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08.
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月曜日、火曜日と平静を装って。週の真ん中、水曜日。
「翔悟君、そろそろ休憩行こう?」
気付けば後ろ手にポシェットを持った結芽が、すぐ近くで首を傾げていた。
週末の出来事を払拭すべく、仕事に熱中していた華子は時計を見て目を丸くした。
「わっ、ごめんね廉堂君、行って。お昼」
そう見上げると翔悟はふっと息を吐き出して苦笑した。
「はい」
「ねえねえ、今日楽しみにしてたんだよ~?」
嬉しそうに笑う結芽に、翔悟は財布を取りに行くと踵を返した。
……どうやら二人の仲はちゃんと進展しているらしい。
自分はもう、あれから余計な会話は一切していないというのに……
(いや、私が言ったんだし……)
よくわからない葛藤に苛まれていると、結芽が華子の耳元でコソッと囁いた。
「今日はランチデートなんです」
反射的に顔を向ければ嬉しそうに肩を竦める結芽と目が合った。
(……そういえば廉堂君は仕事以外、観月さんと過ごす時間が多いかも……)
お昼、休憩、出社、と。急な残業がない時は退社時間も合わせている徹底ぶりだ。
(これはいくらなんでも廉堂君も分かるだろうし、情も湧くわよ、ね……)
華子との関係を後悔してるならきっと……
「彼って何か品がありません? もしかしたらどっかの御曹司とかなのかもー」
「……そう?」
(確かに礼儀正しい人だけど)
うきうきと告げる結芽に華子は生返事を返した。
(私、廉堂君の事、何も知らないわね……)
当たり前だ。華子は翔悟と一度関係を持っただけで話なんてロクにしていないのだから。
その後距離を置いたのも自分。なのに何故こんなにモヤモヤするのだろう。
(……違う。女の子なんて言われて、舞い上がってるのよ……)
何が違うのかは考えないようにして、華子は楽しそうな結芽に相槌を打つ。
有言実行。
彼女は与えられたアドバンテージを大いに有効活用している。
──自分に向けられる可愛い熱意。
それには覚えがある。
華子自身──そして何より、元彼と華子の別れの決め手なのだから。
結芽は翔悟より年上かもしれないが、たったの二つだし、もう既に仕事の出来る翔悟には彼女のような可愛い女性は丁度いいんじゃないだろうか……
なんて思えばチクリと胸に刺さるものがあって、華子は慌てて胸を押さえた。
(えっ)
何で。と浮かんだところで思い出す。
自分が一ヵ月間この研修を楽しんでいた事。
尊敬と信頼を向けられた充実した時間──それに……
『可愛い』
あの時、翔悟は何度もそう言ってくれた。
本当は仕事に没頭していないと、自身の立場に奮い立っていないと、あっという間に、そのたった一言に飲み込まれてしまいそうだった。
(あ……私……)
翔悟が好きなのだ。
何て単純なのだろう。
唇を噛み締めたいのをぐっと我慢して。華子は出来るだけ穏やかに声を出した。
「よ、良かったわね。……頑張って?」
「ふふ? ありがとうございますー。早速今夜も誘っちゃおうと思うんです。どこかいい場所知りません?」
ぴくりと指先が強張る。
自分と行ったあのバーに、翔悟が結芽と行く姿が頭を過ぎる。
雰囲気のいいあの場所で、この二人がプライベートな時間を過ごしたら、きっと……
華子は急いで顔を背けた。
「……さあ。廉堂君なら知ってるんじゃない?」
「むー、それもそうですね。悔しいけど詳しそう。でも前の彼女と行った場所とか嫌だし、自分で探そうかなー」
「お待たせしました」
そんな会話を打ち切る翔悟の声に安堵と、複雑な気持ちを混ぜ込んで、華子はPC画面を睨みつけた。
「気をつけてね」
「はーい、行ってきまーす」
「……行ってきます」
ちらりと振り返る翔悟の眼差しが冷たく見えるのは気のせいか。余計な事を言うなと、勘違いするなと言われている気になってしまう。
