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5話「正面からぶつかってゆくしかない」
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その日私は王城からの遣いであるという男性と少々話をすることとなった。
こんな経験は初めて。
ゆえに緊張した。
けれど飾らない姿で対応すればいいと一度心を決めると強張りは若干緩和されたのだった。
そして私は後日王子ラムティクと対面することとなる。
言われた時は「嘘でしょ……」という感じだった。けれども私は腹をくくって流れに従うことにした。やって来た流れに敢えて逆らう理由もないからである。
高貴な人と親しくなりたい、なんて野望はないけれど。それが運命であり自然な流れであるなら、きっとどのみち避けることはできないことだ。ならば逃げることなく正面からぶつかってゆくべきだろう。
――そして約束の日が訪れる。
「はじめまして」
王子ラムティクは近くで見ると大変爽やかな青年であった。
「ラムティク・オム・ディーヴォンと申します」
小さな仕草や表情からでさえ高貴さが感じられる。
しかしそれはわざとらしいものではない。
きっと生まれ持ったものなのだろう。
それゆえ嫌みのない高貴さであった。
「マリエ・フローレニシアと申します、よろしくお願いいたします」
ただ子どもたちと遊んでいただけなのにこんなことになるなんて、驚き以外の何物でもない。
「マリエさん、貴女はお子さんと遊んでいるそうですね」
「はい」
「自身のお子さんではなく近所のお子さんのことであっても気にかけていらっしゃるとは、偉大なお方ですね」
「いえ……そんな、褒めていただけるようなことはしていません」
実際そうなのだ。私はただ子どもたちと遊んで時間を潰していただけ。それ以上でもそれ以下でもない。貴い人に褒めてもらえるようなことは何もしていない。
「素晴らしいことと思いますよ」
「……光栄です」
「我が国の未来を作る子どもたちに無償で楽しい時間を与えているのですから。それは本当に素晴らしい行いです。子ども時代の楽しかったことというのは一生記憶に残るものですからね」
い、胃が痛い……。
だがこの程度で折れているわけにはいかない。逃げはしないと決めたのだから。ここは真っ直ぐ対峙するしかない。
「今日はマリエさんのお顔を拝見できて良かったです」
「勿体ないお言葉です」
「いえいえ。本当に貴女は素晴らしい、そう思います。そのような方がいらっしゃると聞いた時には感動しました、なので、そのことをお伝えできて嬉しいです。お時間ありがとうございました」
無邪気さの残る笑みを浮かべるラムティクはどことなく可愛らしい。
「……いえ、お礼を言うべきなのはこちらです。本日は殿下の貴重なお時間を私などのためにありがとうございました」
こうして緊張の時間はあっという間に過ぎていったのだった。
ラムティクから贈り物があった。
急に会ってもらえて嬉しかったからとのことで果物盛り合わせが与えられたのである。
王子殿下から直筆メッセージ付き贈り物であったということもあり、私がそれを貰った話は一気に有名な話となった。
そしてややこしい人が現れる。
「久しぶりだな、マリエ」
「ダット……」
「君が王子殿下と会ったという話は聞いた」
「そう」
「アレンティーナを虐めていた悪女の分際でよくも王子殿下と関わるなんてことができたな」
二度と見たくない顔が目の前にある、こんなに不愉快なことはない。
「ですから私は誰も虐めてなどいません」
「まだ嘘をつくか」
「嘘ではありません」
するとダットは「相変わらず心の汚い女だな」と吐き捨てた。
一体何をしに来たの? 意味が分からない。切り捨てておいて、婚約破棄しておいて、今さら私の前に現れるなんて。何を企んでいるの? 答えなんて知りたくないし、想像したくもないけれど。でも、もう、本当に……何?
「だが君に良い話を与えてやろう」
「正直、貴方とは話したくないわ」
「まぁ聞け」
「自己中心的過ぎるでしょ……」
彼は暫しの沈黙の後に「君とやり直してやってもいいかな、と、そう思っている」と口を動かした。
「……何を言っているの?」
「言葉の通りだよ」
「振り回すのはもうやめて」
「慰謝料請求を取り下げるんだ、マリエ」
ダットはどこまでも勝手だ。
「あの時言い過ぎたことは謝る。だから一旦慰謝料請求を取り下げてくれ。僕に対してのものも、アレンティーナに対してのものも、どちらも」
「それは無理よ」
「できるだろ。マリエが取り下げると言いさえすれば。本人が請求しないと言えば取り下げできるはずだ」
私は首を横に振って「そのつもりはないわ」とだけ返す。
すると彼は焦ったような面持ちで「なっ……ふ、ふざけるな! なぜ従わない! 従えば君は僕とやり直せるんだ、それなのになぜ!」と言葉を放ってきた。
「私、貴方と生きる気はないの」
言いづらいことでもはっきり言わなくてはならない――時にはそういうこともある。
「は、はああ!?」
「もういいでしょう。離れることを選んだのはダットじゃない。もうすべて終わったのだから放っておいて」
「ふ、ふ、ふざけるなよ!? ……あっ、そ、そうか。負け惜しみ! 負け惜しみだな!? それは!」
ダットが慌てている様子を目にするのは少し楽しい。
振り回されてばかりというのは不愉快だ。たまにはこちらが振り回す時もないと。彼もたまには振り回されればいい。そうすれば少しはこちらの心情も分かることだろう。
……いや、まぁ、彼のことだからそれでも理解できないかもしれないけれど。
