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居酒屋の奥座敷。
会場に着けば翔悟は既に先に着いた課員に囲まれていた。何やら熱心に話している様子すら微笑ましい。
そういえばこの短い期間で彼はすっかり部内に馴染み、可愛がられていたんだった。
苦笑する華子に気付き、翔悟がパッと顔を輝かせた。
「華子さん」
嬉しそうな顔をして華子のコートを受け取る姿を見て目を丸くする。
──華子さん?
「わあ、仁科さん。もう尻に敷いてるんですかあ?」
思わず首を傾げていると、続く揶揄いに華子は目を丸くして、それから翔悟をジロっと睨んだ。
「……そんな筈ないでしょう。もう廉堂君、一体何を話していたのかな?」
「いやあ。研修期間中の華子さん、情熱的だったもんで」
照れ臭そうに笑う翔悟に戸惑いながらも、華子は場の雰囲気を壊さないように笑顔を作る。一体どんな話で盛り上がって、こんな展開になっているのか。
にまにまと笑う課員たちに促され、華子は翔悟の隣に座らされた。
(え、えええ? これは私、今日は揶揄われる立場なのね……)
とは言え、最後にこの距離感は有り難い。
翔悟に期待していた女子たちには申し訳無いが、華子も自分の気持ちを大事にしたい。与えられたチャンスを活かしたい。
ジッとこちらを見つめる結芽の視線から意識を逸らし、華子は隣の翔悟をそっと見上げた。
──しかし残念ながら。
今日の華子はホストを押し退けてホストだった。
終始翔悟に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、女子力を発揮する隙も、歳上の頼れる女をアピールする間もない。
(最後にいいところを見せたかったのに……)
ただ只管に姉さん女房と生温かい目で周囲から揶揄われ、翔悟には甘やかされるばかりである。
「華子さん、次もカシスですか?」
「え、ええ……」
せっせと華子の世話を焼く翔悟に皆キャッキャと喜んでいる。
(……ど、どうしよう、付け入る隙がないわ)
自分の気持ちを表現できない。周りの人の目もそれを許さない。……いや、華子がそうすれば場は余計に盛り上がるだろうが、きっと冗談で纏められるばかりだ。
(そうじゃなくて。どうすればきちんと話せるかしら……?)
段々と焦り出す華子の気持ちを他所に、すっかり出来上がった場の雰囲気は、翔悟に華子の肩を抱かせていた。
近いけど近くない、悲しい距離に華子の思考は沈んでいく。そうして逃げるように目の前にある酒を片付けていく。
葛藤する華子を周りは照れているのだと勘違いしていたのだが、一人思考に暮れている華子には気が付かなかった。
そうして宴はあっという間に、たけなわとなってしまった。
「廉堂君」
愛らしい声音と共に、結芽が花束を抱えこちらに歩み寄る。
白と青を基調にした、どこかシックな雰囲気の花束は、きっと翔悟をイメージしたものなのだろう。
笑顔の結芽が翔悟に近付く姿に、胸が鈍く軋む。
華子は慌てて席を立ち翔悟と距離を取った。
華子の気持ちを知っていても、彼女として、こんな雰囲気は面白くない筈だ。
そんな葛藤する華子を他所に、結芽は明るい声で花束を抱え直した。
「私が買いに行って来たんだけど、渡すのは仁科さんの方がいいよね? はい、仁科さん。お願いします」
「へっ?」
バサリと目の前に掲げられた花束と、結芽を交互に見て、華子は恐る恐るそれを受け取った。
敵に塩を送るというヤツだろうか。
「う、うん。ありがとう……?」
華子は花束を見て、しみじみと溜息を吐いた。
自分の気持ちを口にするタイミング。
多分これが一番いいと思った。
華子は表情を引き締めて、改めて翔悟を仰いだ。
心得た彼は、華子に合わせて立ち上がってくれている。
「廉堂君、今日まで一ヶ月間、お疲れ様でした」
華子の言葉にパチパチと拍手が続く。
「初めての指導で加減が分からない私でしたが、熱心な廉堂君の姿勢に煽られ、かなり厳しかったんじゃないかと思います」
