【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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ホルヘにて

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あの候補生が言ってたのは、こういう事、か。

ホルヘ孤児院で子どもたちに囲まれて笑っている姿を目の当たりにして、アッテンボローは得心した。

今日は、久しぶりにカトリアナのお妃教育の予定がない日で。
カトリアナは、折角の休みだから、と、最近なかなか顔を出せていない場所に行きたいと言い出した。

そして現在、アッテンボローは護衛としてここホルヘにいる訳だ。

それにしても楽しそうだな。

子どもたちもよく懐いているようで、久々の来訪にはしゃぎまわっている。
カトリアナ嬢は大人しい性格で、護衛のアッテンボローにも不必要な会話はしてこない。

静かに微笑んでいるか、殿下の前ではにかんでいるか。
どちらにせよ穏やかに佇んでいる印象しかなかったのだが、今日はそれとは全く異なる表情を見せている。

確か、最初はあちらの令嬢が一人で始めた訪問だったとか。

ちらり、と奥で子どもたちに本を読み聞かせているエレアーナに視線を向けた。

エレアーナ嬢から始まって、そこにカトリアナ嬢とその姉君が加わって、更に殿下とケインバッハ、それにライナスバージも参加して・・・そして今は。

エレアーナから視線を左に移す。
ブライトン邸から運んできた衛生用品を、孤児院のスタッフと共にてきぱきと確認している美しい一人の令嬢がそこにいた。

・・・朝焼けみたいだ。

その髪の色を見て、そんなことをふと考える。

忘れようと思っているのに。
俺なんかじゃ釣り合わないのに。

要所、要所で、出会ってしまう。
ふと気づけば、視線が絡み合ってしまう。

・・・その意志の強そうな瞳に引き込まれそうになる。

周囲の者たちから呆れられるほど、本人があからさまに嫌がるほど、シュリエラ嬢は殿下に執心していたと聞いている。
それが今、その殿下の婚約者と、そして婚約者候補だった令嬢と、こうして仲良く行動を共にして。

カトリアナ嬢とエレアーナ嬢の寛大さもさることながら、シュリエラ嬢のその潔さは、いっそ清々しいと感心さえする。

少なくとも彼女は、俺が王城内で目撃したような、一部の令嬢たちのようにはならなかったのだから。

ふと、ライナスの言葉が頭をよぎった。

『あの子は頑張ったんだよ。努力して変わったんだよ。今は、好きだった人の婚約者のために、代わりに怒ってやれるような子になったんだから』

・・・それは本当だろう。

過去を振り返るって、簡単そうで難しい。
それが汚点であると本人が感じれば感じるほど、反省するよりも忘却を、改善よりも正当化を求めたくなるものだ。

まさに俺がそうだったように。

人は、いくらでも成長出来る、お前はそう言ったよな。
本当にその気になって頑張るなら、と。

ライナス。
お前は、彼女が俺と同じくらい負けず嫌いだと言ってくれたけど。
俺が努力を笑わない男だと言ってくれたけど。

俺はそんなご立派な男じゃない。
彼女みたいに真っ直ぐには生きていない。

今でも、お前の剣の才能が、羨ましくて、羨ましくて。
どれだけ努力を重ねても埋まらない隔たりが悔しくて。

家格の差に勝手に恥じ入って、彼女に声をかけることさえ躊躇って。
なのに未練がましく目で追ってしまうんだ。

俺はお前にはなれない。

どれだけ足搔いても。
恥をさらしても。

結局、俺は情けない俺のままだ。

そんなくだらない戯言を考えながら、人知れず、はぁ、と溜息を吐く。

と、その時、令嬢たちの会話が耳に入ってきた。

「ホルヘもジュールベーヌも、すっかり元の雰囲気に戻りましたね。一時期は先生方がピリピリしてらして、子どもたちの精神面にも影響が出ないかと心配していましたが」
「そうですね。思ったよりも時間がかかりましたが、これで安心ですわね」

子どもたちの食事の時間になって、今は令嬢たちだけとなった部屋の中、そんな話が始まって。

以前に何か問題でも起きたのだろうか。

そんなことを悠長に考えていた。

「三年と少し・・・ですか。院長先生方も余程のご心痛だったのでしょう。採用手続きや雇用に関する制度なども色々と見直したそうですわ」
「先生方の落ち度ではありませんのに。まさか賢者くずれが孤児院のスタッフの一人として紛れ込むなんて、誰も予想できませんわ。普通でしたらあり得ない事ですもの」

思わず、眉根を寄せた。
『賢者くずれ』という言葉に驚いて。

知る人ぞ知る危険人物の名。
陰湿かつ陰険、極悪非道で金に汚く、裏切りと謀略で身を固めた悪辣極まりない男だと聞いている。

ここ数年は、ぱったりと悪行の噂も聞かなくなり、その生存すら疑われるようになっていたのだが、まさかこの王国に潜んでいたというのか。

しかも、彼女たちの話から判断すると、孤児院のどちらかに潜伏していたと?

一体、三年前に何があったというのだろう。

会話の流れから察するに、上手く処理出来たようではあるが。

どうする?
警護の一端に与るものとして、深い情報を得ておくべきか。
終わった話であると言うのなら、このまま聞いていない振りをしておくべきか。

流石に陛下はご存知であろうし、報告の必要がないのであれば、壁に徹した方がいいのだろうか。

考えが錯綜し判断に迷っていた、その時。
顔を上げたシュリエラ嬢と視線が合った。

どうやら表情に出ていたのだろう、シュリエラ嬢は少し悲し気に笑って。

「新しく護衛の任に就かれた方にも知らせておいた方がよいでしょう」

そうカトリアナ嬢に促した。
カトリアナ嬢が頷いたのを確認してから、シュリエラ嬢は真っ直ぐに俺を見て口を開いた。

ああ、随分と久しぶりだ。
君と言葉を交わすのは。

こんな場面でそんなことを考えて喜んだ俺を、君は蔑むだろうか。

「・・・賢者くずれは、わたくしの父が呼び寄せたのです」

そんな言葉を、君に言わせてしまったのに。
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