【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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シュリエラの問い

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「本日は、わざわざ王城よりお越しいただき、ありがとうございました」

とりあえずの動きについて幾つか確認し、シュタインゼンたちが邸を去ろうとした時のこと。
辞去の挨拶の最中に、背後から別の声が響いた。

「お待ちくださいませ」

その声に、エントランスまで見送りに出ていたリュークザインが一つ、小さなため息を吐く。
そして、黙ったまま、くるりと後ろを振り返った。

従者姿のベルフェルトが、眉を微かに寄せる。

少し遅れてケインバッハとシュタインゼンが、リュークの視線の先、エントランスホールの奥にある階段の方に目を向ける。

皆の視線の向かった先は。
二階へと続く階段口に佇んでいたリュークの妹、シュリエラ・ライプニヒだった。

「・・・シュリエラ。王城からの使者をお送りするところなのだぞ。用があるなら後にしなさい」

兄から重々しい声で窘められても、シュリエラには引く様子もなく。

「非礼はお詫びいたします。ですが、その使者の方々のお一人に、用があるのでございます。・・・ケインバッハ・ダイスヒルさまに」
「・・・俺に?」
「はい。ケインバッハさまに、お伺いしたい事がございまして」

シュリエラは、それきり、黙ったままその場を動かない。

リュークザインはシュタインゼンに視線を送り、その場の決定権を彼に委ねることを示す。
すると、シュタインゼンは息子に軽く頷いて、了承の意を表した。

「・・・いいだろう」
「ありがとうございます。・・・それでは、場所を変えて、お話させていただいてもよろしいでしょうか?」

そして今、シュタインゼンたちをエントランスに残し、ふたりはライプニヒ邸内の庭園を歩きながら、話をすることになって。

久しぶりに見るシュリエラは、痛々しいほどにやつれていた。

食事もあまり取れていないのだろうか、顔色も良くない。
レオンハルトの件が、それほどまでに堪えたのだろうか。

ケインバッハは、その様子に考えを巡らせる。

さて、どうする。
通常であれば、時節の挨拶から入るのが礼儀であろうが。

相手はあのシュリエラ嬢。
下手に会話を重ねて余計なことを考えられても面倒だ。

・・・ならば、直接。

「・・・それで、俺に聞きたいこととは?」

単刀直入な物言いに、シュリエラが、ふ、と笑んだ。

「相変わらずですわね。わたくしと話す時は、いつも最低限の事しかおっしゃらなくて」
「・・・別に、君だけに限った事ではない。それに用があると言ったのは、シュリエラ嬢、君だろう?」
「・・・」

シュリエラは、つい、と視線をケインから逸らして。
遠く、木々が風に揺れる様を、呆けたように眺める。

ケインもそれ以上、シュリエラに言葉を重ねることはなく。

ふたりは、ただ黙って庭園内を歩いていた。

先に沈黙を破ったのは、シュリエラだった。

「どこが・・・いけなかったのでしょうね」

ケインバッハが眉根を寄せる。

「わたくしと、エレアーナさまは、どこが違ったのでしょう」

これは・・・問いか? それとも、ただの呟きか。

そう考えてしまうほど、シュリエラの声は小さく、眼は虚ろでケインのことなど見てもいない。

「どうして・・・殿下は、わたくしを見て下さらなかったんでしょうね」

答えを求めていない訳ではないようだが・・・。

「もう・・・父の目には、わたくしなど映っておりません」

・・・ん?

「・・・わたくしは、そんなに価値がないのでしょうか」

シュリエラの目から、すうっと涙がひとつ、零れ落ちた。

「わたくしの価値を認めてくださる方は、・・・どこにもいないのでしょうか・・・」

・・・なるほど。

ここにもいたのか。・・・エレアーナ以外に。
ファーブライエンの自己愛と名誉欲の犠牲にされた者が。

刹那、何故だろう。ケインの内に怒りが湧いて。

あの男、・・・ファーブライエンに。
そして、その男にまだ縋すがろうとするシュリエラに。

自然と、言葉が零れ落ちていた。

「・・・君の価値は、他人に決めてもらうようなものなのか?」
「え・・・?」
「誰かが認めなければ、君の価値は消えるのか? 価値がなかったことにされるのか?」
「それ、は・・・」
「君の価値を決めるのは、君自身だろう? シュリエラ・ライプニヒ公爵令嬢。君はどう思うんだ? 自分には価値がないのか? ・・・君はこれまで何も成してはこなかったのか?」
「・・・」

シュリエラは、ケインバッハの剣幕に驚き、思わず立ち止まった。

「・・・君のお父上が、君に対してどのような評価を下したかなど、俺には分からない。だが、その評価が絶対であるはずはない。人の価値は、周囲の評価に左右されるような、そんな軽いものではないのだから」
「あ・・・」

初めて耳にするケインの強い口調に、その問いに、シュリエラは圧倒されて何も言えない。

「質問は以上だろうか」
「・・・」
「では、ここで失礼させてもらおう」

そう言って、踵きびすを返したケインを、シュリエラが慌てて呼び止めた。

「お待ちください、ケインバッハさま」

ケインは、ぴた、と足を止め、視線だけをシュリエラに向けた。

「あ、あの・・・」
「・・・」
「・・・ありがとうございました」

そう言って頭を下げるシュリエラに、ケインは軽い会釈を返し、再び歩き始めた、が。
すぐにまた、立ち止まって。

「ケインバッハさま?」
「・・・一つ、言い忘れていた」

シュリエラに背を向けたまま、ケインは言葉を継いだ。

「レオンハルトが君を見なかったのは、君がレオンハルトを見ていなかったからだ」
「え・・・? あの、それはどういう・・・」
「君はレオンハルトという男ではなく、彼の王太子としての地位と権威、王族の血脈、付随する威光を見ていたということだ」
「わ、わたくしは、そんな・・・」
「では、聞こう。レオンハルトのどこに惹かれた? どうして彼の婚約者になりたいと思った?」
「だって殿下は、お・・・」

答えかけて、はっと口を閉じる。
今、やっと気づいた真実に、何よりシュリエラ自身が驚いて。

「・・・失礼」

ケインは、シュリエラをその場に残し、皆が待つエントランスへと戻っていった。
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