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12、盲目の日のセルフ闇鍋おでん
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「う、嘘だろ……!?」
うちの炊飯器が遂に壊れてしまった。
リサイクルショップで買った爆安の中古品だったし、もういい加減寿命だったんだろうな……。
新しいのは通販サイトでポチッて、届くのは明後日の昼以降か。
ちょっとだけ冷凍したご飯が残ってるけど、もし勇者くんが来たらこんなのじゃ全然足りないぞ。
いっそ今日はパスタとかにするか?
大盛りミートソースにミートボールデーン!みたいなやつだったら勇者くんも喜んで食べてくれるだろうし。
それか、たまには粉ものもいいな。
キャベツたっぷりの豚たまとか肉も野菜も一度にいっぱい摂れるし、今年の梅干しを漬けた時についでに漬けた紅生姜がまだ残ってた筈だ。
中華麺だけ買ってきて、家で家系ラーメン仕込むってのもありだな。
う~~ん、迷うな~~。
献立を決めかねながらスーパーに買い物に行くと、今日は大根1本丸々買いがお買い得だった。
たまごも2パックで五十円引きだったし、牛スジも半額でゲットできた。
となると、今日の献立はもうおでんしかないでしょう……!
俺は材料を買い込み、明るいうちからおでんの仕込みをスタートした。
まずは何はなくとも大根の下茹で。
大根は皮を厚めに剥いて面取りし、米のとぎ汁でうっすら透き通るまで茹でる。
大根をザルに上げたら次は牛スジ。
しっかり茹でこぼして脂とアクを抜き、汚れを流水で綺麗に洗う。
こんにゃくは三角に切ってから、味が染みやすいよう両面に浅く格子状の隠し包丁をいれ、レンチンしてから流水でよく洗い臭みととる。
ひとりのおでんだったらゆで玉子はなしで、千草たまごの袋きんちゃくにしてるところなんだけど……。
勇者くんはそれだけじゃ絶対物足りないだろうから、今日は二種類の巾着を作ります。
薄揚げに熱湯をかけて油抜きをしたあと、片方は半分に切った切り餅とチーズを袋の中に詰めて折ったパスタで口を止めた餅チーズ巾着。
もう一方は、豚ひき肉300グラムににんじん1本、椎茸2個、さっき剥いた大根の皮と面取り部分、葉をみじん切りにしたもの、片栗粉大匙1、酒小匙1、醤油小匙1、塩胡椒ふたつまみ程、生姜チューブ1センチくらいをよくこね混ぜて、こっちも巾着袋の中に詰めて折ったパスタで口を止めた肉稲荷巾着だ。
肉の方は煮崩れないように、あらかじめレンチンして挽き肉を固めておく。
ちくわにゴボ天にタコ串結び昆布、それと忘れちゃいけないのが銀杏串だ。
スーパーで薄皮を剥いたやつがパウチで売られているので、それをつま楊枝で4つ刺すだけ。
全体的に具が大きいものばっかりのおでんの中で、このちっちゃい串が出てくると地味にテンション上がるんだよな。
ゆで玉子を固茹でにして殻を剥いたら、あとは圧力鍋で煮るだけだ。
といってもうちの圧力鍋の容量は2,5リットルで、用意した具材全部は入りきらない。
だから、一回分のお出汁で三回くらいに分けて煮ることになると思う。
鍋の三分のニくらいまで水を入れて、醤油大匙3、みりん大匙3、粉末だし大匙1を溶き、具材を入れて中火でコトコト煮る。
煮えたら具材を引き上げ別皿に移し、次の具材を煮るのを繰り返す。
こうやってあらかじめ煮たものを準備しておけば、おかわりする時に生煮えの大根を齧る心配はないってわけ。
さて、こいつを仕込んでいる間に、別の品を用意しましょうかね。
今日の香の物はきゅうりの辛子漬け。
おでんにはやっぱり辛子漬けだよな。
