転生令嬢は婚約者を聖女に奪われた結果、ヤンデレに捕まりました

高瀬ゆみ

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番外編

転生令嬢、元婚約者と聖女の処置を見届ける 2

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「すべきこと、ですか? それは一体なんです?」

エドワード様が不思議そうに首を傾げる。
ミキちゃんの処置に憤っていたエドワード様は、自分にもやるべきことがあるなんて、夢にも思っていないようだった。

「……もともと、お前とフィーネ嬢が婚約したのは、ブルックベルク侯爵家の貢献に報いるためだ」

「貢献?」

発言の許可を得た父が、静かな声でエドワード様に尋ねた。

「エドワード殿下は、我が領についてどれくらいご存知でしょうか」

「……どういうことです?」

訝しむエドワード様に構わず、父は話を続ける。

「我がブルックベルク侯爵領では、農業が盛んで多くの作物を出荷しています。特に、穀物においてはこの国一番の生産量を誇ります」

「そう。食料の安定供給という点で、ブルックベルク侯爵家はなくてはならない存在だ。侯爵の人柄ゆえ、貴族の中でも目立つことはないが、長年に渡ってこの国を支えてくれた。だからエドワード、お前の婚約相手を決めるにあたって私がフィーネ嬢を推したのだ」

「……我が家には子供がフィーネしかおりませんでしたから、王家の婚約には元々関与しないつもりでした。ですが、王家から打診があり、求めに応じる形でフィーネをエドワード殿下の婚約者にしたのです」

「ああ、そうだったな……。だが、お前は聖女殿と出会い、フィーネ嬢との婚約を解消した。本来であればどんな賠償を求められてもおかしくない状況だったが、ブルックベルク侯爵はそれを辞退した。――だが……」

国王陛下は一度大きく息をはくと、目を吊り上げてエドワード様を睨み付けた。

「自分勝手な理由で傷付けたフィーネ嬢に、お前は自分たちの婚約を認めてほしいと頼んだそうだな。そればかりか、フィーネ嬢に別の男を紹介しようとするなんて! それを聞いた時、私がどう思ったか分かるか!? お前には失望した!」

「で、ですが! 俺は、愛するミキのために……」

「まだそんなことを言うのか!? 恥を知れ! ――お前がそんなせいで……こんな……」

エドワード様に怒鳴り付けた国王陛下は、これからのことを想像したのか椅子の肘置きに腕を乗せ、額に手を当ててぐったりと頭を下げた。
エドワード様とミキちゃんは、急に勢いを失くした国王陛下を見て不安そうな顔をしている。

「国王陛下は心痛してらっしゃるようですから、私からエドワード殿下にお伝えいたします」

そう言って、ルシフェル様が前に出た。
白金の髪がさらりと揺れる。
感情が読めないその整った顔を見ていると、この後の展開を知っている私でも言い様のない恐怖を覚える。

「我が家に対する侮辱とも取れるエドワード殿下の言動に、私共も何らかの対応をしなければならないと考えました。貴族は体面を重んじます。それは殿下もご存知のはずです。この件を放っておくことは我が家の名誉を傷付けることだと判断したのです」

「そ、そんなつもりはなかったんだ!」

「――ですが、我々は王家に忠誠を誓った身。一方的に要求するのではなく、賠償にあたって様々な案を提示させていただきました。例えば、エドワード殿下を廃嫡させ平民に落とすことや、我が領の独立を認めること、食料の供給をストップすること……」

ルシフェル様が案を挙げるにつれ、エドワード様の顔色がどんどん悪くなっていく。
恐らく賠償なんて考えもしなかったエドワード様にとって、予想だにしない事ばかりだろう。

「ただ、どの案にも王家は難色を示されましてね。やむを得ず、エドワード殿下の労働で報いていただくことになったのです」

「労働? どういうことだ?」

「言葉通りの意味ですよ。この国の食糧庫であるブルックベルク侯爵家を侮辱したエドワード殿下には、畑仕事をして償っていただくこととなりました」

にこやかに告げたルシフェル様を呆然と見ていたエドワード様は、口をあんぐりと開けた。

「は、畑仕事、だと!?」

「ええ。聖女様が妃教育に取り組む三年の間、エドワード殿下にはこの国をまわって農業に携わっていただきます。名目上はこの国の産業を学ぶため……となるのでしょうが、実際には土で御手を汚し、剣で鍛えた御体を酷使して農民たちと共に農作業をしていただくことになります。騎士団から何人か見張り兼護衛としてつけてくださるそうですから、どうぞご安心ください」

「何を、馬鹿なことを……! そんな償いの仕方、聞いたことがない!」

「ご存知かどうか知りませんが、国民は少しずつ聖女様に疑問を抱き始めたようですよ。いたところで少しも生活は良くなっていないのに、何が聖女だろうと。聖女様に代わってエドワード殿下が国民に寄り添う行動を取ることで、お二人の結婚が認められるようになるのではないですか」

「だ、だが……この国の王子にそんなことをさせるなんて……」

「それくらいのことを貴方はフィーネにしたんですよ」

にこやかな表情から一変、ルシフェル様は冷めた眼差しでエドワード様を見た。

私は必死で抗議するエドワード様を視界に入れながら、父とルシフェル様から聞いた話を思い出していた。
今回の件については、ルシフェル様と王太子殿下が内々で取り纏め、そして最終的に父と国王陛下もその案に同意した。

