198 / 256
見知った感情
しおりを挟む
「本日は、お時間を取っていただきありがとうございます」
そう言ってアナベラは頭を下げた。
ラエラとリュークザインの向かいに一人座ったアナベラだが、ここへは侍女一人と護衛一人を伴っていた。
勿論、同席させるわけにはいかない。
ある商品に関して相談事があると伝え、侍女は一階の応接室に、護衛は三階の待ち合わせ場所入り口にて待機してもらっている。
勿論、デサイファミスの面々は顔を見られてはいない。
アナベラを案内したのは、他でもない商会会長、ハーメルン・カリエス子爵その人だった。
「突然のお願いでしたのに、こうして聞き入れてくださって感謝しております。・・・その、以前にあのような失礼な振る舞いをしたにもかかわらず、すぐに頷いてくださいましたので、正直、驚いておりますの」
夜会でデュールをかけられそうになった時は、どれだけ気の強い傲慢な令嬢かと驚いたものの、謝る時はしっかりと謝れる常識はあるようだ。
「・・・それでご相談というのは?」
リュークザインの静かな声が響く。
「リュークザインさまへのお取次ぎをラエラさまにお願いしたのは、これからわたくしの申し上げる話が、リュークザインさまのお仕事と関係があると思ったからですわ」
・・・やはり。
正面に座るリュークザインたちだけでなく、両隣の監視者たちの頭の中にも同じ言葉が浮かんだ。
「私の仕事、となると、国防に関することかな? それとも国内の治安維持に関することだろうか」
その問いかけに、アナベラは少し考え込む。
「わたくしには難しいことは分かりかねますが、王国内の治安には間違いなく関わる話かと」
「・・・成程」
ということは、予想通りの話題、ということか。
「伺いましょう」
その言葉にアナベラは静かに頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「リュークザインさまもお気付きでらっしゃると思いますが、我がスカッチ伯爵家はライプニヒ公爵家、もしくはその縁者と婚姻を結びたいとずっと願っておりましたの」
結果、相手にされなかったのであるからスカッチ家にとっては不名誉な話だ。
だがアナベラは、敢えてはっきりとその話題を前に出した。
「ですが、ある時を境にその話がぱったりと絶えたことをご存知でしょうか。その時期とは・・・そう、リュークザインさまが諜報機関の長官に任じられた時ですわ」
「・・・」
「縁を結びたくとも、父が首を縦に振らなくなったのです。・・・それは父を含め、我が伯爵家およびその傍系に名を置く者たちの幾人かが、何やら良からぬ話に首を突っ込んでしまったせいだと今では思っております」
アナベラはぎゅっとドレスの布を掴んだ。
不安で仕方ないのだろう、その手は微かに震えている。
「こうして時間を取ってくださったのに申し訳ないのですが、わたくしはその良からぬ話自体は全くと言っていいほど耳にしておりませんの。ただわたくしが現れると皆が一斉に口をつぐみ、私に聞こえないように小声でやり取りした後、どこか別の場所へと移動してしまいます。ああ、でも、一度だけ、扉をノックしようとして、中の会話が聞こえたことがございました」
リュークたちは無言で頷いた。
「父の声ではありませんでしたわ。きっと客人の一人だったのでしょう。『幽閉されているその男と接触を・・・』と言っておりました」
「・・・ほう」
「どう考えてもおかしいでしょう? 誰のことを指しているかは分からなくても、まともな人物のことを言っているのではないとはわかりますわ。それまでずっと何か変だと思ってはおりましたけれど、その時に疑惑が確信に変わりましたの」
真正面からラエラに突っかかってくるほどの気の強い令嬢だ。
法を破るかのような発言が許せなかったのだろう。
「それでも、正直、どうしたらいいのか分からなかったのです。・・・ですが、最近、父が気になることを申しまして、これは黙っている訳にはいかないと、そう思いまして・・・」
リュークザインの眉がぴくりと上がる。
核心に近づいて来たように思えたからだ。
「気になることとは?」
ここでアナベラは、どう話そうかと暫し言い淀んだ。
言葉を探しているのだろうか、視線があちこちと彷徨っている。
「アナベラ嬢。もし口に出すのが難しいようならば・・・」
「いいえ、いいえ。申し上げますわ。ただ、かなり不穏な内容でして・・・」
そう言いながら、唇をきゅっと噛む。
「王国に忠義を示すと同時に、我が家門の恥を晒す行為でもありますので」
アナベラはすう、と深く息を吸った。
そして背筋を伸ばし、真っ直ぐにリュークたちを見据えてはっきりとこう述べた。
「わたくしが未来の王太子妃になる可能性もある、と。その心づもりでいるように、と」
その言葉にラエラは一瞬、息を呑んだ。
対して、リュークが驚くことはなかった。
嫌悪の目も、侮蔑の表情も見せることはなかった。
こうしてそれを告げに来てくれた令嬢の勇気を、恐怖を、葛藤を、リュークは身を持って知っていたから。
過去の、たった数年前の、父の愚行に悩み、怯え、義憤に駆られた自分を忘れてはいなかったから。
