【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう

冬馬亮

文字の大きさ
18 / 22

名前を呼んで

しおりを挟む



「信じられない、これが元倉庫? 綺麗だし、お洒落だし、たくさんのお店があるし、見て回ったら楽しそう」


興奮気味に喋るセシリエの目は、すぐ前の大きな建物に釘付けだ。横に立つエーリッヒは、そんなセシリエを嬉しそうに見ている。


「エーリッヒの案なのでしょう? よく思いついたわね」

「自分でもそう思います。火事場の馬鹿力ってやつかもしれませんね」


―――なにせ必死でしたから。


あの日、必死の思いでセオドアに面会を申し込んだエーリッヒが資料と共に提示したのは、今2人の目の前にある小型ショッピングモール―――大きな倉庫を改装して中に複数店舗を配置した、リノベーションタイプの商業施設のアイデアだ。


オープンは明日。
今日はお披露目として関係者のみを招待している。招待客は皆、興味深々だ。


元々ハンメルは流通に強かった。国内外に販路を持ち、あちこちに商品保管用の倉庫を持っている。

エーリッヒは、その倉庫の一つを改造し、保管している品物をその場で売る事を提案した。要は、他の店に配送する前に、そのままそこで売るだけの話。


移送費が段違いに安くつくだけではない。

新たに店を構えるのに土地を購入する必要もなく、外側の箱も既にあるから建設費も大して要らない。かかるとしたら外装内装にかける分くらい。
ひと所で買い物をするから、集客率も購入率も格段に高くなると予想されるだけでなく、複数店舗が一箇所に集まった大型商業施設は新しい発想で話題をさらった。

中に入る店は全てハンメルが製造を請け負う、もしくは取り引きする商店のもの。これが更にハンメル商会の価値を上げる。



セオドアもウハウハのこの提案。これでエーリッヒが得たのはーーー


「ここが僕のお店です。どうぞ」


紳士服、婦人服、子ども服、雑貨、靴、アクセサリー、日用品に玩具と色々取り揃えた店が並ぶ中、一つだけ毛色の違うもの。それがイートインスペースのあるケーキショップ、そう、エーリッヒの店だ。


エーリッヒはセオドアと交渉して、アイデア料の代わりに、テナント料を2年無料にしてもらった。

これまで必死に働いて貯めたお金は目標額の約半分、けれどこれで当面の賃料や外装費用などの心配がなくなり、内装、機材設備、備品などに回す事ができた。

白と水色で統一された室内は、明るく可愛く上品だ。

買い物で歩き回って疲れた客は、喜んで寄るだろう事が想像できた。


「セシリエさんが最初のお客さまです」


そう言って勧めた席に、エーリッヒはケーキとお茶を運んでくる。


「随分とお待たせしてしまいましたが、イアーゴとの婚約解消のお祝いです」

「わあ、美味しそう。ありがとうございます」


銀色のケーキフォークを手に持ち、そっと切り分け口に入れる。クリームがふわっととろける様に口の中で消えていく。


「ふふ、すごく美味しい」

「よかったです。長くかかってしまって、すみませんでした」

「そんなのはいいんです。むしろ私が気になっているのは・・・」


セシリエはフォークを置き、エーリッヒを見上げる。


「セシリエさん?」

「私が気になるのは、エーリッヒはいつ私に敬語を使うのを止めてくれるかなってこと。だって、ほら私たち・・・せっかく、こ、恋人、になれたのに」


カチャン、とエーリッヒがフォークを取り落とす。
だがセシリエは構わず続けた。


「せめて、名前、呼び捨てにしてほしいな。あと、エーリッヒから愛称で呼ばれたい」

「・・・っ」

「ダメ・・・?」

「っ、もちろん、ダメではないです。では早速、今から呼び捨てに挑戦します・・・っ。か、覚悟はいいですか・・・っ」

「は、はい」

「では、セシリエ・・・セ、セシ」

「・・・はい」

「セシ」

「はい」


初めての名前の呼び捨て、そして愛称呼びに、セシリエは嬉しくて、目を潤ませながらエーリッヒを見上げる。


すると、エーリッヒの喉がゴクリと鳴り。


「セシ、け、結婚してください!」

「・・・へ?」


ずっと告白すらできなくて、周囲がジレる程だったと言うのに。

今だって、まだ告白しただけで婚約もしてないのに。


気がつけばそんな事を叫んでいたエーリッヒは、後で「お前は段階ってものを知らないのか!」とハワードたちに叱られる事になる。








しおりを挟む
感想 148

あなたにおすすめの小説

完結 裏切られて可哀そう?いいえ、違いますよ。

音爽(ネソウ)
恋愛
プロポーズを受けて有頂天だったが 恋人の裏切りを知る、「アイツとは別れるよ」と聞こえて来たのは彼の声だった

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

完結 振り向いてくれない彼を諦め距離を置いたら、それは困ると言う。

音爽(ネソウ)
恋愛
好きな人ができた、だけど相手は振り向いてくれそうもない。 どうやら彼は他人に無関心らしく、どんなに彼女が尽くしても良い反応は返らない。 仕方なく諦めて離れたら怒りだし泣いて縋ってきた。 「キミがいないと色々困る」自己中が過ぎる男に彼女は……

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして

Rohdea
恋愛
──婚約者の王太子殿下に暴言?を吐いた後、彼から逃げ出す事にしたのですが。 公爵令嬢のリスティは、幼い頃からこの国の王子、ルフェルウス殿下の婚約者となるに違いない。 周囲にそう期待されて育って来た。 だけど、当のリスティは王族に関するとある不満からそんなのは嫌だ! と常々思っていた。 そんなある日、 殿下の婚約者候補となる令嬢達を集めたお茶会で初めてルフェルウス殿下と出会うリスティ。 決して良い出会いでは無かったのに、リスティはそのまま婚約者に選ばれてしまう── 婚約後、殿下から向けられる態度や行動の意味が分からず困惑する日々を送っていたリスティは、どうにか殿下と婚約破棄は出来ないかと模索するも、気づけば婚約して1年が経っていた。 しかし、ちょうどその頃に入学した学園で、ピンク色の髪の毛が特徴の男爵令嬢が現れた事で、 リスティの気持ちも運命も大きく変わる事に…… ※先日、完結した、 『そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして』 に出て来た王太子殿下と、その婚約者のお話です。

完結 王子は貞操観念の無い妹君を溺愛してます

音爽(ネソウ)
恋愛
妹至上主義のシスコン王子、周囲に諌言されるが耳をを貸さない。 調子に乗る王女は王子に婚約者リリジュアについて大嘘を吹き込む。ほんの悪戯のつもりが王子は信じ込み婚約を破棄すると宣言する。 裏切ったおぼえがないと令嬢は反論した。しかし、その嘘を真実にしようと言い出す者が現れて「私と婚約してバカ王子を捨てないか?」 なんとその人物は隣国のフリードベル・インパジオ王太子だった。毒親にも見放されていたリリジュアはその提案に喜ぶ。だが王太子は我儘王女の想い人だった為に王女は激怒する。 後悔した王女は再び兄の婚約者へ戻すために画策するが肝心の兄テスタシモンが受け入れない。

処理中です...