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6話「すべてが間違っている」
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「殿下と知り合いになったのだろう。僕の夢を叶えるための協力を殿下におねがいしてくれないか?」
ダットはさらにそんなことまで言い出した。
「僕には夢があるんだ。それは大金持ちになること。どういう事業を始めるかはもう決めている、というより、ずっと前から考えていたし決めていた。ただ、お金だけが足りないんだ。だからマリエ、殿下に僕に出資するよう頼んでほしい。必ず成功させるから」
はあ? という感じだ。
理不尽に婚約破棄しておいて。
一方的に切り捨てておいて。
何を今さらそんな都合のいいことを言っているのか。
「まずは慰謝料請求を取り下げてほしい。それから殿下に僕に出資するようお願いしてほしい。それだけでいい、それだけの条件で僕は君と結婚する」
「お断りします」
「君だってずっと独りで生きていくのは嫌だろう。行き遅れの価値なし女とレッテルを貼られて生きるのは嫌だろう。悪い条件ではないはずだ」
「私はもう貴方と関わる気はないわ」
するとダットは急に目じりをつり上げて「なぜ!!」と叫んだ。
「これは価値なし女になった君の最後のチャンスなんだ! 君が真っ当に生きるための最後の! それを掴まないなんてことはあり得ない! そんな選択はおかしい、間違っている!」
「大声で威圧しても無駄よ」
「そういう問題ではないのが分からないのか!? マリエ、君はそこまで馬鹿になってしまったのか!?」
ただただ呆れることしかできない。
「言いたいことがあるならせめて落ち着いて大声ではなく普通の声の大きさで言って」
「それだと馬鹿な君には聞こえないだろう! だから協力してやってるんだ! 馬鹿なうえ耳が遠い君にも言葉が届くようにと!」
はぁ、と溜め息をついて。
「あのね、ダット、どう考えてもそれは頼み事をする態度じゃないでしょう」
はっきりと言ってやる。
「他人に何かを頼むのならそれ相応の態度というものがあるはずでしょう」
「何だ急に」
「そうやって大声を出すのは頼み事をする時に相応しい態度ではないと思うわ」
「見下してるのか! 僕を!」
「そうじゃない。でもおかしいのよ、そういう態度で頼み事をすること自体が」
頼むならせめてもう少し謙虚に振る舞うべきではないのか。ただ今だけだとしても。頼む瞬間だけだとしても。それが本来あるべき姿だろう。それすらせず、高圧的に振る舞い、それで頼み事を聞いてもらおうだなんて、そんなのはさすがにあまりにも無茶過ぎる。
「マリエ、君は本当に性格が悪いな」
「そういう問題じゃないわ」
「アレンティーナならそんな物言いは絶対にしない」
「他の人と比べるのはどうかしら」
「君に比べれば彼女は素晴らしい女性だ!」
「なら彼女のところへ行って」
「いやそれとこれとは話が違う! 今は慰謝料請求取り下げと殿下への――」
「それとこれとは話が違う、そう言いたいのはこちらだわ」
なぜ今アレンティーナが出てくるのか。
その点だけ取り上げて考えたとしてもおかしい。
ダットはいろんな意味で意思疎通能力が低すぎる。
「もう帰って」
「は?」
「これ以上話しても無駄だわ」
「それは君が馬鹿だからだろう」
「何でもいいからもう帰ってちょうだい。これ以上話すことはない。そして今後二度と私の前に現れないで」
少々棘のある言い方をしたのは意図的にである。
こうすれば彼は怒るだろう。
そして怒った彼は出ていくだろう。
……そう考えていたのだけれど。
「そういうわけにはいかない!」
彼は出てはいかなかった。
「マリエ! 頼んだことだけはきちんとやってくれ!」
ダットは急に近づいてくる。そして真正面から両肩を掴んできた。男性なだけあってさすがにかなりの握力、肩が軋むような感覚がある。
「力づくで従わせるつもり?」
「僕が頼んでるんだ! 従え! 女なら男の頼みには全力で応じるべきだろう! それが女としてあるべき姿だろう!」
「女とか男とか大きなくくりで話さないで」
「そうやっていちいち話を逸らすなよ!」
「そういう問題じゃないでしょう」
「僕が言いたいセリフだ! それは! 君にそれを言う権利はない!」
この程度の圧力に屈する気はない。
「従え、マリエ!」
「腕力を利用することや大声を出すことでしか従わせられないのはどうかと思うわよ」
「何回言わせれば気が済むんだ! 君が従えばいいだけだろう? それだけでこの問題はすべて解決するんだ!」
「私には私の意思があるわ」
「そういう話はしていない!」
「私だって一人の人間なの、奴隷じゃないのよ」
「そうかもしれないが今はそういう話じゃない! 従ってくれと言っているだけだ! 君が僕に従えばすべて解決する! ただそれだけのシンプルな話をしている!」
掴みかかられた状態のままではあるが「ダット、今すぐここから出ていって」と言ってみた。すると彼は一気に顔を赤くする。そして片手を持ち上げる。何をしようとしているかはすぐに分かった。そう、彼は私を叩こうとしているのだ。掲げたその手のひらで。
――刹那。
「そこまでだ」
扉が開いて。
「ダット・ティオドール、女性を殴ろうとするとはどういうことだ」
父が現れた。
「え……」
想定外の展開だったのか、一気に青ざめるダット。
「今何をしようとした」
「な、何も! していません! 僕はただ話し合いをしていただけです!」
「嘘をつくな」
