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(──久しぶりだな、こういうの)
職場では一線を画した付き合いを心掛けていた華子なので、余りこういった誘いはしない。
それくらい全力でついてきてくれた翔悟は、華子にとってかけがえのない後輩となっていた。
(でも、気をつけないとね)
七歳も年下の相手なのだ。うっかり勘違いや間違いを起こしてはいけない。
(これは仕事の延長、上司から頑張った部下への労い)
華子は息を整え気持ちを引き締めた。
「そうね、どこがいいかしら。近いところがいいわよね?」
「──あ、それなら俺。行きたいお店があるんです」
華子が会社近くの居酒屋を頭に浮かべて翔悟を振り仰気ば、にっこりと返された。
「え、あ。そうなの……?」
「はい、二駅程先になるんですけど」
「そう、勿論いいわよ」
自分からお店を指定するなんて、意外とノリがいい。
(……仕事関係の飲みなんて、嫌なものだと思ったけど)
少なくとも自分が新卒の頃は萎縮したものだ。
どこがいい? なんて質問に、率直に希望を出せた記憶などない。
(こうやって相手を翻弄するところも、対外向けかもしれないわね。うん)
──ちゃっかり心内で採点をつけつつ、華子はにっこりと笑ってみせた。
◇
「わあ、素敵なお店ねえ」
(うん、高そうだね。上司をお財布だとでも思っているのかな)
チャッカリもしているらしい。
……ご愛嬌というヤツかもしれないけれど。
翔悟が連れてきてくれたのは雰囲気のいいショットバーだ。会社の最寄駅から二駅。遠くもないけど、僅かばり不思議ではある。
(どうやって知ったのかな?)
なんて疑問と同時に結芽の顔が頭に浮かんだ。
せっせと翔悟の世話を焼いている結芽である。雰囲気のいいお店を教えたり、一緒に行ったりしていたのかもしれない。
(本当、私はそういうの無くなっちゃったなあ)
少しだけ寂しい気分になったところで。ここは気分転換できるいい機会だと思う事にする。
けれど。
雰囲気の良いお店は料理まで美味しくて、ついつい進むお酒に話も弾んでしまった。
各部に散らばる同期以外、気安く話せない職場環境。
そう仕立てたのは自分とは言え、自分は思いのほか寂しかったのかも知れない。
翔悟が聞き上手で、喋り過ぎてしまったのもある。だから気が付けば、余計な事まで話していた。
「──……そうなんですか?」
「あは、そうなんですよ廉堂君。それで年下の、自分に自身の無かった元彼君はやがて一人前となり、新卒の可愛い女の子と結婚を決めたのですー」
華子はケタケタと肩を揺すった。
(……確か今年が、その結婚式)
今はもう遠くにある元彼の面差しに懐かささえ覚える。
職場恋愛だった。
(若かったなあ……)
新人だった頃の元彼は、頼りなく仕事も追いつかなかったが、努力家だった。そんなところに惹かれて付き合って……けれど、二年経てば仕事なんて慣れるし、自信も出てきたのだろう。
そんな頃に新人の可愛い子に頼られて、男としてクラリときてしまっても仕方ない。
同じ会社でテキパキ働く華子をかっこいいと言ってくれた人だったけど。若かった時は憧れた年上女性も、次第に鼻につくようになってしまったようだった。
──まあつまり。職場恋愛だったから、元彼の情報は簡単に入ってきてしまう訳だけれど、その分会社側の配慮もあり、自衛も出来る。精神的にはそれなりに大変だったけれど、その件を経験し、良い職場に勤められて良かった……くらいの感想しか今はもうない。
──あれ?
