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0、瀕死の勇者に押し掛けられた日のありあわせオムライス(前)
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あー、今日も仕事疲れた。
でも前の仕事に比べたら、今の週三の清掃アルバイトの方がほぼ定時で帰れて断然気が楽だわ。
俺の名前は天白羽佳。
一年前まではとある総合商社でサラリーマンをやっていたが、激務で心身ともに病んで退職した現在二十七歳独身フリーターである。
殆んど離縁状態の実家には頼れず、再就職も上手く行かず、この年でフリーターじゃ結婚も望めず、毎日無駄にあり余ってる貯金を切り崩しながら慎ましやかに崖っぷち生活を謳歌している。
そんな俺の趣味は、ズバリ自炊だ。
商社マンだった時の俺は、食事といえばほぼコンビニか外食で、野菜の値段もわからない間抜けなクソボンだった。
そんな俺だが、ふとある時に、仕事をやめてできた時間を使って自分のために料理を作ってみたんだ。
これがすっかりハマってしまって、今じゃ三食フル自炊である。
今日の晩飯は、朝に仕込んだとうもろこしご飯!
芯ごと一緒に炊いてるから、さぞかし白米がとうもろこしの旨味をしっかり吸ってくれてることだろう。
主菜は昨日作り置きしたチキンのトマト煮を温めてなおして、確か冷蔵庫に小松菜のお浸しがもうひとくち分くらい残ってたっけ。
野菜室にはキャベツが4分の1くらい残ってたから副菜もう一品はコールスローにして、味噌汁は乾燥ワカメ。
香の物は昨日開封したパウチのしば漬け使いきっちゃうか。
はあ~、自分のためだけの自炊ってなんっって楽しいんだろ。
食材を無駄なく綺麗に使いきった時の気持ちよさったら、ちょっと他では味わえない快感だ。
駄目だ、献立を考えてたらスゲー腹減ってきた。
一刻も早く家に帰らねば……!
その日の俺は、自分で作った晩飯を食うためだけに脇目も振らずに帰宅した。
ただいま我が家!
俺はテンションMAXで住み慣れた1LDKの借家の扉を開け放ち──固まった。
「……は?」
ワックス材が剥がれた年季の入った我が家のフローリングの床は、いっぱいのケチャップのチューブを逆さにしてくっ付け、そのまま横一列に固定して線でもひいたかのように真っ赤に染まっていた。
ついでにその赤いケチャップは、玄関扉の内側にもベッタリくっついている。
ドアノブなんか、まるでケチャップで汚れた手で握って思いっきり捻ったような……
え?なにこれ、ここ俺んちだよな? 俺もしかして今朝家出る前にチキンのトマト煮床にぶちまけちゃってたんだっけ?
思わず一方後ろに下がって部屋の番号を確かめるも、ここは俺の住んでる部屋で間違いがない。
一拍遅れて、部屋から漂ってくる生臭いような鉄臭いようなこのにおいは血液臭だと気付き、俺の頭の中にはガキの頃観てた火サスのテーマが流れる。
「さ、殺人事件!? 俺の部屋で?! なんで!?」
まさか泥棒? で、でも玄関のカギはちゃんと閉まってたよな?
思考の鈍った頭でとにかく警察に電話しなきゃと鞄の中からスマホを取り出そうとした、その時だった。
ガシャン!!
部屋の中から、大きな金属鍋を床に落としたような派手な音が鳴り響いた。
部屋に、誰かいる……!
もしかしたら、この血を流しているひとが、今まさに暴漢が襲われてる真っ最中なのかもしれない。
もしそうなら、俺が今逃げたら、きっとそのひとは助からないだろう。
俺はゴクンと生唾を飲み込んでから、息を殺してそろそろと部屋の中へ足を踏み入れた。
床の暗赤はリビングに続いており、途中から這ったような痕に変わっている。
意を決して、リビングを覗き込む。
するとそこには……、血で赤黒く汚れた白い甲冑を着込んだ、金髪の勇者みたいなひとが倒れていた。
「……ッ! だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌ててその人に駆け寄った。
勇者っぽいひとの腹のど真ん中には、どうやったらこんな風に鎧を貫通できるのかよくわからない穴がぽっかりと空いてて、そこからドバドバと大量の血が流れ出ている。
こんなの誰がどう見たって即死の致命傷だ。
「きゅ、きゅうきゅう、しゃ……」
あまりに濃い血の臭いにくらりと目眩を覚えながらも、俺は震える手でスマホの画面をタップする。
しかし、俺の指が119を辿るよりも先に、血塗れの手が俺を掴む方が速かった!