これだけじゃ緑ものが足りないから、軽めの副菜も作っておく。
さっと洗ったおかひじきの根元を切って、塩ひとつまみ入れたお湯でさっと湯がいて冷水にさらす。
ひとくちの大きさに切って、ぽん酢大匙2に耳掻きいっぱい分くらいのわさびを溶いて、和えたら完成。
もう一品は里芋の磯辺焼き。
洗った里芋の皮を剥いて十字の形に1/4カット。
ボウルに小麦粉大匙3、マヨネーズ大匙1、水大匙1、あおさをさっとひと振りを加えて混ぜ合わせた衣に里芋をくぐらせ、多めの油をひいたフライパンでカリッとするまで揚げ焼きにしたら完成っと。
「わあっ!」
ガシャーン!と派手な音がしたかと思ったら、クローゼットの中から勇者くんから転がり飛び出してきた。
「勇者くん! 大丈夫?」
「イテテ……、ぁ、騒がしくしてごめんなさい。 煙状のモンスターが吐き出した煙幕を食らったら、目が見えなくなっちゃって」
「目が!? そりゃ大変だ!」
俺はコンロの火を止めると、エプロンで手を拭きながら勇者くんの元に駆け寄る。
勇者くんはろくに目も開けられないのか、目を瞑ったまま手探りで立ち上がろうとわたわたしていた。
俺は勇者くんを介助するように支えて、脱衣所に連れていく。
「すみません、羽佳さん。 料理の最中だったのに手を止めさせてしまって」
「いいってそんなの。それより勇者くん、ひとりで鎧脱げそう?」
「う、なんとかやってみます。 んっしょっと……」
勇者くんはじぶんの身体を手探りで触りながら、鎧の留め具を外そうと頑張ってる。
しかし、慣れない盲目状態ではなかなか上手く外せないようだ。
「ちょっとごめんね」
「っ! は、羽佳さん、いいです、自分で脱ぎますから!」
「遠慮しないの。 これまでも勇者くんが倒れて鎧脱げない時はいっつも俺が脱がしてきたんだからさ、今更恥ずかしがることもないでしょ」
「うう、す、すみません……」
俺は勇者くんの鎧を外し、インナーを脱がせてやった。
肌を晒した瞬間勇者くんはびくりと大きく肩をゆらしたが、抵抗すればするだけ俺が手間取ると早々に察したのか、耳まで赤くなりながら俯き、下唇を噛んで脱衣の羞恥に堪えている。
勇者くんの下着をずらした俺は、初めて目の当たりにする勇者くんの股間を前にして、思わず「ス、3Lマツタケ……」と感嘆の息が洩れてしまった。
「まつたけ?」
おっと、いかんいかん!
洗えるものは洗濯機に放り込んでっと。
「滑ったら危ないから、今日はシャワーだけにしとこっか。 頭と背中は洗ったげるけど、前は自分で洗えるよね?」
「おねがいします」
勇者くんは少し緊張した面持ちで、しかし従順に俺に従った。
俺は勇者くんをお風呂椅子に座らせると、寒くないよう温度調節したシャワーを出しっぱなしにして後ろから背中を泡立てたタオルでごしごし洗う。
「お客さま、お痒いところはございませんか~?」
「お、おきゃくさま? なんですか? それ」
「こっちだとひとの頭洗うときはこう言うのがお約束なの」
改めて傍で見る勇者くんの細身ながらがっちり締まった身体には、肉の盛り上がったような傷跡がいくつもあった。
初めて会ったときの、腹を貫かれたような丸い傷跡も。
セーブポイント内にいると怪我は治るけど、怪我をしたって事実はしっかり身体に残ってるんだ。
たったひとりで、一体どれだけのモンスターと戦い危険な罠を掻い潜って傷付いてきたんだろう。
勇者くん、俺が心配するからってダンジョンであった苦労とかあんまり話してくれないんだよな……。
俺は、なんだかたまらなくなった気持ちを誤魔化すみたいに、温かいシャワーで広い背中の泡を洗い流した。
◆◆◆
さあ、汗も流したことだし、ご飯だご飯!