何故こんな話をしているのか。
華子は内心で首を傾げながら酔った頭で経緯を振り返った。
(えーと確か、話の流れで廉堂君に恋人がいるか聞いて……)
それで、自分の話なんてつまらないから仁科さんの話を聞かせて下さいとか何とか持ち上げられ──
(いつの間にやら……)
自分の事情を包み隠さず白状する羽目になっていた。
(え、何この子怖い)
華子の冷静な部分がはたと身を固くする。
とはいえ若干の羞恥が込み上げるも、不思議と気持ちはすっきりとしていた。或いは、もしかしたら自分は元彼と翔悟を重ねてしまっているのかもしれない。
懐かしいような、戒めのような。
普段吐き出せない職場の愚痴を、お酒に背中を押され消化しているのかもしれない。
(ま、いいか)
何となくだが翔悟は他人のこんな話を言いふらすようには思えなかった。
仮に広まったとしてもそれは自分の過失でもあるし、それこそ男を見る目が皆無という話でしまいだ。
チラリと様子を窺うと、翔悟は難しい顔のまま黙り込んでしまっている。やっぱり余計な事を話してしまったかなと苦笑しつつ、何か言いたそうな翔悟の言葉を遮り、そろそろ帰ろうと促した。
けれど引き留められるように強く手を引かれ、華子は翔悟を振り仰いだ。
職場では一線を画した付き合いを心掛けていた華子なので、余りこういった誘いはしない。
それくらい全力でついてきてくれた翔悟は、華子にとってかけがえのない後輩となっていた。
(でも、気をつけないとね)
七歳も年下の相手なのだ。うっかり勘違いや間違いを起こしてはいけない。
(これは仕事の延長、上司から頑張った部下への労い)
華子は息を整え気持ちを引き締めた。
「そうね、どこがいいかしら。近いところがいいわよね?」
「──あ、それなら俺。行きたいお店があるんです」
華子が会社近くの居酒屋を頭に浮かべて翔悟を振り仰気ば、にっこりと返された。
「え、あ。そうなの……?」
「はい、二駅程先になるんですけど」
「そう、勿論いいわよ」
自分からお店を指定するなんて、意外とノリがいい。
(……仕事関係の飲みなんて、嫌なものだと思ったけど)
少なくとも自分が新卒の頃は萎縮したものだ。
どこがいい? なんて質問に、率直に希望を出せた記憶などない。
(こうやって相手を翻弄するところも、対外向けかもしれないわね。うん)
──ちゃっかり心内で採点をつけつつ、華子はにっこりと笑ってみせた。
◇
「わあ、素敵なお店ねえ」
(うん、高そうだね。上司をお財布だとでも思っているのかな)
チャッカリもしているらしい。
……ご愛嬌というヤツかもしれないけれど。
翔悟が連れてきてくれたのは雰囲気のいいショットバーだ。会社の最寄駅から二駅。遠くもないけど、僅かばり不思議ではある。
(どうやって知ったのかな?)
なんて疑問と同時に結芽の顔が頭に浮かんだ。
せっせと翔悟の世話を焼いている結芽である。雰囲気のいいお店を教えたり、一緒に行ったりしていたのかもしれない。
(本当、私はそういうの無くなっちゃったなあ)
少しだけ寂しい気分になったところで。ここは気分転換できるいい機会だと思う事にする。
けれど。
雰囲気の良いお店は料理まで美味しくて、ついつい進むお酒に話も弾んでしまった。
各部に散らばる同期以外、気安く話せない職場環境。
そう仕立てたのは自分とは言え、自分は思いのほか寂しかったのかも知れない。
翔悟が聞き上手で、喋り過ぎてしまったのもある。だから気が付けば、余計な事まで話していた。
「──……そうなんですか?」
「あは、そうなんですよ廉堂君。それで年下の、自分に自身の無かった元彼君はやがて一人前となり、新卒の可愛い女の子と結婚を決めたのですー」
華子はケタケタと肩を揺すった。
(……確か今年が、その結婚式)
今はもう遠くにある元彼の面差しに懐かささえ覚える。
職場恋愛だった。
(若かったなあ……)
新人だった頃の元彼は、頼りなく仕事も追いつかなかったが、努力家だった。そんなところに惹かれて付き合って……けれど、二年経てば仕事なんて慣れるし、自信も出てきたのだろう。
そんな頃に新人の可愛い子に頼られて、男としてクラリときてしまっても仕方ない。
同じ会社でテキパキ働く華子をかっこいいと言ってくれた人だったけど。若かった時は憧れた年上女性も、次第に鼻につくようになってしまったようだった。
──まあつまり。職場恋愛だったから、元彼の情報は簡単に入ってきてしまう訳だけれど、その分会社側の配慮もあり、自衛も出来る。精神的にはそれなりに大変だったけれど、その件を経験し、良い職場に勤められて良かった……くらいの感想しか今はもうない。
──あれ?
何故こんな話をしているのか。
華子は内心で首を傾げながら酔った頭で経緯を振り返った。
(えーと確か、話の流れで廉堂君に恋人がいるか聞いて……)
それで、自分の話なんてつまらないから仁科さんの話を聞かせて下さいとか何とか持ち上げられ──
(いつの間にやら……)
自分の事情を包み隠さず白状する羽目になっていた。
(え、何この子怖い)
華子の冷静な部分がはたと身を固くする。
とはいえ若干の羞恥が込み上げるも、不思議と気持ちはすっきりとしていた。或いは、もしかしたら自分は元彼と翔悟を重ねてしまっているのかもしれない。
懐かしいような、戒めのような。
普段吐き出せない職場の愚痴を、お酒に背中を押され消化しているのかもしれない。
(ま、いいか)
何となくだが翔悟は他人のこんな話を言いふらすようには思えなかった。
仮に広まったとしてもそれは自分の過失でもあるし、それこそ男を見る目が皆無という話でしまいだ。
チラリと様子を窺うと、翔悟は難しい顔のまま黙り込んでしまっている。やっぱり余計な事を話してしまったかなと苦笑しつつ、何か言いたそうな翔悟の言葉を遮り、そろそろ帰ろうと促した。
けれど引き留められるように強く手を引かれ、華子は翔悟を振り仰いだ。
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