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番外編
転生令嬢、ヤンデレの提案に困る
しおりを挟む王宮からの帰り道。
馬車に乗ってからずっと黙ったままのルシフェル様を横目で見る。
お茶会でのあの様子から、二人きりになった途端感情を爆発させると思っていたけれど、予想に反してルシフェル様は静かだった。
窓枠に腕を付き、何を考えているのか一点を見つめて集中している。
いつもと変わらず、作り物のように綺麗な顔。
でも、それが私には恐ろしく見える。
穢れを知らない顔をして、きっと良からぬことを考えているに違いない。
「ルシフェル……?」
恐る恐る声を掛けると、ルシフェル様は突然、物凄い勢いで私の方を向いた。
声を掛けたのは私だけれど、まさかそんな反応をされるとは思わなくて、声にならない悲鳴を上げる。
「ッ!」
体を仰け反らせた私を気にすることなく、何かを思い付いたような顔をしたルシフェル様は口を開いた。
「フィーネはどんな魔物を見てみたいですか?」
「…………どういうこと?」
魔物? ……魔物?
理解できない発言に、私は怪訝な顔でルシフェル様を見る。
彼はにっこりと笑って言った。
「先ほど、殿下は聖女に役割を与えてあげたいと、揺るぎない立場を与えてあげたいと言っていたでしょう」
「まさか……」
まさか、ルシフェル様はミキちゃんに退治させるために、わざと魔物を作り出すつもりだろうか。
ミキちゃんが魔物を倒すことができれば、聖女としての地位を確立することができる。
……でも、それだと何の罪もない人たちが傷付き、国に被害が出るのではないだろうか……
「いくらなんでも、それは……」
「ですから、エドワード殿下を魔物に変えて、聖女に滅ぼしてもらおうかと思いまして。そうすれば聖女であることが証明されて、邪魔な殿下を排除することができる。完璧な計画だと思いませんか?」
「思わないわっ!」
ルシフェル様の提案を全力で否定する。
何度も言うようだけど、ここで否定しておかないとルシフェル様の場合やりかねない。
反対する私を見て、彼は不思議そうな顔をした。
「何故です? 殿下はフィーネの気持ちを無視してあんな要求をしてきたんですよ。そんなに大切な聖女なら、自分の身くらい犠牲にできるでしょう」
「そ、それは……」
確かにエドワード様の要求は、非常識にも程がある。
お茶会の場では自分にとって都合の良いことばかり口にしていた。
エドワード様から私を捨てておきながら、そんな私に自分たちの婚約を認めてほしいなんて。
よくもまあそんな事が言えたものだと呆れてしまう。
(……お父様に償いなどは望んでいないと言ったのは、間違いだったのかな)
私は前世の記憶から『救国の聖女』の結末を知っていたし、ミキちゃんとエドワード様が愛し合うのも仕方がないと諦めていた。
でも、こちらが強く抗議しなかったせいで、エドワード様が婚約破棄くらい大したことないと思ってしまったのかもしれない。
(――いや、王子の婚約破棄なんて、相当重大な問題ですからね!?)
思わず溜息をついてしまった私を、ルシフェル様が横からそっと抱き締めた。
「わっ!」
「フィーネ、大丈夫ですよ」
蕩けるような甘い声で、ルシフェル様が囁く。
彼の手が慰めるように私の背中を叩いた。
「今日は頑張りましたね」
トン、トン、と子供を慰めるような穏やかなリズムで、彼の手が背中に触れる。
「――っ」
精神的に疲れていた分、ルシフェル様の優しさが心に染みる。
彼に全てを委ねてしまいたいと思った時だった。
「安心してください。貴方を傷付けるものはすべて、私が消して差し上げますからね」
「それはダメ!!」
甘い雰囲気に絆されそうになって、慌てて否定する。
ルシフェル様に全てを委ねようなどと一瞬でも思った自分を叱ってやりたい。
いくら理不尽な協力を求められたからといって、彼らの存在を抹消したいとまでは思っていない。
「この件に関しては……わ、私に考えがあるの! だから、ルシフェルは手を出しちゃダメよ!?」
考えなんてあるわけない。
でも、それくらい言わないとルシフェル様を止められない。
不満げな顔をする彼をなんとか宥めて、私はこの件を保留にすることに成功した。
――ただ、私の考えがまとまらない内に、私の発言を誤解したエドワード様が次なる手を打ってくるとは思いもしなかった……
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