「っっキャアァーーーーっっ!!」
今思い返せば、よくこの絶叫で近隣住民から苦情が来なかったもんだよな。
恐怖で頭が真っ白になった俺の手をへし折らんばかりの怪力で握りながら、勇者っぽいひとは、文字通り血反吐を吐きながらこう唸ったんだ。
「……くっ、……ダンジョンに巣食う邪悪なモンスターめ……ッ! 人間に化けこちらを誑かすだけでは飽きたらず、まさか聖なる結界にまで侵入してくるとは。回復が済み次第、確実に息の根を止めてやる……ッ!」
「……はい?」
ダンジョン? モンスター? 何言ってんのこのひとヤバいお薬でも使ってる系の外人さん?
……というか、腹にこんなデカい穴空いててもこんだけ流暢にしゃべれる程度には余裕あんだな。
変に冷静さを取り戻した俺は、握られてるのとは反対の手でポンポンと勇者っぽいひとの手を軽く叩いた。
「モンスターじゃなくてちゃんと人間ですよ。 ここ俺んちなんだけど、おたくどうやって入ってきたの? てか怪我大丈夫? 救急車呼ぼうか?」
勇者っぽいひとは弾かれたように血塗れの顔を上げ、それから痛みに顔を歪ませて呻いた。
「ああほら、無理すんなって。 もう勝手に呼ぶからな!」
電話をかけようとすると、「待ってくれ」と俺の手を握る手にぎゅっと力が籠った。
「……この怪我なら平気だから、ひとは呼ばないでほしい。 こんな無様な姿を見られてしまったら、村の人間たちに何と言われるか……」
「いや、ちょっと何言ってるかわかんないから! そんな、どてっ腹に穴空いてて大丈夫なわけ──」
言いかけた俺の口は「エ」の形で固まった。
さっきまで空いてた穴が小さくなっている。
否、現在進行形で傷の裾肉がウニョウニョと蠢いて、ものすごい速さで塞がっていっている。
それだけじゃない。
穴が塞がるにつれ、床に垂れた血液が、まるで水が溢れる動画を巻き戻しているかのように、ひとりでに動いて傷の中に吸い込まれていく。
内扉についていた赤までぬるりと剥がれて穴に巻き戻ると、彼の腹の穴は傷痕ひとつ見当たらないくらい完全に修復された。
「……もしあなたがモンスターではないというのなら、少しの間だけここで休ませてはくれないだろうか。 まだ駄目になった骨や臓器の修復に時間がかかりそうなんだ」
「…………」
わかった! これ夢だ!
だって人間の傷があんな風に治るわけないもん。
血みどろだった部屋も何事もないみたいに綺麗になったし、なーんだ夢か、びっくりしたぁ。
「おい、聞いているのか?」
「ん? ああ、いいよいいよ、好きなだけゆっくりしてきな。横になるならソファ使っていいよ。 なんなら身体中汚れてるみたいだし風呂入っていきなよ。 その代わり、ここ土足厳禁だからちゃんと靴は脱いでね」
「な、なに……?」
「つかその鎧も、重いでしょ? 着てないTシャツとジャージのズボン貸したげるから、それに着替えちゃいな」
夢だと分かって安心した俺は、戸惑う勇者っぽいひとを脱衣所に連れていき、風呂の給湯ボタンとシャワーの使い方を教えてあげた。
はー、安心したらますます腹減っちゃったよ。
俺は荷物を下ろして、台所に向かう。
待ち構えるは炊飯器。
よしよし、ちゃんと予約時刻通りに炊き終えてるな。
どれどれ仕上がりは……?