漂うおでんの匂いに、勇者くんの腹の虫も限界なのか「ドゥルルルルルン!!」と工事現場みたいな唸り声をあげている。
「いただきます」
「イタダキマス」
手を合わせたものの、盲目状態の勇者くんはさっきから何もない場所を箸でスカスカと摘まんでいる。
俺は辛子漬けを一切れ箸で摘まむと、ぽいっと勇者くんの口の中に投げ入れた。
「ん゛ぐッ! あっ? これ、キューリ? なんかピリッとしてますけど……」
「正解。 ピリッとしてるのは辛子ね。 ……ねえ、勇者くん。 俺らの国の文化でさ、『闇鍋』って料理があるんだけど」
「や、闇、ですか……?」
ごくりと勇者くんが生唾を飲み込む。
「そ。闇鍋っていうのは、複数人で持ち寄った食材をひとつの鍋にぶちこんで、暗闇の中で調理して食べる儀式のことだよ。 食材は入れた本人以外は何が入ってるのかわからない。 何が当たるかお楽しみってわけ。 もちろん食べ物じゃないものが入ってることもある。 ちなみに今日の料理は鍋物なんだけど」
「な、なるほど。 つまり、今日の料理はその闇鍋なんですね。 ……でも、羽佳さんは食べられないものを僕に食べさそうだなんてことはしないですよね?」
「さあ~? それはどうだろうね~?」
「そ、そんな、は、羽佳さぁん……!」
本当は闇鍋じゃなくてただのおでん鍋なんだけど、面白いから黙っとこ。
それに、今の盲目状態で目の前の鍋すら見えてない勇者にとっては、実質セルフ闇鍋みたいなもんだしな。
「目が見えないと食べ辛いだろ? 俺が食べさせてやるよ」
「えっ!?」
俺はガタガタと椅子を移動させて、勇者くんの隣に回り込む。
やっぱりまずは、定番のこれかな?
「はい勇者くん、あーん」
最初に箸で勇者くんの口元に運んだのは、こんにゃくだ。
勇者くんは恐る恐るこんにゃくを口に入れて、しばらくもぐもぐと咀嚼してから首を傾げる。
「弾力があって、出汁がよく染みてて、でも仄かなえぐみもあって……これは一体……? ワイバーンの肉とか?」
「勇者くんワイバーン食ったことあんの?」
「いや、ただの想像ですけど」
「それじゃあねぇ、これは?」
「ひっ! な、なんかぶよぶよしてますね。これは、……ローパーの触手に似てる気がします。 ……これ、ちゃんと食べ物ですよね?」
「触手ぅ? ふふっ」
「えっ? 食べ物なんですよね? ねっ?」
煮込んだぶよぶよのちくわって、触手に似てんだ?
勇者くんの異世界的な例えが秀逸で、なんか大体楽しくなってきた。
「これはなーんだ?」
「ハフッ、……むっ? オイナリサンに、ロールキャベツの肉種みたいなのが入ってます!」
「すごい! 正解! やっぱり一回似たものを食べたことがあるとわかるんだ? じゃあこっちは?」
「もぐっ……吸盤の触感。 クラーケンの足かな……?」
「クラーケンってイカだっけ? 惜しい、タコなんだなこれが」
おでんを色々食べさせているうちに、段々視力が回復してきたのか勇者くんは俺の介助なしでも平気そうになってきた。
見えない時はあれだけ恐々していたのに、食材の正体がわかった途端安心したようにがっつきはじめる。
残念、もうちょっと楽しみたかったんだけどな。
柔らかく煮た具材の合間にサクサク触感のおかひじきとカリカリ触感の里芋の磯辺焼き、シャクシャクのきゅうりを忙しなく挟みながら、勇者くんはあっという間に第一段のおでんを食べきってしまう。
「これ!! これすっごく美味しいです!! ぷりっとしてるのにとろっとして、甘辛味がよく染んでて!! 普通の肉と違う!! なんですかこれ!!」
「牛スジ美味いよね。 アクがすごくてちょっと処理が手間だからひとりの時は入れないんだけど、勇者くんにはまずはスタンダードなおでん食べてほしくてさ」
全部食べきったところで冷蔵庫に避けておいた第二段の具材を投入。
卓上IHの火力を強火にして、と。
ふつふつしてきたら、さ、俺も食べよっと。
んー! 大根がほろほろ染み染み。
チーズ餅巾着、好きなんだよなぁ。出汁吸った餅のぶよぶよ感って、これと正月の雑煮くらいでしか味わえないんじゃない?