「話し合いをしていただけです!」
「すべて見ていた」
「そ、それこそ嘘です! 貴方は室内にいなかったじゃないですか!」
「裏切り者の元婚約者と娘が二人きりになっているというのに放っておくわけがないだろう。父親としてそんなことは絶対にしない。見ていないふりをしながらであっても見ている」
ダットはさらにそんなことまで言い出した。
「僕には夢があるんだ。それは大金持ちになること。どういう事業を始めるかはもう決めている、というより、ずっと前から考えていたし決めていた。ただ、お金だけが足りないんだ。だからマリエ、殿下に僕に出資するよう頼んでほしい。必ず成功させるから」
はあ? という感じだ。
理不尽に婚約破棄しておいて。
一方的に切り捨てておいて。
何を今さらそんな都合のいいことを言っているのか。
「まずは慰謝料請求を取り下げてほしい。それから殿下に僕に出資するようお願いしてほしい。それだけでいい、それだけの条件で僕は君と結婚する」
「お断りします」
「君だってずっと独りで生きていくのは嫌だろう。行き遅れの価値なし女とレッテルを貼られて生きるのは嫌だろう。悪い条件ではないはずだ」
「私はもう貴方と関わる気はないわ」
するとダットは急に目じりをつり上げて「なぜ!!」と叫んだ。
「これは価値なし女になった君の最後のチャンスなんだ! 君が真っ当に生きるための最後の! それを掴まないなんてことはあり得ない! そんな選択はおかしい、間違っている!」
「大声で威圧しても無駄よ」
「そういう問題ではないのが分からないのか!? マリエ、君はそこまで馬鹿になってしまったのか!?」
ただただ呆れることしかできない。
「言いたいことがあるならせめて落ち着いて大声ではなく普通の声の大きさで言って」
「それだと馬鹿な君には聞こえないだろう! だから協力してやってるんだ! 馬鹿なうえ耳が遠い君にも言葉が届くようにと!」
はぁ、と溜め息をついて。
「あのね、ダット、どう考えてもそれは頼み事をする態度じゃないでしょう」
はっきりと言ってやる。
「他人に何かを頼むのならそれ相応の態度というものがあるはずでしょう」
「何だ急に」
「そうやって大声を出すのは頼み事をする時に相応しい態度ではないと思うわ」
「見下してるのか! 僕を!」
「そうじゃない。でもおかしいのよ、そういう態度で頼み事をすること自体が」
頼むならせめてもう少し謙虚に振る舞うべきではないのか。ただ今だけだとしても。頼む瞬間だけだとしても。それが本来あるべき姿だろう。それすらせず、高圧的に振る舞い、それで頼み事を聞いてもらおうだなんて、そんなのはさすがにあまりにも無茶過ぎる。
「マリエ、君は本当に性格が悪いな」
「そういう問題じゃないわ」
「アレンティーナならそんな物言いは絶対にしない」
「他の人と比べるのはどうかしら」
「君に比べれば彼女は素晴らしい女性だ!」
「なら彼女のところへ行って」
「いやそれとこれとは話が違う! 今は慰謝料請求取り下げと殿下への――」
「それとこれとは話が違う、そう言いたいのはこちらだわ」
なぜ今アレンティーナが出てくるのか。
その点だけ取り上げて考えたとしてもおかしい。
ダットはいろんな意味で意思疎通能力が低すぎる。
「もう帰って」
「は?」
「これ以上話しても無駄だわ」
「それは君が馬鹿だからだろう」
「何でもいいからもう帰ってちょうだい。これ以上話すことはない。そして今後二度と私の前に現れないで」
少々棘のある言い方をしたのは意図的にである。
こうすれば彼は怒るだろう。
そして怒った彼は出ていくだろう。
……そう考えていたのだけれど。
「そういうわけにはいかない!」
彼は出てはいかなかった。
「マリエ! 頼んだことだけはきちんとやってくれ!」
ダットは急に近づいてくる。そして真正面から両肩を掴んできた。男性なだけあってさすがにかなりの握力、肩が軋むような感覚がある。
「力づくで従わせるつもり?」
「僕が頼んでるんだ! 従え! 女なら男の頼みには全力で応じるべきだろう! それが女としてあるべき姿だろう!」
「女とか男とか大きなくくりで話さないで」
「そうやっていちいち話を逸らすなよ!」
「そういう問題じゃないでしょう」
「僕が言いたいセリフだ! それは! 君にそれを言う権利はない!」
この程度の圧力に屈する気はない。
「従え、マリエ!」
「腕力を利用することや大声を出すことでしか従わせられないのはどうかと思うわよ」
「何回言わせれば気が済むんだ! 君が従えばいいだけだろう? それだけでこの問題はすべて解決するんだ!」
「私には私の意思があるわ」
「そういう話はしていない!」
「私だって一人の人間なの、奴隷じゃないのよ」
「そうかもしれないが今はそういう話じゃない! 従ってくれと言っているだけだ! 君が僕に従えばすべて解決する! ただそれだけのシンプルな話をしている!」
掴みかかられた状態のままではあるが「ダット、今すぐここから出ていって」と言ってみた。すると彼は一気に顔を赤くする。そして片手を持ち上げる。何をしようとしているかはすぐに分かった。そう、彼は私を叩こうとしているのだ。掲げたその手のひらで。
――刹那。
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扉が開いて。
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父が現れた。
「え……」
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