転生令嬢は婚約者を聖女に奪われた結果、ヤンデレに捕まりました

高瀬ゆみ

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番外編

転生令嬢、聖女と女子会をする 2

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私の隣には、美しい所作でティーカップのハンドルをつまみ、上品にお茶をいただくクリスティーナ様。
そして正面の席には、カップに両手を添えてホッと息をついているミキちゃん。

暖を取るように両手でカップを持つミキちゃんは、まるで友達とファストフード店にいるかのよう。
お茶を飲んで少し落ち着いたのか、表情を緩ませたミキちゃんはとっても可愛い。
可愛いけれど、貴族令嬢としてはマナー違反だ。

私は先ほどクリスティーナ様が言っていた『育ち』という言葉を思い出しながら、ミキちゃんに話しかけた。

「本日はお時間をいただきありがとうございます。先日のお茶会では聖女様ときちんとお話しできなかったものですから、神官長にお願いしてお話しする機会をいただきましたの」

「わ、私も。フィーネ様とお話ししたいと思ってました」

そう言って私を真っ直ぐ見つめたミキちゃんは、勢いよく頭を下げた。

「すみませんでした! 私がエドワード様と、その……親しくなってしまったせいで、フィーネ様にご迷惑をおかけしてしまって」

言葉を詰まらせながらも、ミキちゃんは謝罪の言葉を口にする。

「しかも、フィーネ様にお願い事までしてしまって、本当に申し訳ないです」

そう言ってもう一度頭を下げたミキちゃんを、私は信じられない気持ちで見つめる。
なんというか、エドワード様の予期せぬ言動に疲れていた私は、ミキちゃんの謝罪に心を打たれてしまった。
今までずっと好意的に捉えていたエドワード様が、実は違う一面を持っていたことに動揺していたけれど、大好きだったミキちゃんが思っていた通りの良い子で嬉しい。

早速絆されかけている私に対し、目を伏せたミキちゃんは言いづらそうに口を開いた。

「……エドワード様は、聖女として何も出来ていない私のために、早く婚約しようとしてくれたんです。そんなことしなくていいってお伝えしたんですけど、聞いてくれなくて」

「あら、貴方がエドワード殿下に望んだことではないの?」

クリスティーナ様には、二人の婚約を認めるようエドワード様から協力を求められたことを話してある。
クリスティーナ様が尋ねると、ミキちゃんは慌てて否定した。

「違います! 実は、私が聖女のことでエドワード様に相談したら、どうしてだかいきなり婚約の話になっちゃったんです」

「まあ。そうでしたの。エドワード殿下は、こうと決めたら一直線なところがありますものねぇ」

「そう! そうなんです! 私がいくら言っても聞いてくれなくて……いつもはそんなところが頼もしく感じるんですけど、今回はちょっと困っちゃいました」

「それは大変でしたわね。エドワード殿下は貴方に何ておっしゃったの?」

「『ミキの悩みは俺がどうにかしてあげる。すべて俺に任せておけ』って」

ミキちゃんとクリスティーナ様の会話を黙って聞きながら、私は改めてクリスティーナ様に同席していただいて良かったと思った。
エドワード様の元婚約者だった私の立場ではなかなか聞きにくいところを、クリスティーナ様が上手く聞き出してくれている。

ここまで話がスムーズなのは、クリスティーナ様が聞き上手なのもあるけれど、きっとミキちゃんが誰かに話したかったというのが大きいだろう。
神殿の人にはなかなか相談しづらい内容だったのかもしれない。
ずっと自分の内に溜めていたことを口にして、ミキちゃんは晴れ晴れとした様子だった。

「婚約とか結婚とか、今まで考えたことなかったから、どうしたらいいか分からなくて」

「貴方、確か十七歳でしょう。この国では結婚していてもおかしくない年だけれど、貴方のいたところでは違うのかしら」

「えっと、法律上では結婚できるんですけど……でも私はまだ高校生で、結婚なんてまだまだ先のことだと思ってました」

そう言って困った顔をするミキちゃんを見て、私は思い出す。

(そういえば、ミキちゃんって高校生なんだよね)