あとたまご! 半熟もいいけど、固茹でにしたたまごの黄身を、多めのお出汁と辛子で頂くのがザ・おでんって感じ。
しみじみ味に俺が浸っていると、ちらっ、ちらっと、勇者くんが何やら物言いたげにこちらの様子を窺っている気配が。
……フフフ、大丈夫。 言いたいことはちゃんと分かってるから、まずは第二段のおでんを食べな?
具材が減ってきたのを確認してから、俺は一旦席を立ち、魚焼きグリルの余熱で解凍していた冷凍うどんを取り出す。
「そ、それは?!」
まずは2玉投入し、グツグツとうどんを煮込む。
殆ど解凍状態だったうどんは出汁の中ではらりとほどけて、あっという間に純白の白が茶色く染まっていく。
そろそろ煮えてきたなってところで、ネギを散らしておでんの具と一緒に器によそって、と。
「じゃーん! 今日の炭水化物はご飯の代わりにおでんの締めのうどんです! 残った具材と一緒に召し上がれ!」
アツアツ染み染みのおでんうどん!
おでんの日には、締めにこれがないとねぇ。
勇者くんは箸で掬ったうどんをふーふーと冷ましてから啜って「ぐうっ」と顔をくしゃくしゃにして唸った。
「……とろりと滑らかな太麺なのに噛むともちもちしていて、ひとくち啜ったあとに具材の旨味の溶け出した濃い目のお出汁が鼻に抜けていく。 寒い夜に食べたいようなほっとする味だ……」
涙ぐみながらおでんうどんを噛み締める勇者くん。
そんな勇者を見ていたら、俺ももちろん我慢できなくなってるくわけで。
俺はテーブルの下に置いていた2リットルの漬け物瓶をどん!と取り出す。
中身は今年の梅雨に仕込んだ自家製梅酒だ。
おでんには熱燗? 違うね! おでんには梅酒の冷たい無糖ジンジャーエール割りだ!
熱いものには冷たいものが合う、日本には「こたつでアイス」って諺もあるでしょ!(諺ではない)
っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲むジンジャー梅酒うまーーッ!!
◆◆◆
「これでよしっと」
綺麗に食べきったおでんの残り汁に、冷凍庫に残ってたご飯を全部投入。
軽く煮てふつふつさせてから火を止め、出汁をご飯に吸わせる。
冷蔵庫には入んないから、蓋して袋に入れてこのままベランダの室外機の上に出しちゃおっと。
「ううっ、寒っ! 息、白っ! そろそろ年の暮れか。 この一年もあっという間だったな」
外の方が冷蔵庫より寒いから、室内に置いとくよりそっちの方が雑菌が繁殖しにくいよな。
明日の朝になったら加熱しなおして、海苔とたまごを足して勇者くんの朝飯の雑炊にするのだ。
洗い物と明日の仕込みを終えた俺は、ベランダの窓越しにリビングの勇者くんを振り返る。
勇者くんは今日のデザートの冷凍みかんに真剣に向き合っていた。
カチンコチンで皮がまだ剥けないから、食べ頃まで自然解凍するのを待っているんだろう。
「……あと何回くらい、こうして勇者くんにご飯作ってあげられるのかなぁ」
ふと、視界の端に白いものが映る。
初雪だ。
今夜は寒くなりそうだな。
【本日のおしながき】
セルフ闇鍋おでん
おかひじきのわさびぽん酢和え
里芋の磯辺揚げ焼き
きゅうりの辛子漬け
締めの冷凍うどん
冷凍みかん
うちの炊飯器が遂に壊れてしまった。
リサイクルショップで買った爆安の中古品だったし、もういい加減寿命だったんだろうな……。
新しいのは通販サイトでポチッて、届くのは明後日の昼以降か。
ちょっとだけ冷凍したご飯が残ってるけど、もし勇者くんが来たらこんなのじゃ全然足りないぞ。
いっそ今日はパスタとかにするか?