照れ臭さが滲む華子の言葉を、翔悟はじっと見つめて聞いている。こんなところでも彼の生真面目さに胸を打たれ、華子の気持ちがじわりと滲んだ。
「……でもついて来てくれてありがとう」
込み上げるものを瞬きで散らし、華子は必死に笑顔を作った。
「一生懸命な廉堂君に引き摺られるように、私も沢山の学びがありました。良い機会を与えてくれて本当にありがとう。最初の教育担当が廉堂君で良かった。これから配属される部でも活躍を期待しています」
そう締め括ると、翔悟は少し寂しそうに眉を下げた。
「……それで、その」
ごくりと唾を飲み込んで、華子はびくびくと翔悟を見上げた。
「また、があると嬉しい」
やっとそう口にする。
「お、お互いの……成長の為に……」
流石にこの場で好きだと告白する勇気はないけれど。それでも別れの挨拶だけで済ませるのは嫌だった。
だからこれは、今の華子の精一杯の告白だ。
翔悟は少しだけ目を見開いて、嬉しそうに花束を受け取った。
「はい。これからもよろしくお願いします」
花束を手放した華子の手を握り、翔悟は目尻を赤らめて微笑んだ。
それから素早く華子の肩を抱き、にっこりと笑いかける。
「皆さん。先程もお話ししたように、俺たち結婚します」
そして突然おかしな事を言い出した。
当然、会場は水を打ったように静まり返る。
「ちょっ、」
焦る華子を他所に、翔悟は言葉を続けた。
「彼女を追って同じ会社に入社したけれど、早々に教育担当に抜擢されてしまっと、嬉しい反面周知のタイミングに悩んでいましたが──」
ぐっと肩を引かれ、呆けていた華子の頬が翔悟の胸に押しつけられる。
途端にわあっと会場が祝福に湧いた。
「やっとこの場でお知らせできて嬉しく思います。まだまだ若輩者の立場ではありますが、皆様どうぞ、末永くよろしくお願いします」
会場に着けば翔悟は既に先に着いた課員に囲まれていた。何やら熱心に話している様子すら微笑ましい。
そういえばこの短い期間で彼はすっかり部内に馴染み、可愛がられていたんだった。
苦笑する華子に気付き、翔悟がパッと顔を輝かせた。
「華子さん」
嬉しそうな顔をして華子のコートを受け取る姿を見て目を丸くする。
──華子さん?
「わあ、仁科さん。もう尻に敷いてるんですかあ?」
思わず首を傾げていると、続く揶揄いに華子は目を丸くして、それから翔悟をジロっと睨んだ。
「……そんな筈ないでしょう。もう廉堂君、一体何を話していたのかな?」
「いやあ。研修期間中の華子さん、情熱的だったもんで」
照れ臭そうに笑う翔悟に戸惑いながらも、華子は場の雰囲気を壊さないように笑顔を作る。一体どんな話で盛り上がって、こんな展開になっているのか。
にまにまと笑う課員たちに促され、華子は翔悟の隣に座らされた。
(え、えええ? これは私、今日は揶揄われる立場なのね……)
とは言え、最後にこの距離感は有り難い。
翔悟に期待していた女子たちには申し訳無いが、華子も自分の気持ちを大事にしたい。与えられたチャンスを活かしたい。
ジッとこちらを見つめる結芽の視線から意識を逸らし、華子は隣の翔悟をそっと見上げた。
──しかし残念ながら。
今日の華子はホストを押し退けてホストだった。
終始翔悟に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、女子力を発揮する隙も、歳上の頼れる女をアピールする間もない。
(最後にいいところを見せたかったのに……)
ただ只管に姉さん女房と生温かい目で周囲から揶揄われ、翔悟には甘やかされるばかりである。
「華子さん、次もカシスですか?」
「え、ええ……」
せっせと華子の世話を焼く翔悟に皆キャッキャと喜んでいる。
(……ど、どうしよう、付け入る隙がないわ)
自分の気持ちを表現できない。周りの人の目もそれを許さない。……いや、華子がそうすれば場は余計に盛り上がるだろうが、きっと冗談で纏められるばかりだ。
(そうじゃなくて。どうすればきちんと話せるかしら……?)
