【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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王太子妃(予定)のお茶会

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カリカリ、ぱらり。カリカリ。
サラサラ、ことり。

無言で、しかも高速で山のように積み上がった書類を処理していく。

・・・普段からこのくらいやる気出してくれたら話が早いのに。

お付きの護衛がそう思っている事など、きっと目の前の王太子殿下は知らないだろう。
予定よりも早く執務を終わらせようと、レオンハルトは一心不乱に書類を片している。

それもこれも、今日の午後、王城のサロンの一室で予定されているカトリアナが主催するお茶会に顔を出すためだ。

勿論、当人には内緒で。

そんなに婚約者の驚いた顔が見たいのかねぇ。

などと、いつもであれば呑気に見守るところだが、ライナスも今日ばかりはレオンハルトの気持ちに同意していた。

・・・ま、それだけ心配ってことか。






その頃、お茶会の会場となったサロンでは。
カップを持つ手をもじもじとさせながら、一人の令嬢が口を開いていた。

「あの、こんなことを言ったら、はしたないと思われるかもしれませんけど、わたくし一度お聞きしてみたかったのです。カトリアナさまと王太子殿下の馴れ初めを」

そう言い終えると、カトリアナと同じテーブルに着いている令嬢は、カップを置きながら恥ずかしそうに微笑んだ。
乙女心を震わせるような甘いエピソードを期待しているのか、その表情には憧れが見て取れる。

よほど令嬢方の興味をそそる話題だったのか、カトリアナのテーブル以外からの視線までじっと注がれる。

「馴れ初め、ですか」

赤くなりながら、カトリアナは首を傾げ思案する。

皆が喜ぶような物語のような美しい話なんてないのだけれど。

ええと、元はと言えばレオンさまはエレアーナさまに恋してらして、でもその恋を少し拗らせてらっしゃって、それを私が後押しして・・・って駄目だわ。こんなこと言ったら皆も反応に困ってしまうわ。

それに、下手な言い方をしたらエレアーナさまにまで迷惑がかかってしまう。

「・・・そうですね。互いに良き友として言葉を交わすうちに、自然と気持ちが育っていった感じでしょうか・・・」

エレアーナさまみたいに薔薇園で出会ったりもしていないのですよ。
知り合いの一人としてうろちょろしているうちに、なぜか、いつのまにか、申し込まれたわけで。
劇的でも美しくもなくて、ごめんなさいね。

・・・って言っても駄目でしょうし。

「・・・物語のように、恋に落ちる決定的な瞬間というものはなかったように思いますけれど、でも気がつけばどうしようもなく惹かれていたのですわ。皆さまもご存知のように、レオンさまは言葉に尽くせないほど素晴らしい特質をたくさんお持ちの方ですから。優しいお心遣いや繊細なまでのご配慮、他者への思いやり、決して驕ることのない強いお心、己を厳しく律する態度、いつ如何なる時にも王族としてのご自身の立場を念頭に置いた振る舞い、それから・・・」
「・・・もう十分だよ」

その言葉と共に腕が伸びてきて、ふわりと背後から広い胸に包まれる。

サロン内の令嬢たちから声が上がった。

嗅ぎなれたコロンの香り。
前よりも少し低くなったアルトの声。
肩に乗せられた重みからこぼれ落ちる美しい金色の髪。

「レ、オン・・・さま?」

恐る恐る名前を呼ぶ。

「うん」
「いらしてたのですか?」
「ついさっき、ね」
「・・・」

カトリアナを包み込むレオンの腕にぎゅっと力が籠められ、次の言葉を探すもなかなか出てこない。

「あの・・・」
「ん?」
「聞いて・・・らしたのですか?」
「何を?」
「ですから、その・・・」
「うん」
「さきほどの・・・わたくしの・・・」
「・・・」

それ以上はもう、言葉が継げなくて、真っ赤になって黙りこくってしまう。

レオンハルトはそんなカトリアナを嬉しそうに見つめ、頬に口づけを落とした。

「殿下。それ以上はお止めください。他のご令嬢方の前ですよ」

呆れ声の護衛がストップをかける。

免疫のない光景を見せつけられた令嬢たちの反応はと言えば、真っ赤になったり、目をキラキラさせたり、悔しそうに睨みつけたり、泣きそうになってたり、微笑ましく見守っていたりと様々だったけれど。

レオンハルトはご機嫌だったから、それで良しとなるのかもしれない。






「良かったですね。心配していたような事が起きなくて」

上機嫌で執務室に戻るレオンに、ライナスが声をかけた。

「そうだね。頑張った甲斐があったよ。思いがけずカトリアナの惚気も聞けちゃったしね」

レオンハルトの顔にも安堵の色が滲んでいた。

実はリュークザインの要請により開かれることになったこのお茶会。
そこには、かなり幅広い階級のご令嬢たちが招かれていた。
そこで話される会話の内容や噂話の収集、そして家同士の力関係の真偽の確認など、お茶会で気づいたことを報告する、それだけの仕事だ。

流石にリュークザインでも、ご令嬢方の噂話の収集はなかなか手こずるらしい。
かといって、たかが噂話と侮るわけにもいかない。
家族の間で、屋敷の中で、派閥間で、密かに行われていることを示唆するような、小さな小さな綻びがほんの少しだけ紛れている事があるのだから。

その仕事そのものは簡単で、危険もない。
レオンハルトが心配しているのは、仕事とは別のところにあるもの、つまり令嬢たちの嫉妬だった。

王太子妃となるカトリアナに、陰で嫌がらせをしたり悪口を言いふらしたりする者たちが、まだ少なからずいたからだ。

エレアーナが候補に挙がった時もそうだったが、身勝手な野望と利己心に突き動かされる人は碌なことを考えない。
賢者くずれを差し向けられた記憶は、今もまだ過去のものとはなっていない。

たかがお茶会、何かあったとしても、せいぜい悪口か些少な嫌がらせだろう。
それでも心配だった。
彼女はそんなに弱くない人だと、レオン自身が知っていても。

今回のお茶会ではエレアーナやシュリエラたちも参加するとはいえ、情報収集のために座る席はバラバラだ。

一瞬、ほんの一瞬でも顔を出して、余計なことを言ってくる令嬢たちを牽制しておきたい。

そんな気持ちから、必死で時間を作って顔を出したのだが。

レオンハルトの口元から笑みが零れる。

「幸せだな」
「・・・そうでしょうね」

ライナスは最早慣れっこだったが。

気の毒なのは、溺愛ぶりを見せつけられた令嬢たちかもしれない。

そうなると、ある意味、レオンハルトの狙いは成功したと言えるのだろう。
確かにあの場には、婚約に不服な令嬢たちがいたのだから。

まあ、それでも。
今回に限っては、あちらが被害者になるに違いない。
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