境界のクオリア

山碕田鶴

文字の大きさ
47 / 65

47.適所 五

しおりを挟む
「そうそう、君の話だったね。どうしたの?  明美さんが慌てるくらいだから大事件?」
「僕……石崎さんが、か、歌手だったって知って、よくわからないけれどショックだったんです」
「か、しゅ?」

 ぶわはははーっ。憲次郎は笑い転げた。

「ごめん。かしゅって単語で吹いた。そっちの方がササイさんっぽい。みんなアーティストとか言っているけれど、見た目は絶対演歌とか歌謡曲系だよなあ」
「ですよね⁉︎  それ言ったら明美さんが……」
「怒り狂って噛んだの?」
「いえ、これは犬です」

 晴久は、同情するような顔の憲次郎に無言で肩をポンポンと叩かれた。
   憲次郎は肩に手を置く直前になぜかひと呼吸あって、晴久は自然にその手を受け入れていた。

「君、前に会った時は何も知らなかったよね。明美さんが強制的にバラしたのか。で、かわいそうになって俺になんとかしろ、と」
「あの、僕大丈夫です。びっくりしただけです。明美さんも、フツーに働くオジサンだって言っていましたし」
「何言ってるの!  全然フツーじゃないって。あんなすごい人いないって。神だよ、神!  俺、何度昇天したかわからないよ?  ライブだってチケットなかなか取れねーし、普段あんな地味で無口で怖そうなのに、ステージだともうゾクゾクするくらいいい男でーって……ごめん。俺が来た意味ないね。申し訳ない。話し相手失格。これじゃササイさん、益々別世界の人だ」

 憲次郎はうなだれた。憲次郎も熱烈なササイファンだと晴久は理解した。
 憲次郎と会うのはこれが二度目だ。だが、ずっと以前からの知り合いのように楽しい。初めて会った時から楽しかった。

「僕、職場では挨拶程度しか話せないんですけど、憲次郎さんと話すのは楽しいです。自然に話せます。話せてよかったです」
「そう?  君が楽しくて嬉しかったら、俺も嬉しいなあ。痛いとか苦しくて嬉しくなるより、やっぱりいいなあ」
「え?」
「あ、ごめん。俺の話。俺、いっつも明美さんにわがまま言われてこき使われて酷い扱いなんだけどさ、常態化しててそれが俺の快感になってるの。ヤバいヤバい」

 わはははー、と憲次郎は嬉しそうに笑った。
 憲次郎はずっと笑顔だ。晴久や明美のように他人と線を引く笑顔ではない。カラッと豪快に、楽しそうに笑っている。明美はきっとこの笑顔に見守られ続けている。

「あれ?  俺、今、結構な変態発言した?  ヤバイなあ。なんか君と話していると何言っても受け入れてもらえそうな気がしてつい、ね。あの、まあ、職場の仕事仲間は友達とは違うからさ。挨拶程度で支障なければ十分、十分。大丈夫。君、ササイさんとお友達なんだから。もう俺も明美さんも友達みたいなものでしょう?」

   人懐こい笑顔の憲次郎が、はっと目を輝かせた。

「そうだ。今度遊びに来なよ。あと二人メンバーがいて、あのライブハウスの上で時々練習しているから。練習前後でメシ食うからさ、その時にササイ話でもどう?」
「あ、ぜひ……」

 晴久は、ついいつもの社交辞令で答えかけた。憲次郎は、それを遮るように続けた。

「不定期だから空振りアリだけど、君と事前の約束はしないよ。君をいつでも歓迎するけれど強制はしない。あ、これ、社交辞令じゃないから来ないでってことじゃないよ。条件をつけるとすれば、君が自分で行きたいと思うこと。俺たちは好きで集まっているだけだから。それで続かなかったらそれまで。そう思って十年つるんでる。つきあいが長過ぎて、ササイネタで盛り上がりたいのにお互い知り尽くしててつまんねーの。あはは、実は俺らが君を待っているだけかも。せっかく来てくれたのに俺らがいなかったら、受付でスタジオ借りる予定聞いてよ。明美さんの名前出せばいいから。『ササイ連合』でもわかる」
「ササイ連合⁉︎」
「バカでしょう?  俺ら三人のバンド名。ササイさんにもバカって怒られた。うひひひっ」

 憲次郎は嬉しそうだ。
 仲間がいて充実した時間があって、楽しい思い出が沢山ある。晴久には眩し過ぎる世界だ。たが、憲次郎はその明るい光の中に晴久を誘ってくれた。

   僕は、こんなふうに楽しくてもいいのかな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

処理中です...