大盛りミートソースにミートボールデーン!みたいなやつだったら勇者くんも喜んで食べてくれるだろうし。
それか、たまには粉ものもいいな。
キャベツたっぷりの豚たまとか肉も野菜も一度にいっぱい摂れるし、今年の梅干しを漬けた時についでに漬けた紅生姜がまだ残ってた筈だ。
中華麺だけ買ってきて、家で家系ラーメン仕込むってのもありだな。
う~~ん、迷うな~~。
献立を決めかねながらスーパーに買い物に行くと、今日は大根1本丸々買いがお買い得だった。
たまごも2パックで五十円引きだったし、牛スジも半額でゲットできた。
となると、今日の献立はもうおでんしかないでしょう……!
俺は材料を買い込み、明るいうちからおでんの仕込みをスタートした。
まずは何はなくとも大根の下茹で。
大根は皮を厚めに剥いて面取りし、米のとぎ汁でうっすら透き通るまで茹でる。
大根をザルに上げたら次は牛スジ。
しっかり茹でこぼして脂とアクを抜き、汚れを流水で綺麗に洗う。
こんにゃくは三角に切ってから、味が染みやすいよう両面に浅く格子状の隠し包丁をいれ、レンチンしてから流水でよく洗い臭みととる。
ひとりのおでんだったらゆで玉子はなしで、千草たまごの袋きんちゃくにしてるところなんだけど……。
勇者くんはそれだけじゃ絶対物足りないだろうから、今日は二種類の巾着を作ります。
薄揚げに熱湯をかけて油抜きをしたあと、片方は半分に切った切り餅とチーズを袋の中に詰めて折ったパスタで口を止めた餅チーズ巾着。
もう一方は、豚ひき肉300グラムににんじん1本、椎茸2個、さっき剥いた大根の皮と面取り部分、葉をみじん切りにしたもの、片栗粉大匙1、酒小匙1、醤油小匙1、塩胡椒ふたつまみ程、生姜チューブ1センチくらいをよくこね混ぜて、こっちも巾着袋の中に詰めて折ったパスタで口を止めた肉稲荷巾着だ。
肉の方は煮崩れないように、あらかじめレンチンして挽き肉を固めておく。
ちくわにゴボ天にタコ串結び昆布、それと忘れちゃいけないのが銀杏串だ。
スーパーで薄皮を剥いたやつがパウチで売られているので、それをつま楊枝で4つ刺すだけ。
全体的に具が大きいものばっかりのおでんの中で、このちっちゃい串が出てくると地味にテンション上がるんだよな。
ゆで玉子を固茹でにして殻を剥いたら、あとは圧力鍋で煮るだけだ。
といってもうちの圧力鍋の容量は2,5リットルで、用意した具材全部は入りきらない。
だから、一回分のお出汁で三回くらいに分けて煮ることになると思う。
鍋の三分のニくらいまで水を入れて、醤油大匙3、みりん大匙3、粉末だし大匙1を溶き、具材を入れて中火でコトコト煮る。
煮えたら具材を引き上げ別皿に移し、次の具材を煮るのを繰り返す。
こうやってあらかじめ煮たものを準備しておけば、おかわりする時に生煮えの大根を齧る心配はないってわけ。
さて、こいつを仕込んでいる間に、別の品を用意しましょうかね。
今日の香の物はきゅうりの辛子漬け。
おでんにはやっぱり辛子漬けだよな。
これだけじゃ緑ものが足りないから、軽めの副菜も作っておく。
さっと洗ったおかひじきの根元を切って、塩ひとつまみ入れたお湯でさっと湯がいて冷水にさらす。
ひとくちの大きさに切って、ぽん酢大匙2に耳掻きいっぱい分くらいのわさびを溶いて、和えたら完成。
もう一品は里芋の磯辺焼き。