そう言ってアナベラは頭を下げた。
ラエラとリュークザインの向かいに一人座ったアナベラだが、ここへは侍女一人と護衛一人を伴っていた。
勿論、同席させるわけにはいかない。
ある商品に関して相談事があると伝え、侍女は一階の応接室に、護衛は三階の待ち合わせ場所入り口にて待機してもらっている。
勿論、デサイファミスの面々は顔を見られてはいない。
アナベラを案内したのは、他でもない商会会長、ハーメルン・カリエス子爵その人だった。
「突然のお願いでしたのに、こうして聞き入れてくださって感謝しております。・・・その、以前にあのような失礼な振る舞いをしたにもかかわらず、すぐに頷いてくださいましたので、正直、驚いておりますの」
夜会でデュールをかけられそうになった時は、どれだけ気の強い傲慢な令嬢かと驚いたものの、謝る時はしっかりと謝れる常識はあるようだ。
「・・・それでご相談というのは?」
リュークザインの静かな声が響く。
「リュークザインさまへのお取次ぎをラエラさまにお願いしたのは、これからわたくしの申し上げる話が、リュークザインさまのお仕事と関係があると思ったからですわ」
・・・やはり。
正面に座るリュークザインたちだけでなく、両隣の監視者たちの頭の中にも同じ言葉が浮かんだ。
「私の仕事、となると、国防に関することかな? それとも国内の治安維持に関することだろうか」
その問いかけに、アナベラは少し考え込む。
「わたくしには難しいことは分かりかねますが、王国内の治安には間違いなく関わる話かと」
「・・・成程」
ということは、予想通りの話題、ということか。
「伺いましょう」
その言葉にアナベラは静かに頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「リュークザインさまもお気付きでらっしゃると思いますが、我がスカッチ伯爵家はライプニヒ公爵家、もしくはその縁者と婚姻を結びたいとずっと願っておりましたの」
結果、相手にされなかったのであるからスカッチ家にとっては不名誉な話だ。
だがアナベラは、敢えてはっきりとその話題を前に出した。
「ですが、ある時を境にその話がぱったりと絶えたことをご存知でしょうか。その時期とは・・・そう、リュークザインさまが諜報機関の長官に任じられた時ですわ」
「・・・」
「縁を結びたくとも、父が首を縦に振らなくなったのです。・・・それは父を含め、我が伯爵家およびその傍系に名を置く者たちの幾人かが、何やら良からぬ話に首を突っ込んでしまったせいだと今では思っております」
アナベラはぎゅっとドレスの布を掴んだ。
不安で仕方ないのだろう、その手は微かに震えている。
「こうして時間を取ってくださったのに申し訳ないのですが、わたくしはその良からぬ話自体は全くと言っていいほど耳にしておりませんの。ただわたくしが現れると皆が一斉に口をつぐみ、私に聞こえないように小声でやり取りした後、どこか別の場所へと移動してしまいます。ああ、でも、一度だけ、扉をノックしようとして、中の会話が聞こえたことがございました」
リュークたちは無言で頷いた。
「父の声ではありませんでしたわ。きっと客人の一人だったのでしょう。『幽閉されているその男と接触を・・・』と言っておりました」
「・・・ほう」
「どう考えてもおかしいでしょう? 誰のことを指しているかは分からなくても、まともな人物のことを言っているのではないとはわかりますわ。それまでずっと何か変だと思ってはおりましたけれど、その時に疑惑が確信に変わりましたの」
真正面からラエラに突っかかってくるほどの気の強い令嬢だ。
法を破るかのような発言が許せなかったのだろう。
「それでも、正直、どうしたらいいのか分からなかったのです。・・・ですが、最近、父が気になることを申しまして、これは黙っている訳にはいかないと、そう思いまして・・・」
リュークザインの眉がぴくりと上がる。
核心に近づいて来たように思えたからだ。
「気になることとは?」
ここでアナベラは、どう話そうかと暫し言い淀んだ。
言葉を探しているのだろうか、視線があちこちと彷徨っている。
「アナベラ嬢。もし口に出すのが難しいようならば・・・」
「いいえ、いいえ。申し上げますわ。ただ、かなり不穏な内容でして・・・」
そう言いながら、唇をきゅっと噛む。
「王国に忠義を示すと同時に、我が家門の恥を晒す行為でもありますので」
アナベラはすう、と深く息を吸った。
そして背筋を伸ばし、真っ直ぐにリュークたちを見据えてはっきりとこう述べた。
「わたくしが未来の王太子妃になる可能性もある、と。その心づもりでいるように、と」
その言葉にラエラは一瞬、息を呑んだ。
対して、リュークが驚くことはなかった。
嫌悪の目も、侮蔑の表情も見せることはなかった。
こうしてそれを告げに来てくれた令嬢の勇気を、恐怖を、葛藤を、リュークは身を持って知っていたから。
過去の、たった数年前の、父の愚行に悩み、怯え、義憤に駆られた自分を忘れてはいなかったから。
19
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる