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プロローグ
しおりを挟む「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」
セシリエの婚約者イアーゴは、カフェに別の女性を連れている理由を知り合いに問われ、そう答えた。
「恋に求めるのは刺激とときめき。対して結婚に求めるのは平穏と安定。そのどちらも同時に満たせる相手なんて、いないだろ? だったら仕方ないじゃないか」
―――婚約者とは別に恋人を持っても。
軽薄な笑みを浮かべたイアーゴは言葉を継ぐ。
「心配いらない。恋はあくまでも恋、今は一時の刺激とときめきを楽しんでるだけだ。俺が最後に選ぶのは婚約者のセシリエだよ。真面目で頭がよくてしっかり者と評判のね」
知り合いからの咎める様な視線を気にする事もなく、イアーゴは話を続ける。随分と機嫌が良さそうだ。
「だったら婚約者とデートしろって? ははっ、する必要ないだろ? 何もしなくたって一年半後にはセシリエは俺のものになるんだよ? あいつは一番後回しにしていい女なんだ。
けど、他の女の子たちは、今しかデートできない。なら、その子たちに時間を取るのが当たり前じゃないか」
・・・なるほど。
だから手紙も、プレゼントも、デートのお誘いも、婚約してからはどんどん減っていったのね。
少し離れた後ろの席に、イアーゴの言う『一番後回しにしていい女』が座って話を聞いているとも知らず、彼はぺらぺらと持論を展開した。
イアーゴとの婚約が決まって約10か月。
現在、婚約者としての交流はほぼない。
イアーゴ曰く、それは時間の無駄なのだそうだ。何がどう時間の無駄なのかはよく分からなかったが、今それを漸く理解した。
イアーゴにとってセシリエは後回しにしていい女。何もしなくてもいつか必ず手に入る女。だから見ない。話をしない。関心すら示さない。
時間も金も、わざわざ使うのが勿体ない女なのだ。だから放っておかれた。
―――馬鹿みたい。
過去の努力を思い返し、セシリエは自嘲する。
親が決めた婚約でもいつかは夫婦になる関係、少しでも仲良くなれたらとあれこれ気を使った。
それはきっと婚約前、イアーゴと過ごした時の彼の笑顔に、希望を捨てきれなかったからかもしれない。
少しでも距離を縮めようと、週に一度は手紙を書いて送っていた。
刺繍入りのハンカチを贈ってみたり、クッキーを焼いて届けたり、セシリエなりに努力した。
けれど、それらに対して最初はあった礼も誉め言葉も、数か月もすればイアーゴの口から出る事もなくなって。
―――ああ、でも、それもこれも全部、こんなくだらない理由だったのね。
「婚約者もいないお前に文句を言われたくないな。ああエミリー、ごめん、もう出ようか。つまらない話を聞かせて悪かった」
イアーゴは、隣に座る女性―――エミリーに柔らかく微笑みかけ、それから前に立つ知り合いにしらけた視線を向ける。
「俺たちはもう行くから・・・あ、今俺が言ったこと、わざわざ言いふらしたりするなよ」
イアーゴとエミリーは席を立ち、足早にカフェから出て行った。
ドアに取り付けられたベルが、カランカランと軽快な音を鳴らす。
イアーゴたちがいたのは王都でも評判のカフェで、特に昼近くはいつもほぼ満席状態になる人気ぶりだ。
人目がありすぎるこの場所で、堂々と婚約者でない女性との逢瀬を楽しんでいたイアーゴは、それでもまさか婚約者に現場を見られているとは思っていなかっただろう。
そして、偶然出くわした知り合いに婚約者以外の女性と二人きりでいる事を嗜められ、のうのうと垂れた講釈をこっそり聞かれているとも。
そう、『恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね』なんて。
居合わせた知り合いの名はエーリッヒ。
同じ学園の、同じ学年。
イアーゴとはそれだけの繋がりでしかない彼は、2人の後姿を見送りながら「わざわざ言いふらす必要もないけどね」とひとつ溜め息を吐き。
それから振り返ってツカツカと―――出口ではなく店の奥の方へ、衝立で仕切られた席へと進み―――
「どうです? 聞こえましたか?」
と、そこで待機していたセシリエを含む3人に聞いた。
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