【完結】年下彼氏の結婚指導

藍生蕗

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04.

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「俺、仁科さんが教育係で良かったです」
 
 そう切実に訴える姿に思わず息が詰まった。
 いつもの……綺麗に取り繕われた表情が歪んでいる。
 色味を帯びて向けられる表情は、儀礼的でも対外的なものでもない。
(ちょ、こんなタイミングで……そんな顔……っ)
 自分だけがこんな彼の顔を見ているのではないか、なんて勘違いしてしまうじゃないか。
「そ、そう? ありがとう!」

 そんな頭を掠めた思いを急いで振り払い、華子はあ慌てて財布を出した。
「会計はもうお連れ様に済ませて頂いています」
 にこやかに告げるスタッフに華子は唖然と口を開く。
(いつの間に?)

「ちょっ……こう言う時は上司を立てるものよっ」
 いつか聞いた台詞を口にするも、思わず噛んでしまい、羞恥に顔に熱が上がる。思っているより動揺しているらしい……

「……上司ですか?」
 揶揄うように首を傾げる翔悟は妙に色っぽくて、思わず華子は視線を逸らしてしまった。
(何……?)
 背が高いせいか、こうして間近で見下ろされると威圧感が凄い。
 何も悪い事はしていないのに、何故かびくびくと居た堪れない気分になるのは、翔悟がずっとこちらを見つめたままだからだ。
(何なの……?)
「そ、そうよ……」

 自分の心を見透かされているようで居た堪れない。
 声に力が入らず尻すぼみになってしまうのは、急に萎んだ自信のせいだ。仕事の話だったらいくらでも言い返せるのに。……恋愛には、自信がない。どう見ても百戦錬磨の翔悟を前にしたら尚更だ。

 内心で焦っていると、頭上からくすりと笑い声が降ってきて。華子のなけなしの矜持が顔を上に向けさせた。

 気付けば身を屈めた翔悟の顔が目の前にあって息を呑んだ。
 華子がその距離に面食らっている間に、翔悟は当たり前のように顔を寄せて話しかける。
「仁科さんは俺の一時的な教育係であって、上司とは違うでしょ?」
 その言葉に華子はぎゅっと眉間に皺を寄せる。

 確かにそうかもしれないが……そんなのは言葉遊びのようなものだ。

「少なくとも仮ではあっても今、私はあなたの上司だわ」
「それにこうしたプライベートの時間なんて、俺にとっては女性と過ごす時間に変わりありませんから」
 反論する華子の返答は聞いていないのか、翔悟はけろりと言い切った。
「……えっ?」
 ポカンと顔を上げる華子に、翔悟はなんて事ない風に笑ってみせる。
「まあだから。仁科さんは女の子なんで、甘えて下さいよ。ここは誘った男の俺を立てるって場面です」
「はい……? 女の子?」

 華子はパチクリと目を瞬いた。
 そんな台詞は予想外だった。
 いつだって華子はその容姿や雰囲気から「頼れるお姉さん」だったから。彼氏だって友達からだって、そんな扱いをされた事はほぼ皆無で……
 思わぬ扱いに顔に熱が上るのを感じながら、華子は口をぱくぱくしと動かした。
 
「そんな顔をするのも、俺の前だけですか?」
 間近で囁く翔悟の声に、華子の平常心はこれ以上耐えられそうにない。

「か、揶揄わないで。あ、もう帰ろう。──終電!」
「待って下さい!」
 そう張った華子の声を上回る音量に、他の客からの視線が向く。
「な、何……?」
 真剣な顔の翔悟と視線と絡み、華子の頭を警鐘が鳴った。聞いちゃいけないのに、翔悟から視線が逸らせない。
「もっと、一緒にいたいです……」
「……、それは」
 縋るような翔悟の眼差しに息を呑んだ。
 何が言いたいのか分からない程子供でも、若くもない。
 でも彼は研修指導担当で、短いながらも華子は翔悟の上司だ。
(駄目)
 けれど頭とは裏腹に、翔悟に引かれるまま華子はその胸に収まった。
「もう少しだけ……」
 こくっと喉を鳴らした。
(女の子……)
 一体どういうつもりなのか、彼の真意は分からない。年下に振られた話を聞いて憐れんだのかもしれないし、申し訳なく思ったのかもしれない。彼には関係ないから、単純に欲でも抱いたのかもしれない。でも……
「……うん」

 嬉しいと思った。
 多分初めての女の子扱いが。
 きっとほんの一時の気まぐれでも。
 だから。

「いいよ……」
 
 今だけ流されても、いいと思った。
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