洗った里芋の皮を剥いて十字の形に1/4カット。
ボウルに小麦粉大匙3、マヨネーズ大匙1、水大匙1、あおさをさっとひと振りを加えて混ぜ合わせた衣に里芋をくぐらせ、多めの油をひいたフライパンでカリッとするまで揚げ焼きにしたら完成っと。
「わあっ!」
ガシャーン!と派手な音がしたかと思ったら、クローゼットの中から勇者くんから転がり飛び出してきた。
「勇者くん! 大丈夫?」
「イテテ……、ぁ、騒がしくしてごめんなさい。 煙状のモンスターが吐き出した煙幕を食らったら、目が見えなくなっちゃって」
「目が!? そりゃ大変だ!」
俺はコンロの火を止めると、エプロンで手を拭きながら勇者くんの元に駆け寄る。
勇者くんはろくに目も開けられないのか、目を瞑ったまま手探りで立ち上がろうとわたわたしていた。
俺は勇者くんを介助するように支えて、脱衣所に連れていく。
「すみません、羽佳さん。 料理の最中だったのに手を止めさせてしまって」
「いいってそんなの。それより勇者くん、ひとりで鎧脱げそう?」
「う、なんとかやってみます。 んっしょっと……」
勇者くんはじぶんの身体を手探りで触りながら、鎧の留め具を外そうと頑張ってる。
しかし、慣れない盲目状態ではなかなか上手く外せないようだ。
「ちょっとごめんね」
「っ! は、羽佳さん、いいです、自分で脱ぎますから!」
「遠慮しないの。 これまでも勇者くんが倒れて鎧脱げない時はいっつも俺が脱がしてきたんだからさ、今更恥ずかしがることもないでしょ」
「うう、す、すみません……」
俺は勇者くんの鎧を外し、インナーを脱がせてやった。
肌を晒した瞬間勇者くんはびくりと大きく肩をゆらしたが、抵抗すればするだけ俺が手間取ると早々に察したのか、耳まで赤くなりながら俯き、下唇を噛んで脱衣の羞恥に堪えている。
勇者くんの下着をずらした俺は、初めて目の当たりにする勇者くんの股間を前にして、思わず「ス、3Lマツタケ……」と感嘆の息が洩れてしまった。
「まつたけ?」
おっと、いかんいかん!
洗えるものは洗濯機に放り込んでっと。
「滑ったら危ないから、今日はシャワーだけにしとこっか。 頭と背中は洗ったげるけど、前は自分で洗えるよね?」
「おねがいします」
勇者くんは少し緊張した面持ちで、しかし従順に俺に従った。
俺は勇者くんをお風呂椅子に座らせると、寒くないよう温度調節したシャワーを出しっぱなしにして後ろから背中を泡立てたタオルでごしごし洗う。
「お客さま、お痒いところはございませんか~?」
「お、おきゃくさま? なんですか? それ」
「こっちだとひとの頭洗うときはこう言うのがお約束なの」
改めて傍で見る勇者くんの細身ながらがっちり締まった身体には、肉の盛り上がったような傷跡がいくつもあった。
初めて会ったときの、腹を貫かれたような丸い傷跡も。
セーブポイント内にいると怪我は治るけど、怪我をしたって事実はしっかり身体に残ってるんだ。
たったひとりで、一体どれだけのモンスターと戦い危険な罠を掻い潜って傷付いてきたんだろう。
勇者くん、俺が心配するからってダンジョンであった苦労とかあんまり話してくれないんだよな……。
俺は、なんだかたまらなくなった気持ちを誤魔化すみたいに、温かいシャワーで広い背中の泡を洗い流した。
◆◆◆
さあ、汗も流したことだし、ご飯だご飯!
