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向かいで驚く堅太を一瞥してから、翔悟はいつもの綺麗な笑みで口を開けた。
「初めまして先輩? 廉堂 翔悟といいます。仁科さんから新人指導研修を受けています」
「研修……廉堂……」
社内行事であるそれに、堅太もピンと来たのだろう。ああと漏らし頷いている。
けれど、それだけ言いクルリと会計へ向かう翔悟に、華子は慌てて席を立った。
「ちよっと、廉堂君。レシート!」
「あ、そうだ仁科さん。午後の準備手伝って貰っていいですか?」
……はい?
(準備って何だっけ?)
勢いよく振り返る翔悟に、華子の反応は鈍った。
「……えっと、勿論いいけど」
準備とは何だとか、それはともかくレシートと口にする前に、翔悟にさっさと腕を掴まれてしまう。
「じゃあ急ぎましょう」
「はいっ? もう?」
「すぐです。食事は終わったでしょう?」
「それは……終わったけどっ、」
状況を飲み込めない堅太を取り残し、華子は翔悟に引き摺られるように店を出た。
「廉堂君、その……一人だったの?」
堅太を置いてきた反動で思わず口にする。
あの店はどちらかと女性受けするような店内で、男一人というのは少し違和感があった。それに今日は最終日。部内の誰とお昼を摂っても不思議はないのだ。
結芽の顔が頭を掠める。
考えないようにしていた、結芽とのランチデート──あれから二人はどうなったのか……
「そうですよ。……今日くらい一緒に行きたかったのに」
ずんずん進む翔悟の勢いに引き摺られ、華子は必死に足を動かす。物思いに耽っていたのも合わさり、翔悟が何を言ってるか聞き取れない。
……それにしても、さっきから怒って見えるようなのは何故なんだろう。
「元彼にあんな風に笑ったりして、誤解されたらどうするんだ。お人好しだとは思っていたけど、ここまで危なっかしいとは思ってなかった。俺ばっかりアレコレ気にして……」
……なんかブツブツ言ってるし。
手を離して、お金を払うから、という言葉は、すっかり上がった息に邪魔されて言葉にならない。
それから翔悟はやっと赤信号で止まってくれて、華子は手を膝について身体を支えた。
「も、早いよ……廉堂君」
「あ……仁科さん?!」
ぐたりと頽れる華子に翔悟は焦った声を上げた。
(いくら恋心を自覚したとは言え……これは別)
「もう」
一息吐いて華子は翔悟をじとっと睨んだ。
「っ、……ごめんなさい」
……そんな風に謝られたら怒れなくなってしまうけど。翔悟がこっそりとそう評価しているように、華子はお人好しだった。
「だって俺、今日が最後なのに……」
「──え、ええ」
華子は一瞬躊躇する。
最後。その言葉以上に、目の前の翔悟の様子に華子は落ち着かない気持ちになる。
(いつもの廉堂君と違う……)
取り繕ったものとは違う。一週間前に見た、プライベートの翔悟の顔。
今日は垂れた耳と尻尾が見える。
「それなのに……てっきり仁科さんは俺を労ってくれると思ってたから……」
「え、ごめ……」
自分の心を優先して距離を取った挙句、好きな人の気持ちを疎かにしてしまった。
そう気がついて華子は言葉を濁した。
(……私、何も変わってない)
ふと堅太の顔が思い浮かぶ。
歩み寄りが足りなかった時間……
吊り合いが取れないのを言い訳に、翔悟を傷つけて良い訳ではないのに。
シュンと落ち込む翔悟に華子の罪悪感が募る。
「ごめん、配慮が足りなかったね」
華子は申し訳ない思いで顔を上げた。
「でも廉堂君は今週もよく頑張ってたよ? 何も言う事がないくらい。それに今夜は皆でワーッと飲みに行くんだし、元気だして?」
「……はあ」
労いが足りなかったという謝罪に対して、返ってきたのは不満そうな溜息である。……垂れ耳と尻尾がハリボテに見えるのは気のせいか。
そして何故ジトリと睨まれるのだろう。解せぬ。
「──まあ、いいです。とにかく今日、俺最後なんです。優先して下さい」
青信号に今度は手を繋がれ、流石に華子はたじろいだ。
大きな手が自分の手をすっぽりと包み、勝手にどきまぎしてしまう。
「あ、あの……でも観月さんは?」
咄嗟に溢れた言葉に、慌てて口を手で抑えてももう遅い。
結芽はもう告白したのか、二人は付き合っているのか。
気になって仕方がない関係が頭を掠め、思わず口をついて出てしまった。
躊躇う華子を他所に、翔悟はパッと振り返り、そしてにんまりと口角を上げた。
(……え? 何その顔?)