「おおー! 良い感じ!」
ふっくらピカピカに粒立ったご飯と、黄金色のとうもろこしの粒のこのコントラスト! 美しい!
埋もれた芯を取り除いて、早速しゃもじで上下をひっくり返す。
と、ここで俺はあることに気付いてしまった。
晩飯一人分しか用意してない!!……と。
いや、勝手の訪問してきたのはあのひとだから、別に俺が用意してやる義理なんかないよ?
でも目の前でひとりだけ飯食うのもなんか卑しいっていうか……。
「作り置き以外になんか食材残ってたっけ?」
冷凍庫は……空か。
そう、今日ちょうど全部食材使いきって霜取り掃除する予定だったんだよ。
冷蔵庫には先週安くて買溜めしたたまごがひとパック丸々残ってた。
あとは明日の朝飯用のヨーグルト……それくらいか。
ええっと、確かシンク上の棚にも色々缶詰めとか買い置きしてたような。
お、切り干し大根がある。
あとは、コンソメ代わりに買ってそのまま使い忘れてたオニオンパウダーも。
こっちは、去年プロテインと間違えて買ったスキムミルクか。 あ、これ賞味期限明後日じゃん、あぶね~。
サバの水煮缶に、甘夏の缶詰めもあった。
幸いご飯はちょっと多めに炊いてるし、このあり合わせで何とかふたり分にかさ増ししてみるか。
手にいれた食材を並べて、俺は頭の中で既に決めていた献立をもう一度組み立て直す。
「よし、決めた」
まずは切り干し大根をさっと水で洗い絞ってボウルの中に入れる。
そこに乾燥ワカメとサバ缶を汁ごと投入。
こうするとサバ缶の水分で切り干し大根が戻ってくれるから汁捨てずに済むんだよな。
味付けはりんご酢大匙4、砂糖大匙2、すりごま大匙2加えてざっくり混ぜ、サバ缶と乾燥ワカメの塩分が結構あるから味見しながら塩で味を整える。
冷蔵庫で10分くらい置いたらサバとワカメと切り干し大根のゴマ酢和え完成。
次にキャベツはさっと洗って、千切りではなくざく切りにしてお皿に入れ、ふんわりラップでしんなりするまでレンチン。
その隙にしば漬けを微塵切りに。
レンチンキャベツは軽く水気を絞ったら、醤油をひと垂らししてしば漬けと一緒に和える。
これでゆかりキャベツっぽいものが完成。
レンジが空いたから今のうちにチキンのトマト煮をふんわりラップしてレンチン。
小松菜のお浸しは、冷たいお鍋に入れる。
一緒にオニオンパウダー、顆粒コンソメを入れて、練ってゆるーいペースト状になるくらい水を足す。
良い感じになったら、とうもろこしご飯に入れようと思ってたバターひと掛けを入れて、じっくり弱火にかけて溶かす。
ちょうどカレールゥ作るみたいな感じ。
その間に、脱脂粉乳はぬるま湯3カップを少しずつ入れて、ダマにならないように溶いておく。
オニオンパウダーに火が通ってルゥがまとまってきたら溶いた脱脂粉乳と合わせ、しっかり混ぜながら沸騰直前まで温める。
温まったら火から下ろして、中のスープをミキサーに入れ、あとはとろみを足すためにほんのふたくち分くらいだけ炊いたご飯を足して、スイッチを入れてしっかり撹拌する。
お浸しにもう味が入ってるからちょっと味見して、物足りなかったら塩を数粒足す。
味が整ったら小松菜の和風ポタージュの完成だ。
レンチンしたトマト煮は、具材だけ取り出してしゃもじでざっくり割って、炊飯器の中のとうもろこしご飯とよく混ぜる。
パスタ用の長丸皿にチキン混ぜとうもろこしご飯をよそって、と。
そこへ、ガチャリと洗面所からTシャツに着替えた勇者っぽいひとが出てきた。
彼は俺が料理しているのを見て驚いたように立ち竦み、それから「グオオォォ~~……」と獣の唸り声みたいな腹の虫を鳴かせる。
「もうすぐ飯できるから、座って待ってな」
笑いながら俺が食卓に座るよう促すと、勇者っぽいひとは顔を赤くしながらしばらくうろうろしてたけど、所在ないのかそのうち言われた通りストンと椅子に座った。
でも前の仕事に比べたら、今の週三の清掃アルバイトの方がほぼ定時で帰れて断然気が楽だわ。
俺の名前は天白羽佳。
一年前まではとある総合商社でサラリーマンをやっていたが、激務で心身ともに病んで退職した現在二十七歳独身フリーターである。
殆んど離縁状態の実家には頼れず、再就職も上手く行かず、この年でフリーターじゃ結婚も望めず、毎日無駄にあり余ってる貯金を切り崩しながら慎ましやかに崖っぷち生活を謳歌している。
そんな俺の趣味は、ズバリ自炊だ。
商社マンだった時の俺は、食事といえばほぼコンビニか外食で、野菜の値段もわからない間抜けなクソボンだった。
そんな俺だが、ふとある時に、仕事をやめてできた時間を使って自分のために料理を作ってみたんだ。
これがすっかりハマってしまって、今じゃ三食フル自炊である。
今日の晩飯は、朝に仕込んだとうもろこしご飯!