「負け惜しみを言うのはやめろ! 可愛くない!」
「そういう問題じゃないわ」
「は、はあ!? 生意気過ぎるだろ、それはさすがに! 僕に逆らうのか!? ふざけるな! それはふざけすぎだろう!」
こんな経験は初めて。
ゆえに緊張した。
けれど飾らない姿で対応すればいいと一度心を決めると強張りは若干緩和されたのだった。
そして私は後日王子ラムティクと対面することとなる。
言われた時は「嘘でしょ……」という感じだった。けれども私は腹をくくって流れに従うことにした。やって来た流れに敢えて逆らう理由もないからである。
高貴な人と親しくなりたい、なんて野望はないけれど。それが運命であり自然な流れであるなら、きっとどのみち避けることはできないことだ。ならば逃げることなく正面からぶつかってゆくべきだろう。
――そして約束の日が訪れる。
「はじめまして」
王子ラムティクは近くで見ると大変爽やかな青年であった。
「ラムティク・オム・ディーヴォンと申します」
小さな仕草や表情からでさえ高貴さが感じられる。
しかしそれはわざとらしいものではない。
きっと生まれ持ったものなのだろう。
それゆえ嫌みのない高貴さであった。
「マリエ・フローレニシアと申します、よろしくお願いいたします」
ただ子どもたちと遊んでいただけなのにこんなことになるなんて、驚き以外の何物でもない。
「マリエさん、貴女はお子さんと遊んでいるそうですね」
「はい」
「自身のお子さんではなく近所のお子さんのことであっても気にかけていらっしゃるとは、偉大なお方ですね」
「いえ……そんな、褒めていただけるようなことはしていません」
実際そうなのだ。私はただ子どもたちと遊んで時間を潰していただけ。それ以上でもそれ以下でもない。貴い人に褒めてもらえるようなことは何もしていない。
「素晴らしいことと思いますよ」
「……光栄です」
「我が国の未来を作る子どもたちに無償で楽しい時間を与えているのですから。それは本当に素晴らしい行いです。子ども時代の楽しかったことというのは一生記憶に残るものですからね」
い、胃が痛い……。
だがこの程度で折れているわけにはいかない。逃げはしないと決めたのだから。ここは真っ直ぐ対峙するしかない。
「今日はマリエさんのお顔を拝見できて良かったです」
「勿体ないお言葉です」
「いえいえ。本当に貴女は素晴らしい、そう思います。そのような方がいらっしゃると聞いた時には感動しました、なので、そのことをお伝えできて嬉しいです。お時間ありがとうございました」
無邪気さの残る笑みを浮かべるラムティクはどことなく可愛らしい。
「……いえ、お礼を言うべきなのはこちらです。本日は殿下の貴重なお時間を私などのためにありがとうございました」
こうして緊張の時間はあっという間に過ぎていったのだった。
ラムティクから贈り物があった。
急に会ってもらえて嬉しかったからとのことで果物盛り合わせが与えられたのである。
王子殿下から直筆メッセージ付き贈り物であったということもあり、私がそれを貰った話は一気に有名な話となった。
そしてややこしい人が現れる。
「久しぶりだな、マリエ」
「ダット……」
「君が王子殿下と会ったという話は聞いた」
「そう」
「アレンティーナを虐めていた悪女の分際でよくも王子殿下と関わるなんてことができたな」
二度と見たくない顔が目の前にある、こんなに不愉快なことはない。
「ですから私は誰も虐めてなどいません」
「まだ嘘をつくか」
「嘘ではありません」
するとダットは「相変わらず心の汚い女だな」と吐き捨てた。
一体何をしに来たの? 意味が分からない。切り捨てておいて、婚約破棄しておいて、今さら私の前に現れるなんて。何を企んでいるの? 答えなんて知りたくないし、想像したくもないけれど。でも、もう、本当に……何?
「だが君に良い話を与えてやろう」
「正直、貴方とは話したくないわ」
「まぁ聞け」
「自己中心的過ぎるでしょ……」
彼は暫しの沈黙の後に「君とやり直してやってもいいかな、と、そう思っている」と口を動かした。
「……何を言っているの?」
「言葉の通りだよ」
「振り回すのはもうやめて」
「慰謝料請求を取り下げるんだ、マリエ」
ダットはどこまでも勝手だ。
「あの時言い過ぎたことは謝る。だから一旦慰謝料請求を取り下げてくれ。僕に対してのものも、アレンティーナに対してのものも、どちらも」
「それは無理よ」
「できるだろ。マリエが取り下げると言いさえすれば。本人が請求しないと言えば取り下げできるはずだ」
私は首を横に振って「そのつもりはないわ」とだけ返す。
すると彼は焦ったような面持ちで「なっ……ふ、ふざけるな! なぜ従わない! 従えば君は僕とやり直せるんだ、それなのになぜ!」と言葉を放ってきた。
「私、貴方と生きる気はないの」
言いづらいことでもはっきり言わなくてはならない――時にはそういうこともある。
「は、はああ!?」
「もういいでしょう。離れることを選んだのはダットじゃない。もうすべて終わったのだから放っておいて」
「ふ、ふ、ふざけるなよ!? ……あっ、そ、そうか。負け惜しみ! 負け惜しみだな!? それは!」
ダットが慌てている様子を目にするのは少し楽しい。
振り回されてばかりというのは不愉快だ。たまにはこちらが振り回す時もないと。彼もたまには振り回されればいい。そうすれば少しはこちらの心情も分かることだろう。
……いや、まぁ、彼のことだからそれでも理解できないかもしれないけれど。
「負け惜しみを言うのはやめろ! 可愛くない!」
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