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8話「楽しい時間」
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「――まさか、そのようなことがあったとは」
王子ラムティクと二人でお茶をすることとなり、彼が連れてきた従者に淹れてもらったお茶を飲みながら喋っていると、気づけば私はダットとのことについて明らかにしてしまっていた。
ラムティクはある種の人たらしである。
もちろん悪い意味ではない。
ただ彼には他者の心をそっと緩める才能があるのである。
なので、彼と喋っているとついあれこれ話してしまう。
「それは災難でしたね」
「はい……」
「マリエさんに非はないですよね、明らかに」
「そう思われますか?」
「思いますよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると勇気が湧きます、本当に……本当に、ありがとうございます」
ダットに心ない接し方をされたことが胸に突き刺さっていたからか、今はラムティクの優しさがどこまでもしみる。
傷口に薬を塗るかのよう。
優しさに覆われるような感覚がある。
この人とならずっと喋っていたいなぁ、なんて、ふと思ったりして。
……でも彼は遠い人。
偉大なる王子殿下と友人になんてなれるわけもない。分かってはいるのだ。けれどもこうして向かい合っていると勘違いしてしまいそうになる。まるでずっと昔から仲が良かったかのように感じられて。友として、自然と手を取り合って歩んでゆけるような、そんな気分になってしまう。
……そんな夢、みるだけ無駄なのに。
「そういえば、本日のお茶はいかがでしたか?」
「美味しいです」
だが今こうして向かい合えていることは事実だ。
それだけは偽りじゃない。
それだけは無駄な夢じゃない。
だから今はただこの時を楽しもうと思う。
「あはは、遠慮しないで。本音を言ってくださいね」
「本音です、とても美味しいです」
「お好みに合いました?」
「はい」
「なら良かった。安心しました。マリエさんのお茶のお好みはあまり分からなかったものですから取り敢えず無難なところを選んでみたのですが、それでも、やはり不安は拭いきれずで」
そう言って彼は控えめな笑みをこぼす。
「凄く美味しいです、それに香りも良いですし」
「果物系の香りです」
「ふわっと心に煌めきが広がる感じが魅力的です」
ダットとのことは残念だった。けれど今はこうして幸せな時を過ごせているのだから、人生悪いことばかりではない、とは思える。彼と過ごす時間は、この程度で絶望に堕ちきることはない、と教えてくれているかのようだ。失ったものに縛られるより、失っていないものや手に入れたものに目を向けて歩みたい。そうすれば人生はきっともっと素敵な人生になると思うから。
「本日もありがとうございました。マリエさんとお話できて幸せでした」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。
「そんな、もったいないお言葉です」
「謙遜し過ぎですよ」
「それは……しますよ。殿下にそのようなことを言っていただいたのですから。私はただの女ですから」
でも、すぐに過ぎ去るものだからこそ大切なものと感じる、という部分もあるのかもしれない。
「ただの女、なんて、そのようなことを言うべきではありません」
「……す、すみません」
「責めるつもりはないんです。けれどマリエさんは偉大な方です。良い行いをたくさんなさっているわけですからね、何なら贅沢するだけのくだらない王族よりずっと偉大です」
贅沢するだけのくだらない王族、て……。
それはさすがに反応しづらい。
「よければまたお茶させてください」
「えっ」
「もちろん、嫌でしたら断っていただいて問題ありません」
「い、いえ! 嫌ではありません! ただ……私のようなただの人間が、殿下のお時間を潰すようなことをしてしまって良いものかと」
ラムティクは「ほらまたそうやって自分を下げて」と言い放つ。言われて気づいた私は慌てて「すみません!」と謝罪した。するとラムティクは少しばかり頬を緩め「怒っていません。けど、気づいていただきたいのです」と滑らかな調子で返してくる。暫し沈黙があり。彼は沈黙を埋めるように「責めたり、怒ったり、そういう気はありませんから。そこのところは気になさらないでくださいね」と配慮の言葉を付け加えてくれた。