芯ごと一緒に炊いてるから、さぞかし白米がとうもろこしの旨味をしっかり吸ってくれてることだろう。
主菜は昨日作り置きしたチキンのトマト煮を温めてなおして、確か冷蔵庫に小松菜のお浸しがもうひとくち分くらい残ってたっけ。
野菜室にはキャベツが4分の1くらい残ってたから副菜もう一品はコールスローにして、味噌汁は乾燥ワカメ。
香の物は昨日開封したパウチのしば漬け使いきっちゃうか。
はあ~、自分のためだけの自炊ってなんっって楽しいんだろ。
食材を無駄なく綺麗に使いきった時の気持ちよさったら、ちょっと他では味わえない快感だ。
駄目だ、献立を考えてたらスゲー腹減ってきた。
一刻も早く家に帰らねば……!
その日の俺は、自分で作った晩飯を食うためだけに脇目も振らずに帰宅した。
ただいま我が家!
俺はテンションMAXで住み慣れた1LDKの借家の扉を開け放ち──固まった。
「……は?」
ワックス材が剥がれた年季の入った我が家のフローリングの床は、いっぱいのケチャップのチューブを逆さにしてくっ付け、そのまま横一列に固定して線でもひいたかのように真っ赤に染まっていた。
ついでにその赤いケチャップは、玄関扉の内側にもベッタリくっついている。
ドアノブなんか、まるでケチャップで汚れた手で握って思いっきり捻ったような……
え?なにこれ、ここ俺んちだよな? 俺もしかして今朝家出る前にチキンのトマト煮床にぶちまけちゃってたんだっけ?
思わず一方後ろに下がって部屋の番号を確かめるも、ここは俺の住んでる部屋で間違いがない。
一拍遅れて、部屋から漂ってくる生臭いような鉄臭いようなこのにおいは血液臭だと気付き、俺の頭の中にはガキの頃観てた火サスのテーマが流れる。
「さ、殺人事件!? 俺の部屋で?! なんで!?」
まさか泥棒? で、でも玄関のカギはちゃんと閉まってたよな?
思考の鈍った頭でとにかく警察に電話しなきゃと鞄の中からスマホを取り出そうとした、その時だった。
ガシャン!!
部屋の中から、大きな金属鍋を床に落としたような派手な音が鳴り響いた。
部屋に、誰かいる……!