ただ、この案を採用するにあたって一つ条件があった。

もし、エドワード様とミキちゃんが、自分たちの婚約によって生じる責任や周囲に与える影響について考えて行動し始めたら、賠償内容を見直すということ。
国王陛下が二人に結婚の意志を尋ねた時、一度踏み止まって考え直してくれることを期待したのかもしれない。
でも、結果的にはエドワード様もミキちゃんも、自分たちのことしか考えていなかった。

「だからといって国をまわって畑仕事をしろ、なんておかしいだろう!」

「……え……じゃ、じゃあ、私、三年間勉強漬けになるだけじゃなくて、エドワード様にも会えなくなっちゃうんですか?」

ミキちゃんが眉尻を下げて心細そうな声で呟く。
その呟きを聞いて、ルシフェル様は同調するように頷いた。

「そうなりますね。ああ、聖女様はきっと心配でしょう。王都を離れている間に、もしエドワード殿下が他の女性と懇意になってしまったら、と」

「! そ、そんな!」

「愛するミキがいるのに、そんなことするわけがない!」

「でも……」

瞳を揺らすミキちゃんに、ルシフェル様はにこりと笑いかけた。

「ご安心ください。私の魔法で、エドワード様が浮気出来ないようにして差し上げます」

「……ちょっと待って。どういうこと?」

ルシフェル様の言葉を聞いて、私の頭の中に疑問符が浮かぶ。

おかしい。私が聞いていた話と違う。
ルシフェル様が魔法を使うなんて、そんなこと聞いてない。

振り向いたルシフェル様は、氷のように涼しげな顔に美しい笑みを浮かべて言った。

「大丈夫ですよ。これは、国王陛下も王太子殿下も、そして義父も容認したことですから」

「そ、それって……!」

――つまり、私には意図的に知らせてなかったってこと!?

どういうことかと問い質そうとした私の言葉は、ルシフェル様の右手から放たれる黒い光によって遮られた。
この黒い魔力には見覚えがある。
確かルシフェル様は、私とエドワード様の婚約破棄が決まるまでの間に魔力を溜めていたと言っていた。

「まさか……」

私が気付くのと同時に、小さな竜巻のように渦を描くその黒い魔力は、ルシフェル様の手から放出されてエドワード様の胸を貫いた。

「ウッ!」

「きゃああああ!!」

その光景を見たミキちゃんが悲鳴を上げる。
エドワード様に駆け寄り体に抱き付くと、ルシフェル様に向かって声を張り上げた。

「なっ、何をするんですか!!」

「ご安心ください。殿下の体に魔法をかけただけで、傷を負わせる意図はございません」

その言葉通り、体を貫かれたエドワード様はふらりとよろめいただけで外傷はないようだった。
エドワード様は自分の胸に触れて無事を確かめた後、ルシフェル様に向かって喚き立てた。

「俺に一体何をした!?」

「エドワード殿下が農業体験でこの国をまわられている間、不貞行為でもされたら大変ですからね」

「俺はそんなことしない!」

「そうでしょうか。少なくとも国王陛下と王太子殿下は心配に思われたようですよ。万が一にもそのようなことが起きないように、エドワード様には呪い……ではなく魔法をかけさせていただきました」

「ど、どういうこと?」

ルシフェル様の物騒な発言に、私は思わず彼の腕を引く。
今、確かに呪いと言った。

「具体的には、エドワード殿下が他者との触れ合いで性的興奮を覚えた時に、強烈な痛みを感じるようにしたのです」

「え?」

「何!?」

「これからエドワード殿下は、聖女様と離れて暮らすことになります。……以前、殿下はおっしゃっていましたね。聖女様は特別な存在で、自分たちが結ばれるのは運命なのだと。特別で運命なら、他の女性に性的興奮を覚えるはずがないでしょう? 殿下はただ、聖女様以外の女性に反応しなければいいだけです」

言葉の意味を理解したエドワード様の顔は、見る見るうちに青白くなっていく。
どれほどの痛みを与えられるのか分からないけれど、そんなの恐怖でしかない。

「それは……で、でも……」

エドワード様は自分の下腹部を見つめて固まった。
ルシフェル様はこれ以上用はないとばかりに颯爽と王家に背を向けると、私を見つめて言った。

「話は以上ですね。では、帰りましょうか」

「え?」

「そうだな。我々は失礼させていただく」

父もルシフェル様に同意する。

「でも……いいのかしら」

というよりも、エドワード様は大丈夫だろうか。
私がそう言うと、ルシフェル様は微笑んだ。

「いいんですよ。私とフィーネに対して、自分たちは運命だとあれだけ熱弁していたのです。せいぜい運命とやらを貫いていただきましょう」

そう言う彼の目は一切笑っていない。

(よっぽど気に障ったのね……)

ルシフェル様の執念深さに、私は頬を引き攣らせる。
私が王家の面々を見回すと、ミセス・ヘイゼルがミキちゃんに話しかけるところだった。

「さ! 聖女様はこれから授業がございますよ! 今日から聖女様は王宮で生活し、授業に専念していただきます。お部屋にご案内いたしますね」

「えっ? い、今からですか!?」

「もちろんでございます。聖女様には時間がございませんので」

そう言われて、ミキちゃんも退出を促される。
そして、国王陛下と王太子殿下のやり取りが耳に届く。

「何て愚かな……」

「元はと言えば、エドワードに甘い父上が婚約破棄に同意するからこんなことになったのですよ。そのことを父上はきちんとご理解くださいね」

「……」

様々な声が背後から聞こえてくる中、私は父とルシフェル様に引きずられるがまま、その場を後にした――……




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