段々と焦り出す華子の気持ちを他所に、すっかり出来上がった場の雰囲気は、翔悟に華子の肩を抱かせていた。
近いけど近くない、悲しい距離に華子の思考は沈んでいく。そうして逃げるように目の前にある酒を片付けていく。
葛藤する華子を周りは照れているのだと勘違いしていたのだが、一人思考に暮れている華子には気が付かなかった。
そうして宴はあっという間に、たけなわとなってしまった。
「廉堂君」
愛らしい声音と共に、結芽が花束を抱えこちらに歩み寄る。
白と青を基調にした、どこかシックな雰囲気の花束は、きっと翔悟をイメージしたものなのだろう。
笑顔の結芽が翔悟に近付く姿に、胸が鈍く軋む。
華子は慌てて席を立ち翔悟と距離を取った。
華子の気持ちを知っていても、彼女として、こんな雰囲気は面白くない筈だ。
そんな葛藤する華子を他所に、結芽は明るい声で花束を抱え直した。
「私が買いに行って来たんだけど、渡すのは仁科さんの方がいいよね? はい、仁科さん。お願いします」
「へっ?」
バサリと目の前に掲げられた花束と、結芽を交互に見て、華子は恐る恐るそれを受け取った。
敵に塩を送るというヤツだろうか。
「う、うん。ありがとう……?」
華子は花束を見て、しみじみと溜息を吐いた。
自分の気持ちを口にするタイミング。
多分これが一番いいと思った。
華子は表情を引き締めて、改めて翔悟を仰いだ。
心得た彼は、華子に合わせて立ち上がってくれている。
「廉堂君、今日まで一ヶ月間、お疲れ様でした」
華子の言葉にパチパチと拍手が続く。
「初めての指導で加減が分からない私でしたが、熱心な廉堂君の姿勢に煽られ、かなり厳しかったんじゃないかと思います」
照れ臭さが滲む華子の言葉を、翔悟はじっと見つめて聞いている。こんなところでも彼の生真面目さに胸を打たれ、華子の気持ちがじわりと滲んだ。
「……でもついて来てくれてありがとう」
込み上げるものを瞬きで散らし、華子は必死に笑顔を作った。
「一生懸命な廉堂君に引き摺られるように、私も沢山の学びがありました。良い機会を与えてくれて本当にありがとう。最初の教育担当が廉堂君で良かった。これから配属される部でも活躍を期待しています」
そう締め括ると、翔悟は少し寂しそうに眉を下げた。
「……それで、その」
ごくりと唾を飲み込んで、華子はびくびくと翔悟を見上げた。
「また、があると嬉しい」
やっとそう口にする。
「お、お互いの……成長の為に……」
流石にこの場で好きだと告白する勇気はないけれど。それでも別れの挨拶だけで済ませるのは嫌だった。
だからこれは、今の華子の精一杯の告白だ。
翔悟は少しだけ目を見開いて、嬉しそうに花束を受け取った。
「はい。これからもよろしくお願いします」
花束を手放した華子の手を握り、翔悟は目尻を赤らめて微笑んだ。
それから素早く華子の肩を抱き、にっこりと笑いかける。
「皆さん。先程もお話ししたように、俺たち結婚します」
そして突然おかしな事を言い出した。
当然、会場は水を打ったように静まり返る。
「ちょっ、」
焦る華子を他所に、翔悟は言葉を続けた。
「彼女を追って同じ会社に入社したけれど、早々に教育担当に抜擢されてしまっと、嬉しい反面周知のタイミングに悩んでいましたが──」
ぐっと肩を引かれ、呆けていた華子の頬が翔悟の胸に押しつけられる。
途端にわあっと会場が祝福に湧いた。
「やっとこの場でお知らせできて嬉しく思います。まだまだ若輩者の立場ではありますが、皆様どうぞ、末永くよろしくお願いします」
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