もしかしたら、この血を流しているひとが、今まさに暴漢が襲われてる真っ最中なのかもしれない。
もしそうなら、俺が今逃げたら、きっとそのひとは助からないだろう。
俺はゴクンと生唾を飲み込んでから、息を殺してそろそろと部屋の中へ足を踏み入れた。
床の暗赤はリビングに続いており、途中から這ったような痕に変わっている。
意を決して、リビングを覗き込む。
するとそこには……、血で赤黒く汚れた白い甲冑を着込んだ、金髪の勇者みたいなひとが倒れていた。
「……ッ! だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌ててその人に駆け寄った。
勇者っぽいひとの腹のど真ん中には、どうやったらこんな風に鎧を貫通できるのかよくわからない穴がぽっかりと空いてて、そこからドバドバと大量の血が流れ出ている。
こんなの誰がどう見たって即死の致命傷だ。
「きゅ、きゅうきゅう、しゃ……」
あまりに濃い血の臭いにくらりと目眩を覚えながらも、俺は震える手でスマホの画面をタップする。
しかし、俺の指が119を辿るよりも先に、血塗れの手が俺を掴む方が速かった!
「っっキャアァーーーーっっ!!」
今思い返せば、よくこの絶叫で近隣住民から苦情が来なかったもんだよな。
恐怖で頭が真っ白になった俺の手をへし折らんばかりの怪力で握りながら、勇者っぽいひとは、文字通り血反吐を吐きながらこう唸ったんだ。
「……くっ、……ダンジョンに巣食う邪悪なモンスターめ……ッ! 人間に化けこちらを誑かすだけでは飽きたらず、まさか聖なる結界にまで侵入してくるとは。回復が済み次第、確実に息の根を止めてやる……ッ!」
「……はい?」
ダンジョン? モンスター? 何言ってんのこのひとヤバいお薬でも使ってる系の外人さん?
……というか、腹にこんなデカい穴空いててもこんだけ流暢にしゃべれる程度には余裕あんだな。
変に冷静さを取り戻した俺は、握られてるのとは反対の手でポンポンと勇者っぽいひとの手を軽く叩いた。
「モンスターじゃなくてちゃんと人間ですよ。 ここ俺んちなんだけど、おたくどうやって入ってきたの? てか怪我大丈夫? 救急車呼ぼうか?」
勇者っぽいひとは弾かれたように血塗れの顔を上げ、それから痛みに顔を歪ませて呻いた。
「ああほら、無理すんなって。 もう勝手に呼ぶからな!」
電話をかけようとすると、「待ってくれ」と俺の手を握る手にぎゅっと力が籠った。
「……この怪我なら平気だから、ひとは呼ばないでほしい。 こんな無様な姿を見られてしまったら、村の人間たちに何と言われるか……」
「いや、ちょっと何言ってるかわかんないから! そんな、どてっ腹に穴空いてて大丈夫なわけ──」
言いかけた俺の口は「エ」の形で固まった。
さっきまで空いてた穴が小さくなっている。
否、現在進行形で傷の裾肉がウニョウニョと蠢いて、ものすごい速さで塞がっていっている。
それだけじゃない。
穴が塞がるにつれ、床に垂れた血液が、まるで水が溢れる動画を巻き戻しているかのように、ひとりでに動いて傷の中に吸い込まれていく。
内扉についていた赤までぬるりと剥がれて穴に巻き戻ると、彼の腹の穴は傷痕ひとつ見当たらないくらい完全に修復された。
「……もしあなたがモンスターではないというのなら、少しの間だけここで休ませてはくれないだろうか。 まだ駄目になった骨や臓器の修復に時間がかかりそうなんだ」
「…………」
わかった! これ夢だ!
だって人間の傷があんな風に治るわけないもん。
血みどろだった部屋も何事もないみたいに綺麗になったし、なーんだ夢か、びっくりしたぁ。
「おい、聞いているのか?」
「ん? ああ、いいよいいよ、好きなだけゆっくりしてきな。横になるならソファ使っていいよ。 なんなら身体中汚れてるみたいだし風呂入っていきなよ。 その代わり、ここ土足厳禁だからちゃんと靴は脱いでね」
「な、なに……?」
「つかその鎧も、重いでしょ? 着てないTシャツとジャージのズボン貸したげるから、それに着替えちゃいな」
夢だと分かって安心した俺は、戸惑う勇者っぽいひとを脱衣所に連れていき、風呂の給湯ボタンとシャワーの使い方を教えてあげた。
はー、安心したらますます腹減っちゃったよ。
俺は荷物を下ろして、台所に向かう。
待ち構えるは炊飯器。
よしよし、ちゃんと予約時刻通りに炊き終えてるな。
どれどれ仕上がりは……?
