【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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見知った感情

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「本日は、お時間を取っていただきありがとうございます」

そう言ってアナベラは頭を下げた。
ラエラとリュークザインの向かいに一人座ったアナベラだが、ここへは侍女一人と護衛一人を伴っていた。

勿論、同席させるわけにはいかない。
ある商品に関して相談事があると伝え、侍女は一階の応接室に、護衛は三階の待ち合わせ場所入り口にて待機してもらっている。

勿論、デサイファミスの面々は顔を見られてはいない。

アナベラを案内したのは、他でもない商会会長、ハーメルン・カリエス子爵その人だった。

「突然のお願いでしたのに、こうして聞き入れてくださって感謝しております。・・・その、以前にあのような失礼な振る舞いをしたにもかかわらず、すぐに頷いてくださいましたので、正直、驚いておりますの」

夜会でデュールをかけられそうになった時は、どれだけ気の強い傲慢な令嬢かと驚いたものの、謝る時はしっかりと謝れる常識はあるようだ。

「・・・それでご相談というのは?」

リュークザインの静かな声が響く。

「リュークザインさまへのお取次ぎをラエラさまにお願いしたのは、これからわたくしの申し上げる話が、リュークザインさまのお仕事と関係があると思ったからですわ」

・・・やはり。

正面に座るリュークザインたちだけでなく、両隣の監視者たちの頭の中にも同じ言葉が浮かんだ。

「私の仕事、となると、国防に関することかな? それとも国内の治安維持に関することだろうか」

その問いかけに、アナベラは少し考え込む。

「わたくしには難しいことは分かりかねますが、王国内の治安には間違いなく関わる話かと」
「・・・成程」

ということは、予想通りの話題、ということか。

「伺いましょう」

その言葉にアナベラは静かに頷くと、ゆっくりと話し始めた。

「リュークザインさまもお気付きでらっしゃると思いますが、我がスカッチ伯爵家はライプニヒ公爵家、もしくはその縁者と婚姻を結びたいとずっと願っておりましたの」

結果、相手にされなかったのであるからスカッチ家にとっては不名誉な話だ。
だがアナベラは、敢えてはっきりとその話題を前に出した。

「ですが、ある時を境にその話がぱったりと絶えたことをご存知でしょうか。その時期とは・・・そう、リュークザインさまが諜報機関の長官に任じられた時ですわ」
「・・・」
「縁を結びたくとも、父が首を縦に振らなくなったのです。・・・それは父を含め、我が伯爵家およびその傍系に名を置く者たちの幾人かが、何やら良からぬ話に首を突っ込んでしまったせいだと今では思っております」

アナベラはぎゅっとドレスの布を掴んだ。
不安で仕方ないのだろう、その手は微かに震えている。

「こうして時間を取ってくださったのに申し訳ないのですが、わたくしはその良からぬ話自体は全くと言っていいほど耳にしておりませんの。ただわたくしが現れると皆が一斉に口をつぐみ、私に聞こえないように小声でやり取りした後、どこか別の場所へと移動してしまいます。ああ、でも、一度だけ、扉をノックしようとして、中の会話が聞こえたことがございました」

リュークたちは無言で頷いた。

「父の声ではありませんでしたわ。きっと客人の一人だったのでしょう。『幽閉されているその男と接触を・・・』と言っておりました」
「・・・ほう」
「どう考えてもおかしいでしょう? 誰のことを指しているかは分からなくても、まともな人物のことを言っているのではないとはわかりますわ。それまでずっと何か変だと思ってはおりましたけれど、その時に疑惑が確信に変わりましたの」

真正面からラエラに突っかかってくるほどの気の強い令嬢だ。
法を破るかのような発言が許せなかったのだろう。

「それでも、正直、どうしたらいいのか分からなかったのです。・・・ですが、最近、父が気になることを申しまして、これは黙っている訳にはいかないと、そう思いまして・・・」

リュークザインの眉がぴくりと上がる。
核心に近づいて来たように思えたからだ。

「気になることとは?」

ここでアナベラは、どう話そうかと暫し言い淀んだ。
言葉を探しているのだろうか、視線があちこちと彷徨っている。

「アナベラ嬢。もし口に出すのが難しいようならば・・・」
「いいえ、いいえ。申し上げますわ。ただ、かなり不穏な内容でして・・・」

そう言いながら、唇をきゅっと噛む。

「王国に忠義を示すと同時に、我が家門の恥を晒す行為でもありますので」

アナベラはすう、と深く息を吸った。
そして背筋を伸ばし、真っ直ぐにリュークたちを見据えてはっきりとこう述べた。

「わたくしが未来の王太子妃になる可能性もある、と。その心づもりでいるように、と」

その言葉にラエラは一瞬、息を呑んだ。

対して、リュークが驚くことはなかった。
嫌悪の目も、侮蔑の表情も見せることはなかった。

こうしてそれを告げに来てくれた令嬢の勇気を、恐怖を、葛藤を、リュークは身を持って知っていたから。

過去の、たった数年前の、父の愚行に悩み、怯え、義憤に駆られた自分を忘れてはいなかったから。
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