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「いただきます」
「イタダキマス」
手を合わせたものの、盲目状態の勇者くんはさっきから何もない場所を箸でスカスカと摘まんでいる。
俺は辛子漬けを一切れ箸で摘まむと、ぽいっと勇者くんの口の中に投げ入れた。
「ん゛ぐッ! あっ? これ、キューリ? なんかピリッとしてますけど……」
「正解。 ピリッとしてるのは辛子ね。 ……ねえ、勇者くん。 俺らの国の文化でさ、『闇鍋』って料理があるんだけど」
「や、闇、ですか……?」
ごくりと勇者くんが生唾を飲み込む。
「そ。闇鍋っていうのは、複数人で持ち寄った食材をひとつの鍋にぶちこんで、暗闇の中で調理して食べる儀式のことだよ。 食材は入れた本人以外は何が入ってるのかわからない。 何が当たるかお楽しみってわけ。 もちろん食べ物じゃないものが入ってることもある。 ちなみに今日の料理は鍋物なんだけど」
「な、なるほど。 つまり、今日の料理はその闇鍋なんですね。 ……でも、羽佳さんは食べられないものを僕に食べさそうだなんてことはしないですよね?」
「さあ~? それはどうだろうね~?」
「そ、そんな、は、羽佳さぁん……!」
本当は闇鍋じゃなくてただのおでん鍋なんだけど、面白いから黙っとこ。
それに、今の盲目状態で目の前の鍋すら見えてない勇者にとっては、実質セルフ闇鍋みたいなもんだしな。
「目が見えないと食べ辛いだろ? 俺が食べさせてやるよ」
「えっ!?」
俺はガタガタと椅子を移動させて、勇者くんの隣に回り込む。
やっぱりまずは、定番のこれかな?
「はい勇者くん、あーん」
最初に箸で勇者くんの口元に運んだのは、こんにゃくだ。
勇者くんは恐る恐るこんにゃくを口に入れて、しばらくもぐもぐと咀嚼してから首を傾げる。
「弾力があって、出汁がよく染みてて、でも仄かなえぐみもあって……これは一体……? ワイバーンの肉とか?」
「勇者くんワイバーン食ったことあんの?」
「いや、ただの想像ですけど」
「それじゃあねぇ、これは?」
「ひっ! な、なんかぶよぶよしてますね。これは、……ローパーの触手に似てる気がします。 ……これ、ちゃんと食べ物ですよね?」
「触手ぅ? ふふっ」
「えっ? 食べ物なんですよね? ねっ?」
煮込んだぶよぶよのちくわって、触手に似てんだ?
勇者くんの異世界的な例えが秀逸で、なんか大体楽しくなってきた。
「これはなーんだ?」
「ハフッ、……むっ? オイナリサンに、ロールキャベツの肉種みたいなのが入ってます!」
「すごい! 正解! やっぱり一回似たものを食べたことがあるとわかるんだ? じゃあこっちは?」
「もぐっ……吸盤の触感。 クラーケンの足かな……?」
「クラーケンってイカだっけ? 惜しい、タコなんだなこれが」
おでんを色々食べさせているうちに、段々視力が回復してきたのか勇者くんは俺の介助なしでも平気そうになってきた。
見えない時はあれだけ恐々していたのに、食材の正体がわかった途端安心したようにがっつきはじめる。
残念、もうちょっと楽しみたかったんだけどな。
柔らかく煮た具材の合間にサクサク触感のおかひじきとカリカリ触感の里芋の磯辺焼き、シャクシャクのきゅうりを忙しなく挟みながら、勇者くんはあっという間に第一段のおでんを食べきってしまう。
「これ!! これすっごく美味しいです!! ぷりっとしてるのにとろっとして、甘辛味がよく染んでて!! 普通の肉と違う!! なんですかこれ!!」
「牛スジ美味いよね。 アクがすごくてちょっと処理が手間だからひとりの時は入れないんだけど、勇者くんにはまずはスタンダードなおでん食べてほしくてさ」
全部食べきったところで冷蔵庫に避けておいた第二段の具材を投入。
卓上IHの火力を強火にして、と。
ふつふつしてきたら、さ、俺も食べよっと。
んー! 大根がほろほろ染み染み。
チーズ餅巾着、好きなんだよなぁ。出汁吸った餅のぶよぶよ感って、これと正月の雑煮くらいでしか味わえないんじゃない?
