私は身を引きます。どうかお幸せに

後編

「……そうですか」

　なぜそんなことを言われなくてはならないのか。

　こちらが強要したわけでもない。お互いに納得して婚約したはずだった。けれども彼はそう思っていない様子。無理矢理婚約させられた、とでも言いたげ。

　ならば、こちらから告げてあげよう。

「分かりました。では婚約破棄としましょう」

　アレイナを心の底から愛しているのなら、その恋路を邪魔するつもりはない。
　私とはさっさと別れて、好きなようにすればいい。

「えっ……」
「アレイナさんと結ばれた方が幸せなのですよね？　私は身を引きます」
「え、いや、あの……」
「私はそれで構いませんので。では、そういうことで」
「あっ……あの、待って……！」

　去りゆく私を見て、フルベルンは慌てているようだった。

　けれども振り返りはしない。彼を真っ直ぐに見ることも、彼を愛しく思うことも、きっともうないだろう。私と彼の縁はここまでだったのだ、と、強く確信している。だから迷いはない。


　◆


　その後、手続きを着実に進めていって、私とフルベルンの婚約は破棄となった。

　私は婚約破棄の理由としてアレイナの件を出した。フルベルンがしてきたこと、彼が私を放置してアレイナの相手ばかりしていたということを、きっちりと説明した。

　その結果、慰謝料の支払いは無しとなった。

　また、私は、彼に慰謝料の支払いを求めることはしなかった。もはや少しも関わりたくなかったから。極力関わりない状態で別れたかった。そのためなら、良くても少量になるであろう慰謝料など、躊躇いなく受け取り放棄できた。

　数ヶ月後に聞いた話によると、フルベルンはあの後アレイナと婚約しようとしたらしい。

　けれども、婚約手続きを始めようというちょうどその頃に、アレイナの妊娠が判明。実はアレイナにはフルベルン以外にも親しくしている異性がいて、宿っているのはその男性との子である可能性が高いとの診断が出たらしい。

　そのことを知ったアレイナの父親は、怒り、その相手の男性に「責任を取れ！」と告げて。

　そうしてアレイナは、その男性と結婚することになってしまった。

　毎日世話をしていたアレイナに別の男がいた。しかも、子を宿すことになるような行為に至るほど親しい男。その事実を受け止められなかったフルベルンは発狂。その後彼が正気を取り戻すことはなかったそうだ。


◆終わり◆