戸惑う華子を他所に、彼の機嫌は上向いたようだ。
「何もありませんよ」
どこかしら弾んだ声音でそう告げて、翔悟は足取りも軽く交差点を歩き出した。
「初めまして先輩? 廉堂 翔悟といいます。仁科さんから新人指導研修を受けています」
「研修……廉堂……」
社内行事であるそれに、堅太もピンと来たのだろう。ああと漏らし頷いている。
けれど、それだけ言いクルリと会計へ向かう翔悟に、華子は慌てて席を立った。
「ちよっと、廉堂君。レシート!」
「あ、そうだ仁科さん。午後の準備手伝って貰っていいですか?」
……はい?
(準備って何だっけ?)
勢いよく振り返る翔悟に、華子の反応は鈍った。
「……えっと、勿論いいけど」
準備とは何だとか、それはともかくレシートと口にする前に、翔悟にさっさと腕を掴まれてしまう。
「じゃあ急ぎましょう」
「はいっ? もう?」
「すぐです。食事は終わったでしょう?」
「それは……終わったけどっ、」
状況を飲み込めない堅太を取り残し、華子は翔悟に引き摺られるように店を出た。
「廉堂君、その……一人だったの?」
堅太を置いてきた反動で思わず口にする。
あの店はどちらかと女性受けするような店内で、男一人というのは少し違和感があった。それに今日は最終日。部内の誰とお昼を摂っても不思議はないのだ。
結芽の顔が頭を掠める。
考えないようにしていた、結芽とのランチデート──あれから二人はどうなったのか……
「そうですよ。……今日くらい一緒に行きたかったのに」
ずんずん進む翔悟の勢いに引き摺られ、華子は必死に足を動かす。物思いに耽っていたのも合わさり、翔悟が何を言ってるか聞き取れない。
……それにしても、さっきから怒って見えるようなのは何故なんだろう。
「元彼にあんな風に笑ったりして、誤解されたらどうするんだ。お人好しだとは思っていたけど、ここまで危なっかしいとは思ってなかった。俺ばっかりアレコレ気にして……」
……なんかブツブツ言ってるし。
手を離して、お金を払うから、という言葉は、すっかり上がった息に邪魔されて言葉にならない。
それから翔悟はやっと赤信号で止まってくれて、華子は手を膝について身体を支えた。
「も、早いよ……廉堂君」
「あ……仁科さん?!」
ぐたりと頽れる華子に翔悟は焦った声を上げた。
(いくら恋心を自覚したとは言え……これは別)
「もう」
一息吐いて華子は翔悟をじとっと睨んだ。
「っ、……ごめんなさい」
……そんな風に謝られたら怒れなくなってしまうけど。翔悟がこっそりとそう評価しているように、華子はお人好しだった。
「だって俺、今日が最後なのに……」
「──え、ええ」
華子は一瞬躊躇する。
最後。その言葉以上に、目の前の翔悟の様子に華子は落ち着かない気持ちになる。
(いつもの廉堂君と違う……)
取り繕ったものとは違う。一週間前に見た、プライベートの翔悟の顔。
今日は垂れた耳と尻尾が見える。
「それなのに……てっきり仁科さんは俺を労ってくれると思ってたから……」
「え、ごめ……」
自分の心を優先して距離を取った挙句、好きな人の気持ちを疎かにしてしまった。
そう気がついて華子は言葉を濁した。
(……私、何も変わってない)
ふと堅太の顔が思い浮かぶ。
歩み寄りが足りなかった時間……
吊り合いが取れないのを言い訳に、翔悟を傷つけて良い訳ではないのに。
シュンと落ち込む翔悟に華子の罪悪感が募る。
「ごめん、配慮が足りなかったね」
華子は申し訳ない思いで顔を上げた。
「でも廉堂君は今週もよく頑張ってたよ? 何も言う事がないくらい。それに今夜は皆でワーッと飲みに行くんだし、元気だして?」
「……はあ」
労いが足りなかったという謝罪に対して、返ってきたのは不満そうな溜息である。……垂れ耳と尻尾がハリボテに見えるのは気のせいか。
そして何故ジトリと睨まれるのだろう。解せぬ。
「──まあ、いいです。とにかく今日、俺最後なんです。優先して下さい」
青信号に今度は手を繋がれ、流石に華子はたじろいだ。
大きな手が自分の手をすっぽりと包み、勝手にどきまぎしてしまう。
「あ、あの……でも観月さんは?」
咄嗟に溢れた言葉に、慌てて口を手で抑えてももう遅い。
結芽はもう告白したのか、二人は付き合っているのか。
気になって仕方がない関係が頭を掠め、思わず口をついて出てしまった。
躊躇う華子を他所に、翔悟はパッと振り返り、そしてにんまりと口角を上げた。
(……え? 何その顔?)
戸惑う華子を他所に、彼の機嫌は上向いたようだ。
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