あとたまご! 半熟もいいけど、固茹でにしたたまごの黄身を、多めのお出汁と辛子で頂くのがザ・おでんって感じ。
しみじみ味に俺が浸っていると、ちらっ、ちらっと、勇者くんが何やら物言いたげにこちらの様子を窺っている気配が。
……フフフ、大丈夫。 言いたいことはちゃんと分かってるから、まずは第二段のおでんを食べな?
具材が減ってきたのを確認してから、俺は一旦席を立ち、魚焼きグリルの余熱で解凍していた冷凍うどんを取り出す。
「そ、それは?!」
まずは2玉投入し、グツグツとうどんを煮込む。
殆ど解凍状態だったうどんは出汁の中ではらりとほどけて、あっという間に純白の白が茶色く染まっていく。
そろそろ煮えてきたなってところで、ネギを散らしておでんの具と一緒に器によそって、と。
「じゃーん! 今日の炭水化物はご飯の代わりにおでんの締めのうどんです! 残った具材と一緒に召し上がれ!」
アツアツ染み染みのおでんうどん!
おでんの日には、締めにこれがないとねぇ。
勇者くんは箸で掬ったうどんをふーふーと冷ましてから啜って「ぐうっ」と顔をくしゃくしゃにして唸った。
「……とろりと滑らかな太麺なのに噛むともちもちしていて、ひとくち啜ったあとに具材の旨味の溶け出した濃い目のお出汁が鼻に抜けていく。 寒い夜に食べたいようなほっとする味だ……」
涙ぐみながらおでんうどんを噛み締める勇者くん。
そんな勇者を見ていたら、俺ももちろん我慢できなくなってるくわけで。
俺はテーブルの下に置いていた2リットルの漬け物瓶をどん!と取り出す。
中身は今年の梅雨に仕込んだ自家製梅酒だ。
おでんには熱燗? 違うね! おでんには梅酒の冷たい無糖ジンジャーエール割りだ!
熱いものには冷たいものが合う、日本には「こたつでアイス」って諺もあるでしょ!(諺ではない)
っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲むジンジャー梅酒うまーーッ!!
◆◆◆
「これでよしっと」
綺麗に食べきったおでんの残り汁に、冷凍庫に残ってたご飯を全部投入。
軽く煮てふつふつさせてから火を止め、出汁をご飯に吸わせる。
冷蔵庫には入んないから、蓋して袋に入れてこのままベランダの室外機の上に出しちゃおっと。
「ううっ、寒っ! 息、白っ! そろそろ年の暮れか。 この一年もあっという間だったな」
外の方が冷蔵庫より寒いから、室内に置いとくよりそっちの方が雑菌が繁殖しにくいよな。
明日の朝になったら加熱しなおして、海苔とたまごを足して勇者くんの朝飯の雑炊にするのだ。
洗い物と明日の仕込みを終えた俺は、ベランダの窓越しにリビングの勇者くんを振り返る。
勇者くんは今日のデザートの冷凍みかんに真剣に向き合っていた。
カチンコチンで皮がまだ剥けないから、食べ頃まで自然解凍するのを待っているんだろう。
「……あと何回くらい、こうして勇者くんにご飯作ってあげられるのかなぁ」
ふと、視界の端に白いものが映る。
初雪だ。
今夜は寒くなりそうだな。
【本日のおしながき】
セルフ闇鍋おでん
おかひじきのわさびぽん酢和え
里芋の磯辺揚げ焼き
きゅうりの辛子漬け
締めの冷凍うどん
冷凍みかん
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異世界召喚に巻き込まれた料理人の話
ミミナガ
BL
神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。
魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。
そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。
呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算
てんつぶ
BL
「呪いは解くので、結婚しませんか?」
竜を愛する竜騎士・リウは、横暴な第二王子を庇って代わりに竜の呪いを受けてしまった。
痛みに身を裂かれる日々の中、偶然出会った天才魔法使い・ラーゴが痛みを魔法で解消してくれた上、解呪を手伝ってくれるという。
だがその条件は「ラーゴと結婚すること」――。
初対面から好意を抱かれる理由は分からないものの、竜騎士の死は竜の死だ。魔法使い・ラーゴの提案に飛びつき、偽りの婚約者となるリウだったが――。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
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