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20. 無自覚な告白
しおりを挟むばん! と裏手への扉を閉じ。
じろり、と史織を睨む。
その目はいつもの「不機嫌」では済まされない程の怒りが見て取れるので、史織は来るであろう叱責に首を竦ませ身構えた。
「お前の担当は別のお客様やろ。あんなところで何で──男と戯れてるんや」
最後は噛み付くように語尾を強める目の前の朔埜を見上げ、史織は途方に暮れた。別に遊んでいた訳ではない。でもそう見えたなら謝るべきなのだろう。
「も、申し訳……」
そう口にすれば、朔埜の口元が歪に歪んだ。
「否定せんのか……昔の男とわざわざこんなところで逢瀬なんてやめてもろか。旅館の体裁が悪いさかいな」
「え。ち、違います……」
朔埜はいつも不機嫌そうな顔をしているが、今日のそれには明確な怒りを乗せていた。
それでも藤本とはそんな仲では無いし、曲がりなりにも勤務中に、そんな浮ついた気持ちで接客しようなんて思わない。どちらもちゃんと否定したくて、史織は朔埜の目をしっかりと見つめ返した。
「何が違う……」
朔埜は怯む事なく昏い目で史織を覗き込む。
「ふ、藤本君は恋人ではありませんし、仕事を放り出して遊んでいた訳でも、ないです……」
ぎゅっと口元を引き結び答えると、一瞬躊躇ってから朔埜が視線を逸らした。
「別に……言いたくないんなら、ええ」
「だから、違いますって」
何だかむくれたような顔をする朔埜に焦れてしまう。恋人の誤解は諦めてもいいが、不真面目な態度で仕事をしていたと認識されるのは不本意だ。
指先を握り直し、俯きながら史織は言葉を続けた。
「わ、若旦那様がそう見えたのなら……私の接客は適切では無かったのだと思います。申し訳ありませんでした。でも本当に、遊んでいた訳ではありません」
ただの片思いだったけど、今はもうそんな気持ちは無いのに。自分でも気付かない未練が、まだ残っているのだろうか。
肩を落とす史織に朔埜が僅かに身動いだ。
……そう言えば前に竹林で会った時もそうだった。
朔埜から感じる、気まずそうな気配。
あの時はそのまま行ってしまったけれど、今朔埜は目の前で、身体を強張らせたまま微動だにしない。
「あの──」
「好き、やったろ……?」
「……はい?」
そろっと顔を上げれば相変わらずの不機嫌顔である。
怒られているのだから当然かもしれないが、なんだか史織が思っているのとは別の叱責を受けている気がするのは気のせいか……
じっと見つめる朔埜に対し、どう答えるべきか一瞬悩む。けれど嘘は一つで手一杯なのだ。これ以上風呂敷を広げて、収拾がつかなくなっても困ってしまうし……
「はい……」
仕方がないので正直に答えれば、何故か朔埜が傷付いたような顔をした。
「でも、もう過去の事ですし、そもそも藤本君は私の気持ちを知りません。だから私たちはただの同級生なんです」
「……でも、あいつは……いや、いい」
そう言って朔埜は不満そうに顔を背けた。
……どうやら、まだ疑われているらしい。
これ以上目をつけられるのは御免被りたい。もしそうするなら、好意的に印象付けたい。だから、と史織は一つ覚悟を決めた。
「あの、私には、他に好きな人がいるので!」
「………………は?」
他に相手がいると言えば誤解は解消される筈だ。
意気込む史織とは対照的に、朔埜からは表情が消えた。おかしな話を持ち出した事に呆れたのだろうと、誤解を解きたい史織はそのまま話を進める。
「確かに藤本君が好きだったんですけど、その人に会ってから沢山の事が変わったんです。私も変わりたいって思ったし、す、好きな人も……変わりました」
「……」
どんどんと朔埜の瞳から温度が無くなっていくようだ。