「またお会いしましょう!」
別れしな、彼は明るくそう言った。
王子ラムティクと二人でお茶をすることとなり、彼が連れてきた従者に淹れてもらったお茶を飲みながら喋っていると、気づけば私はダットとのことについて明らかにしてしまっていた。
ラムティクはある種の人たらしである。
もちろん悪い意味ではない。
ただ彼には他者の心をそっと緩める才能があるのである。
なので、彼と喋っているとついあれこれ話してしまう。
「それは災難でしたね」
「はい……」
「マリエさんに非はないですよね、明らかに」
「そう思われますか?」
「思いますよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると勇気が湧きます、本当に……本当に、ありがとうございます」
ダットに心ない接し方をされたことが胸に突き刺さっていたからか、今はラムティクの優しさがどこまでもしみる。
傷口に薬を塗るかのよう。
優しさに覆われるような感覚がある。
この人とならずっと喋っていたいなぁ、なんて、ふと思ったりして。
……でも彼は遠い人。
偉大なる王子殿下と友人になんてなれるわけもない。分かってはいるのだ。けれどもこうして向かい合っていると勘違いしてしまいそうになる。まるでずっと昔から仲が良かったかのように感じられて。友として、自然と手を取り合って歩んでゆけるような、そんな気分になってしまう。
……そんな夢、みるだけ無駄なのに。
「そういえば、本日のお茶はいかがでしたか?」
「美味しいです」
だが今こうして向かい合えていることは事実だ。
それだけは偽りじゃない。
それだけは無駄な夢じゃない。
だから今はただこの時を楽しもうと思う。
「あはは、遠慮しないで。本音を言ってくださいね」
「本音です、とても美味しいです」
「お好みに合いました?」
「はい」
「なら良かった。安心しました。マリエさんのお茶のお好みはあまり分からなかったものですから取り敢えず無難なところを選んでみたのですが、それでも、やはり不安は拭いきれずで」
そう言って彼は控えめな笑みをこぼす。
「凄く美味しいです、それに香りも良いですし」
「果物系の香りです」
「ふわっと心に煌めきが広がる感じが魅力的です」
ダットとのことは残念だった。けれど今はこうして幸せな時を過ごせているのだから、人生悪いことばかりではない、とは思える。彼と過ごす時間は、この程度で絶望に堕ちきることはない、と教えてくれているかのようだ。失ったものに縛られるより、失っていないものや手に入れたものに目を向けて歩みたい。そうすれば人生はきっともっと素敵な人生になると思うから。
「本日もありがとうございました。マリエさんとお話できて幸せでした」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。
「そんな、もったいないお言葉です」
「謙遜し過ぎですよ」
「それは……しますよ。殿下にそのようなことを言っていただいたのですから。私はただの女ですから」
でも、すぐに過ぎ去るものだからこそ大切なものと感じる、という部分もあるのかもしれない。
「ただの女、なんて、そのようなことを言うべきではありません」
「……す、すみません」
「責めるつもりはないんです。けれどマリエさんは偉大な方です。良い行いをたくさんなさっているわけですからね、何なら贅沢するだけのくだらない王族よりずっと偉大です」
贅沢するだけのくだらない王族、て……。
それはさすがに反応しづらい。
「よければまたお茶させてください」
「えっ」
「もちろん、嫌でしたら断っていただいて問題ありません」
「い、いえ! 嫌ではありません! ただ……私のようなただの人間が、殿下のお時間を潰すようなことをしてしまって良いものかと」
ラムティクは「ほらまたそうやって自分を下げて」と言い放つ。言われて気づいた私は慌てて「すみません!」と謝罪した。するとラムティクは少しばかり頬を緩め「怒っていません。けど、気づいていただきたいのです」と滑らかな調子で返してくる。暫し沈黙があり。彼は沈黙を埋めるように「責めたり、怒ったり、そういう気はありませんから。そこのところは気になさらないでくださいね」と配慮の言葉を付け加えてくれた。
「またお会いしましょう!」
別れしな、彼は明るくそう言った。
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