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ぬいぐるみ
しおりを挟む私の住む近所には、通ってはならない道がある。
通ってはならない、というよりも通らない方がいい道。と言った方がよいだろうか。
熊が出るとか整備されていない道だからとかそんな理由ではなく、ただただ、通らない方がよいと言われる。そんな道だ。
皆さんの住む街にもそのような道はないだろうか。
治安の悪い商店街や街灯もない路地裏だったり…
はたまた、あなたが想像したのは人身事故が起こりやすい交差点か。
あとは…明らかにおかしい人がいる道…だとか。
幽霊とかの類ではなく確実に人間であるのに、どこかのネジが外れてしまっている人。
私が体験した、通ってはならない道に関するエピソードを、どうか聞いていってほしい。
そう、近所には人生おばさんと呼ばれるおばさんがうろうろ徘徊している道があった。
「じぃ~~~んせぇえ~らっくありゃあくぅ~もあ~るさぁ~~~~~」
しゃがれた暗い声で、ボソボソと。
それも、この一小節を繰り返し歌う。
いつも薄汚れた白色だったであろうワンピースを着ていて、髪はのびっぱなしだ。くせ毛なのか灰色の髪が絡まりうねっている。
俯きがちで顔はほとんど見えない。
左手では杖をつき、そしてなぜか右手には馬のぬいぐるみを握っていた。
人生おばさんは格好はみすぼらしいものの、ぬいぐるみの手入れはしているようで新品同様だった。
定期的に違う馬のぬいぐるみに変わっていたりもする。
この前のぬいぐるみは「ヒヒーン」と音を出すタイプだったらしく、人生おばさんの歌とヒヒーンという馬の声が近所中に響き渡っていた。
音楽が流れるタイプのぬいぐるみだったこともある。
ちゃらちゃらと流れる曲は気味が悪く、近所をズンっと暗い雰囲気に陥れていた。
そのぬいぐるみが雨か何かで壊れかけていたことがあった。ただでさえ壊れかけのおもちゃは不気味なのに、人生おばさんの歌と合わさり不協和音を奏でているのだ。
そのぬいぐるみから変わったときは、心底ほっとしたものだ。
何故私がこんなにも詳しいのかというと、自分の住むアパートがその道からとても近くにあるからだった。
人生おばさんが影響しているかは分からないが家賃がとても安く、そのアパートに住むことに決めた。
今では後悔しかないが。
もちろん、道は通らないようにし、人生おばさんもと対面することは避けた。
ただ、自分の部屋のアパートからおばさんを覗いているというだけ。
何故だろう。怖いもの見たさだろうか。
実際近所の人からも人生おばさんはこの道を徘徊するだけで危害を加えたことはないと聞いているものだから、高みの見物というところだったのかもしれない。
好奇心は猫をも殺すとは、このことだ。
見ない方がいいと分かっていても、覗くことを辞められなかった。
自分は道を通ることはないし、人生おばさんに会うこともない。そう高を括っていたのだ。
そんな日々が二三ヶ月続いたある日。
その日は台風上陸により大雨が降り続いていた。
いつもは徘徊している時間なのに、その日は人生おばさんがその道にいなかった。
流石に人生おばさんでも台風の日は出歩かないんだな。
人生おばさんを覗くことが日課になっていた私は、ついそんなことを思ってしまった。
そんなとき、ベランダの掃き出し窓に
ドンッ!!!と何かがあたったような鈍い音がした。
葉っぱか、何かか…いいや、音がなるほどの音ということは、鳥がぶつかってしまったのかもしれない。
ベランダに出ると、そこにはうまの人形があった。
汚れて雨に濡れているのかベチョベチョだった。
「馬のぬいぐるみって…これ…」
もしかして、これ…人生おばさんの…?
部屋に戻りベランダの鍵を閉め考える。
台風で飛ばされてしまったのか…?
それは、あまりに非現実的だった。
いくら近所だったとしても、2階にあるこの部屋に、ぬいぐるみが飛んでくるだろうか?
誰かが、投げ入れたのではないか、その考えが頭に浮かび、血の気が引いた。
手が震え、その反動で馬のぬいぐるみを床に落としてしまう。そのときだった。
「きぃぃ~ずいてるよぉ」
人の声を真似し、オウム返しするタイプのぬいぐるみだったのだ。あのヒヒーンと鳴っていたぬいぐるみも、人生おばさんの声だったのかもしれない。
「きぃぃ~ずいてるよぉ」
落としたことで作動してしまったそれは、床に落ちたまま話し続ける。
「きぃぃ~ずいてるよぉ」
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