どうしようもないものでも見るような目で見られてしまい、流石に居た堪れなく思うが……史織は手を無意味に組んで開きながら話を続ける。
「さ、最初はその人の事好きだって分からなかったんですけどね、藤本君よりその人の言葉が耳に残って、それでずっと気になって……そ、その人の言う通りだって思ったのも確かにそうなんですけど、その人の目に良く写りたいなあ、なんて思ってる自分に気付いてですね。だから、その……藤本君じゃないんです。私は、私の事が嫌いと言ったあの人の事が……ずっと好きなんです……」
長々と話しておきながら、到底弁明とは思えない事しか言っていない……藤本との誤解を解いて、真面目に働いていたと主張するだけの筈が……
居た堪れずに逸らしていた視線を、そろりと持ち上げれば、朔埜は目を見開いて固まっていた。
(──ま、まあそうよね。こんな話を聞かされるとは思わなかったでしょう……)
「あの……」
おずおずと声を掛ければ、朔埜がびくりと肩を震わせた。
行き場の無い手と共に視線も泳ぐ。
「すみません、こんな話を聞かせてしまって……」
うん、どう考えても余計な事だった。
まあ、一度しか会ってない人だとか、どうみても不良少年の気まぐれだっただろう事までは言わない予定なので良しとしよう。
「か、まへ……ん」
けれどぎくしゃくと動く朔埜からは、先程まで感じていた険が消えていた。話しすぎたかと思ったものの、朔埜の態度が軟化したのだ。ひとまず良かったと胸を撫で下ろす。
「いつや……」
「はい?」
ぽつりと呟く朔埜に目を向ける。
「そいつに会ったのは、いつの事や」
「えっ」
まさかそんなところに食いつくとは思わなかった。
「四年前に……京都で……」
思い出せば口元が緩んでしまう。
……嫌いと言われて好きになるなんて変わっていると自分でも思う。でもそうでなくては自己研磨の意味を見出せなかった。見返したいと言うよりは、認めて欲しいと言う願望の方が強かったとも、ある時気付いた。
……男性の趣味が悪いと言われれば若干否定は出来ないけれど。史織には、あんなに印象的で衝撃的な「出会い」は無かったのだ。
だからその言葉を引き摺ったし、今までの視野に、視点まで変えてしまった。これを恋と呼んでも間違いでは無いと思う。
史織が自分に自信を持てるようになったら、もう一度会いたい人。だから恋──
はた、と喋り過ぎただろうかと改めて顔を上げれば、朔埜は強ばった顔を赤くして、口元を引き結んでいた。
……やはり余計な事を言い過ぎてしまったようだ。
けれど今まで抱えていた想いを口にして、言葉にできて、史織の方は少しばかり達成感を感じられた。だからまあ、良い機会を得られたと、プラスに考える事にした。少し恥ずかしいが、京都は直に離れるのだ。
「すみません、話し過ぎました……」
ぺこりと頭を下げれば、朔埜がびくりと反応した。
「あ、いや……別に……」
そわそわと視線を動かす朔埜は耳まで真っ赤だ。……何だか申し訳ない。
「その……恋が実ると、ええな」
その言葉に思わず苦笑する。
「いえ、流石にそれは。どこの誰かも分からない方なので」
「……………………あん?」
恋だと自覚したものの、流石に誰だか分からない相手に対して、いつまでも引き摺っていい想いだとは考えていない。
「今はその人の事が忘れられませんが、いずれ良い出会いがあれば、いい思い出になると思っています」
「……………………へえ」
朔埜の赤かった顔から、すぅっと、音が聞こえる勢いで熱が引いた。恐らく誤解が解けたのだと思う。
良かったと胸を一撫でし……首を傾げた。
朔埜がじっと史織を見つめている。
史織といる時はいつも不機嫌そうな顔をしているのに?
史織はこほりと空咳を打ち、仕切り直した。
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