会って、あんな風に発破をかけられるまでは。



「ぼ、僕も泉に行って、祈りを捧げたいのです」

「・・・わ、私も、お祈りしたいです。お父さまとお母さまが、ごめんなさいって」


胸を張れと言われた2人は、精一杯姿勢を良くしてアーロンに向かって口を開いた。


ここ数年、自分の要望などろくに口にしなかった2人の必死なお願いに、アーロンがこれ以上反対できる筈もない。


「・・・本当に、雑魚寝になるけどいいんだね?」


諦めと呆れのこもった溜め息を吐き出しながらそう言えば、2人は声を揃えてはい、と答えた。
ちなみに荷物は既にしっかりとまとめてあった。

どうやら、ずっと前からそのつもりで準備していたらしい。







と、出発前にそんな問答があったものの、その後の行程には問題なく。

その日の午後2時前に、国王アーロンの一行は精霊の泉に到着した。


目の前に広がる美しい光景に、王子と王女は感嘆の声を上げた。極力外出を控える生活を送っていた彼らの目に、精霊の泉とそれを囲む緑の木々はとりわけ美しく映ったのだろう。


アーロンとソニア、セドリックとリゼットの他にここに来たのは、騎士団長が率いる護衛騎士ら10数名。


騎士たちは、ジョーセフが住む森の家近くまで戻り、宿泊用のテントを張ってからまた泉に戻って来る予定である。


ジョーセフと、書類上の彼の子どもであるセドリックとリゼットは、非常に微妙な空気のもとで再会した。

日に焼け、少し痩せたジョーセフは、子どもたちの目には別人のように映ったらしい。挨拶をしたきり、黙り込んでしまった。

対するジョーセフも、かける言葉が見つからないのだろう、ろくに声もかけないまま時だけが過ぎる。

そんなジョーセフを見て、ソニアが一歩前に出た。


「アーロン陛下の妻となりましたソニアと申します。正妃を死に追いやった元国王ジョーセフさまでいらっしゃいますね?」

「ソニア?」


慌てるアーロンをよそに、ソニアは続けた。


「今は後悔して、泉の近くに住んで日々懺悔をしているとお聞きしています。
全く反省しないより余程いいとは思いますけれど、最初から間違えないのが一番でしたわね」


そして、ソニアは両腕にセドリックとリゼットを抱きかかえて言った。


「けれど親の罪は親だけのもの、この子たちには何の罪もありません。
これからこの2人は、私が責任を持ってお育てします。血の繋がりだけが親子を作るなんて戯言、私は信じておりませんので」

















しおりを挟む
感想 307

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。

水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。 王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。 しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。 ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。 今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。 ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。 焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。 それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。 ※小説になろうでも投稿しています。

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

処理中です...