重い溜息が漏れる。
自分も食事を摂らないとな、と華子は食欲のない腹部を摩った。
「翔悟君、そろそろ休憩行こう?」
気付けば後ろ手にポシェットを持った結芽が、すぐ近くで首を傾げていた。
週末の出来事を払拭すべく、仕事に熱中していた華子は時計を見て目を丸くした。
「わっ、ごめんね廉堂君、行って。お昼」
そう見上げると翔悟はふっと息を吐き出して苦笑した。
「はい」
「ねえねえ、今日楽しみにしてたんだよ~?」
嬉しそうに笑う結芽に、翔悟は財布を取りに行くと踵を返した。
……どうやら二人の仲はちゃんと進展しているらしい。
自分はもう、あれから余計な会話は一切していないというのに……
(いや、私が言ったんだし……)
よくわからない葛藤に苛まれていると、結芽が華子の耳元でコソッと囁いた。
「今日はランチデートなんです」
反射的に顔を向ければ嬉しそうに肩を竦める結芽と目が合った。
(……そういえば廉堂君は仕事以外、観月さんと過ごす時間が多いかも……)
お昼、休憩、出社、と。急な残業がない時は退社時間も合わせている徹底ぶりだ。
(これはいくらなんでも廉堂君も分かるだろうし、情も湧くわよ、ね……)
華子との関係を後悔してるならきっと……
「彼って何か品がありません? もしかしたらどっかの御曹司とかなのかもー」
「……そう?」
(確かに礼儀正しい人だけど)
うきうきと告げる結芽に華子は生返事を返した。
(私、廉堂君の事、何も知らないわね……)
当たり前だ。華子は翔悟と一度関係を持っただけで話なんてロクにしていないのだから。
その後距離を置いたのも自分。なのに何故こんなにモヤモヤするのだろう。
(……違う。女の子なんて言われて、舞い上がってるのよ……)
何が違うのかは考えないようにして、華子は楽しそうな結芽に相槌を打つ。
有言実行。
彼女は与えられたアドバンテージを大いに有効活用している。
──自分に向けられる可愛い熱意。
それには覚えがある。
華子自身──そして何より、元彼と華子の別れの決め手なのだから。
結芽は翔悟より年上かもしれないが、たったの二つだし、もう既に仕事の出来る翔悟には彼女のような可愛い女性は丁度いいんじゃないだろうか……
なんて思えばチクリと胸に刺さるものがあって、華子は慌てて胸を押さえた。
(えっ)
何で。と浮かんだところで思い出す。
自分が一ヵ月間この研修を楽しんでいた事。
尊敬と信頼を向けられた充実した時間──それに……
『可愛い』
あの時、翔悟は何度もそう言ってくれた。
本当は仕事に没頭していないと、自身の立場に奮い立っていないと、あっという間に、そのたった一言に飲み込まれてしまいそうだった。
(あ……私……)
翔悟が好きなのだ。
何て単純なのだろう。
唇を噛み締めたいのをぐっと我慢して。華子は出来るだけ穏やかに声を出した。
「よ、良かったわね。……頑張って?」
「ふふ? ありがとうございますー。早速今夜も誘っちゃおうと思うんです。どこかいい場所知りません?」
ぴくりと指先が強張る。
自分と行ったあのバーに、翔悟が結芽と行く姿が頭を過ぎる。
雰囲気のいいあの場所で、この二人がプライベートな時間を過ごしたら、きっと……
華子は急いで顔を背けた。
「……さあ。廉堂君なら知ってるんじゃない?」
「むー、それもそうですね。悔しいけど詳しそう。でも前の彼女と行った場所とか嫌だし、自分で探そうかなー」
「お待たせしました」
そんな会話を打ち切る翔悟の声に安堵と、複雑な気持ちを混ぜ込んで、華子はPC画面を睨みつけた。
「気をつけてね」
「はーい、行ってきまーす」
「……行ってきます」
ちらりと振り返る翔悟の眼差しが冷たく見えるのは気のせいか。余計な事を言うなと、勘違いするなと言われている気になってしまう。
重い溜息が漏れる。
自分も食事を摂らないとな、と華子は食欲のない腹部を摩った。
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