「おおー! 良い感じ!」
ふっくらピカピカに粒立ったご飯と、黄金色のとうもろこしの粒のこのコントラスト! 美しい!
埋もれた芯を取り除いて、早速しゃもじで上下をひっくり返す。
と、ここで俺はあることに気付いてしまった。
晩飯一人分しか用意してない!!……と。
いや、勝手の訪問してきたのはあのひとだから、別に俺が用意してやる義理なんかないよ?
でも目の前でひとりだけ飯食うのもなんか卑しいっていうか……。
「作り置き以外になんか食材残ってたっけ?」
冷凍庫は……空か。
そう、今日ちょうど全部食材使いきって霜取り掃除する予定だったんだよ。
冷蔵庫には先週安くて買溜めしたたまごがひとパック丸々残ってた。
あとは明日の朝飯用のヨーグルト……それくらいか。
ええっと、確かシンク上の棚にも色々缶詰めとか買い置きしてたような。
お、切り干し大根がある。
あとは、コンソメ代わりに買ってそのまま使い忘れてたオニオンパウダーも。
こっちは、去年プロテインと間違えて買ったスキムミルクか。 あ、これ賞味期限明後日じゃん、あぶね~。
サバの水煮缶に、甘夏の缶詰めもあった。
幸いご飯はちょっと多めに炊いてるし、このあり合わせで何とかふたり分にかさ増ししてみるか。
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「よし、決めた」
まずは切り干し大根をさっと水で洗い絞ってボウルの中に入れる。
そこに乾燥ワカメとサバ缶を汁ごと投入。
こうするとサバ缶の水分で切り干し大根が戻ってくれるから汁捨てずに済むんだよな。
味付けはりんご酢大匙4、砂糖大匙2、すりごま大匙2加えてざっくり混ぜ、サバ缶と乾燥ワカメの塩分が結構あるから味見しながら塩で味を整える。
冷蔵庫で10分くらい置いたらサバとワカメと切り干し大根のゴマ酢和え完成。
次にキャベツはさっと洗って、千切りではなくざく切りにしてお皿に入れ、ふんわりラップでしんなりするまでレンチン。
その隙にしば漬けを微塵切りに。
レンチンキャベツは軽く水気を絞ったら、醤油をひと垂らししてしば漬けと一緒に和える。
これでゆかりキャベツっぽいものが完成。
レンジが空いたから今のうちにチキンのトマト煮をふんわりラップしてレンチン。
小松菜のお浸しは、冷たいお鍋に入れる。
一緒にオニオンパウダー、顆粒コンソメを入れて、練ってゆるーいペースト状になるくらい水を足す。
良い感じになったら、とうもろこしご飯に入れようと思ってたバターひと掛けを入れて、じっくり弱火にかけて溶かす。
ちょうどカレールゥ作るみたいな感じ。
その間に、脱脂粉乳はぬるま湯3カップを少しずつ入れて、ダマにならないように溶いておく。
オニオンパウダーに火が通ってルゥがまとまってきたら溶いた脱脂粉乳と合わせ、しっかり混ぜながら沸騰直前まで温める。
温まったら火から下ろして、中のスープをミキサーに入れ、あとはとろみを足すためにほんのふたくち分くらいだけ炊いたご飯を足して、スイッチを入れてしっかり撹拌する。
お浸しにもう味が入ってるからちょっと味見して、物足りなかったら塩を数粒足す。
味が整ったら小松菜の和風ポタージュの完成だ。
レンチンしたトマト煮は、具材だけ取り出してしゃもじでざっくり割って、炊飯器の中のとうもろこしご飯とよく混ぜる。
パスタ用の長丸皿にチキン混ぜとうもろこしご飯をよそって、と。
そこへ、ガチャリと洗面所からTシャツに着替えた勇者っぽいひとが出てきた。
彼は俺が料理しているのを見て驚いたように立ち竦み、それから「グオオォォ~~……」と獣の唸り声みたいな腹の虫を鳴かせる。
「もうすぐ飯できるから、座って待ってな」
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