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父、帰る
しおりを挟むセシリエがイアーゴとの婚約解消を決心したカフェでの出来事から1ヶ月後。
待ちに待っていた父セオドアが帰国した。
やっと、遂に、とうとう、イアーゴとの婚約解消について相談できる日が来たのだ。
無駄に時間があったお陰で、証拠固めはバッチリである。
例のカフェでの会話は記録石に録音してあるし、アーノルドに頼んだイアーゴの素行調査書は、その後も順調に追加に追加を重ね、なかなか分厚い束になっていた。
ちなみに、この1か月間でイアーゴの恋人は1人減り、2人増えた。減ったのは男爵家の令嬢で、増えたのは平民、しかもそのうちの1人は娼婦だという。実はこれを聞いた時、セシリエはちょっと遠い目をしてしまった。
結果、イアーゴの恋人の数はプラスマイナスのプラス、現在は5人である。
父の執務室に突入したセシリエは、机の上にそれらの証拠をどんと置き、婚約解消の願いを口にした。
当然、何も知らないセオドアは目を丸くする。
「ドミンゴの息子との婚約を解消したい? どうした、セシリエ、何か問題でもあったか?」
「大ありです、お父さん」
それから集めた証拠と共に、セシリエがとうとうと説明を始めた。
カフェで語られたイアーゴの持論を、記録石の音声と一緒に。
「はあ?」
女遊びの酷さを、アーノルドの書いた調査書と一緒に。
「5人・・・」
侍らせる女性の入れ替わりの激しさについても、ついでに話しておいた。
「いやいや、プラスマイナスのプラスって・・・」
色々と、そう色々と、セオドアの突っ込みどころはあった様だが、父親として一番気になったのは。
「うちのセシを、一番後回しにしていい女、だと・・・?」
やはり、これである。
「許さん・・・許さんぞ、ドミンゴの息子め。うちのセシを都合のいい女扱いしやがって」
セオドアとしては、安心していたのだ。言い方を変えるなら、油断していた。
婚約の話が出た時にはイアーゴの素行を調査させたし、婚約前の顔合わせの時には、自分の目でイアーゴの言動をチェックもした。
商談や仕入れなどで家を不在にすることは多いが―――現に今回は1か月と半もの間、家を空けていたが―――家族を気にかけていない訳ではない。
セシリエとイアーゴが、婚約前はあった交流が少しずつ減ってきているところまでは知っていた。最近はほぼ途絶えていることも。
けれどまだ婚約して10か月、いやもう11か月か。2人の関係はこれからだと、結婚するまでまだ2年近くあると、すぐに口を挟む事はしなかった。
セシリエは率先して手紙を送ったり贈り物をしたりと努力していたし、そもそもうちの娘は可愛くて賢いし(親バカ)、これから少しずつ仲が深まっていくだろうと、最初の頃はこんなものだと―――
「思って、長い目で見てやろうと・・・それをあの男は・・・っ」
こちらは男爵位、あちらは子爵位。普通に考えれば、こちらから婚約解消を言い出す事は難しい。
だが、セオドア・ハンメルは貴族である前に商人。信用できない相手との契約はさっさと切るのが彼の商人としての信条だ。
「結婚前に相手を大事にできない奴が、結婚後に大事にできる訳がない」
セオドアが再び家を空けるのは3週間後。
今度は西に仕入れに向かう。そうしたら、次に戻って来るのはふた月後だ。
「さっさと話を決めるぞ」
こんな時でも仕事を後回しにする選択肢が頭に浮かばないセオドアは、セシリエたちが頑張って集めた証拠を手に勇ましく立ち上がった。
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