【完結】年下彼氏の結婚指導

藍生蕗

文字の大きさ
14 / 19

13.

しおりを挟む
 居酒屋の奥座敷。
 会場に着けば翔悟は既に先に着いた課員に囲まれていた。何やら熱心に話している様子すら微笑ましい。

 そういえばこの短い期間で彼はすっかり部内に馴染み、可愛がられていたんだった。
 苦笑する華子に気付き、翔悟がパッと顔を輝かせた。

「華子さん」
 嬉しそうな顔をして華子のコートを受け取る姿を見て目を丸くする。
 ──華子さん?

「わあ、仁科さん。もう尻に敷いてるんですかあ?」
 思わず首を傾げていると、続く揶揄いに華子は目を丸くして、それから翔悟をジロっと睨んだ。
「……そんな筈ないでしょう。もう廉堂君、一体何を話していたのかな?」
「いやあ。研修期間中の華子さん、情熱的だったもんで」
 照れ臭そうに笑う翔悟に戸惑いながらも、華子は場の雰囲気を壊さないように笑顔を作る。一体どんな話で盛り上がって、こんな展開になっているのか。

 にまにまと笑う課員たちに促され、華子は翔悟の隣に座らされた。
(え、えええ? これは私、今日は揶揄われる立場なのね……)
 とは言え、最後にこの距離感は有り難い。
 翔悟に期待していた女子たちには申し訳無いが、華子も自分の気持ちを大事にしたい。与えられたチャンスを活かしたい。
 ジッとこちらを見つめる結芽の視線から意識を逸らし、華子は隣の翔悟をそっと見上げた。



 ──しかし残念ながら。
 今日の華子はホストを押し退けてホストだった。
 終始翔悟に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、女子力を発揮する隙も、歳上の頼れる女をアピールする間もない。
(最後にいいところを見せたかったのに……)
 ただ只管に姉さん女房と生温かい目で周囲から揶揄われ、翔悟には甘やかされるばかりである。
「華子さん、次もカシスですか?」
「え、ええ……」
 せっせと華子の世話を焼く翔悟に皆キャッキャと喜んでいる。
(……ど、どうしよう、付け入る隙がないわ)

 自分の気持ちを表現できない。周りの人の目もそれを許さない。……いや、華子がそうすれば場は余計に盛り上がるだろうが、きっと冗談で纏められるばかりだ。
(そうじゃなくて。どうすればきちんと話せるかしら……?)
 段々と焦り出す華子の気持ちを他所に、すっかり出来上がった場の雰囲気は、翔悟に華子の肩を抱かせていた。
 近いけど近くない、悲しい距離に華子の思考は沈んでいく。そうして逃げるように目の前にある酒を片付けていく。
 葛藤する華子を周りは照れているのだと勘違いしていたのだが、一人思考に暮れている華子には気が付かなかった。



 そうして宴はあっという間に、たけなわとなってしまった。

「廉堂君」
 愛らしい声音と共に、結芽が花束を抱えこちらに歩み寄る。
 白と青を基調にした、どこかシックな雰囲気の花束は、きっと翔悟をイメージしたものなのだろう。
 笑顔の結芽が翔悟に近付く姿に、胸が鈍く軋む。

 華子は慌てて席を立ち翔悟と距離を取った。
 華子の気持ちを知っていても、彼女として、こんな雰囲気は面白くない筈だ。
 そんな葛藤する華子を他所に、結芽は明るい声で花束を抱え直した。

「私が買いに行って来たんだけど、渡すのは仁科さんの方がいいよね? はい、仁科さん。お願いします」
「へっ?」
 バサリと目の前に掲げられた花束と、結芽を交互に見て、華子は恐る恐るそれを受け取った。
 敵に塩を送るというヤツだろうか。
「う、うん。ありがとう……?」
 華子は花束を見て、しみじみと溜息を吐いた。

 自分の気持ちを口にするタイミング。
 多分これが一番いいと思った。
 華子は表情を引き締めて、改めて翔悟を仰いだ。
 心得た彼は、華子に合わせて立ち上がってくれている。

「廉堂君、今日まで一ヶ月間、お疲れ様でした」
 華子の言葉にパチパチと拍手が続く。
「初めての指導で加減が分からない私でしたが、熱心な廉堂君の姿勢に煽られ、かなり厳しかったんじゃないかと思います」
 照れ臭さが滲む華子の言葉を、翔悟はじっと見つめて聞いている。こんなところでも彼の生真面目さに胸を打たれ、華子の気持ちがじわりと滲んだ。
「……でもついて来てくれてありがとう」
 込み上げるものを瞬きで散らし、華子は必死に笑顔を作った。

「一生懸命な廉堂君に引き摺られるように、私も沢山の学びがありました。良い機会を与えてくれて本当にありがとう。最初の教育担当が廉堂君で良かった。これから配属される部でも活躍を期待しています」
 そう締め括ると、翔悟は少し寂しそうに眉を下げた。
「……それで、その」
 ごくりと唾を飲み込んで、華子はびくびくと翔悟を見上げた。
「また、があると嬉しい」
 やっとそう口にする。
「お、お互いの……成長の為に……」

 流石にこの場で好きだと告白する勇気はないけれど。それでも別れの挨拶だけで済ませるのは嫌だった。
 だからこれは、今の華子の精一杯の告白だ。
 翔悟は少しだけ目を見開いて、嬉しそうに花束を受け取った。

「はい。これからもよろしくお願いします」
 花束を手放した華子の手を握り、翔悟は目尻を赤らめて微笑んだ。
 それから素早く華子の肩を抱き、にっこりと笑いかける。

「皆さん。先程もお話ししたように、俺たち結婚します」
 そして突然おかしな事を言い出した。
 当然、会場は水を打ったように静まり返る。
「ちょっ、」
 焦る華子を他所に、翔悟は言葉を続けた。

「彼女を追って同じ会社に入社したけれど、早々に教育担当に抜擢されてしまっと、嬉しい反面周知のタイミングに悩んでいましたが──」
 ぐっと肩を引かれ、呆けていた華子の頬が翔悟の胸に押しつけられる。
 途端にわあっと会場が祝福に湧いた。

「やっとこの場でお知らせできて嬉しく思います。まだまだ若輩者の立場ではありますが、皆様どうぞ、末永くよろしくお願いします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

私は秘書?

陽紫葵
恋愛
社内で、好きになってはいけない人を好きになって・・・。 1度は諦めたが、再会して・・・。 ※仕事内容、詳しくはご想像にお任せします。

Bravissima!

葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと 俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター 過去を乗り越え 互いに寄り添い いつしか最高のパートナーとなる 『Bravissima!俺の女神』 ゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜ 過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。 互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。 ✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧ 木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生 如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター 高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

処理中です...