ごく普通の高校生だったのに、突然知らない世界に落とされて、『救国の聖女』なんて呼ばれて……

「いきなりのことで、きっと戸惑ったでしょうね」

私がそう言うと、ミキちゃんは少し驚いた顔をした後、ゆっくり頷いた。

「はい……」

部屋の中を重い空気が漂う。
私は、これだけは必ず聞かなければとミキちゃんに向かい合った。

「聖女様は、元の世界に戻りたいと思いませんか?」

ルシフェル様がこの世界を壊すために溜めていたという魔力。
あれを使えば、もしかしたらミキちゃんを元の世界に戻せるかもしれない。
ミキちゃんのことが大好きなエドワード様には悪いけど、無理矢理この世界に連れてこられたミキちゃんの意思を尊重したい。

「それは……戻りたいです。家族にも、友達にも、会いたいって気持ちはあります」

ミキちゃんが瞳を揺らす。
戸惑うような仕草を見せながらも、ゆっくりと自分の考えを話してくれた。

「でも、帰る方法はないって聞かされて、悲しくて泣いていた私をエドワード様が慰めてくれました。エドワード様と一緒にいる時間が増えていって、段々この世界で暮らしていこうって、そう思えるようになりました」

そう言ったミキちゃんは、私の顔を見つめて言った。

「私、エドワード様のことが好き、です」

ミキちゃんの黒い瞳に光が宿る。
キラキラと輝いて、とても綺麗だった。
思わず見惚れた私を、ミキちゃんの言葉が現実に引き戻す。

「エドワード様の優しいところも、男らしくてちょっと強引なところも、大好きなんです」

「せ、聖女様……?」

「背が高くてカッコイイし、一緒にいるとドキドキして……私なんかがエドワード様の側にいて本当にいいのかなって、いつも心配で……」

そう言って、恥ずかしそうに頬に手を当てるミキちゃん。
いつの間にか、神殿の応接室で女子会が開催されていた。

ミキちゃんは背を向けているから見えないだろうけれど、扉の側で控えている神官長が驚いた顔でミキちゃんを凝視している。
神官長がこの場にいることを忘れてるんじゃないかと心配になる。
それに、王太子妃という地位にいる、クリスティーナ様のことも。

横目でクリスティーナ様を窺うと、彼女は小さく首を振った。
どうやらミキちゃんにこのまま話をさせるつもりらしい。
体を前に傾けたクリスティーナ様が、ミキちゃんに優しく声を掛ける。

「貴方はエドワード殿下のことが大好きなのね。でも、それなら早く婚約したいという気持ちになるのではなくて?」

「私なんかが婚約者でいいのか心配なのは本当なんです。それに……」

言い淀んだミキちゃんが、チラッと私を見る。
窺うような眼差しを受けて、私はにっこりと笑った。

「私のことはどうか気にしないでください」

「でも……」

クリスティーナ様が話を止めないのであれば、ミキちゃんが話しやすいようにしてあげた方がいいだろう。
それに、あんなに惚気話をしていて今更だと思う。

「今日聞いたことは全て私の胸に留めておきます。それに、悩みは吐き出した方がすっきりしますよ」

そう言うと、瞳を揺らしたミキちゃんが意を決したように顔を上げた。
ただ、心なしか顔が赤いように見えるのはどうしてだろうか。

「あの! イメージなんですけど、王族の方の結婚には、その……しょ、初夜ってありますよね?」

(ん?)

「婚約することには何の文句もないんですけど、結婚したら、その、初夜が待っているかと思うと私、怖くて……!」

(うん?)

「エドワード様のことは好きなんですけど、まだそういうことをする覚悟ができないんですっ!」

「……」
「……」

あけすけな言葉に、さすがのクリスティーナ様も固まる。
ミキちゃんの話を聞いて、一瞬、修学旅行の宿で繰り広げられるガールズトークを思い浮かべてしまった。

(……そういえば、マンガ『救国の聖女』は全年齢向けだったっけ……)

確かに元婚約者に聞かせる話ではないと思いつつ、聞き出してしまった手前何も言えず、私は無理矢理微笑んだ。





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