悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第一部

番外編 オルタンシア・マルスの考察 前

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 私は怒っていた。

 今朝、機嫌良く朝の紅茶を飲みながら日課である数字パズルを解いていたら、レイナルドから突然明日の午後に打ち合わせを入れたいという内容の手紙蝶が送りつけられて来たのだ。
 確かに次にボードレール商会で販売を予定している簡易魔法陣について、意見を聞きたいと言ったのは私だ。でもよりよって、お姉さまとお出かけの用事を入れている明日にその打ち合わせをしようだなんて、絶対に許せない。少し前に明日は予定があると匂わせておいたのに、空気を読まない男は大嫌いだ。
 昨日お気に入りのショコラティエのお店で買ったチョコレートが事務所にある。今日のおやつに食べようと昨日の夜まで楽しみにしていたのに、そんな気分も台無しになった。絶対にチョコレートの空き箱をレイナルドの呑気な顔にお見舞いしてやる。

 私はエリス公爵領にあるボードレール商会の事務所が入った建物の階段を、荒々しく上った。この建物には商会の本部として様々な部署の事務所が入っているが、私がお姉さまとルウェイン様と運営しているのは、企画部という新商品の開発などを手がける部署だ。商会自体は、まだお姉さまのお父様が切り盛りしていて、私たちは商品の企画や魔導機関車の商業化と運営について主に携わっている。
 レイナルドは正式な社員ではないものの、魔法陣や魔法の理論に詳しいから相談役みたいな位置づけで、叡智の塔を卒業してからはお姉さまとルウェイン様の事業にたびたび顔を出して参画してきた。
 私は知り合った当初、レイナルドを様付けで呼んだりもしていたが、すぐに馬鹿らしくなってやめた。私の方が歳下だが構わない。彼はいつも何かを始めては脱線してルウェイン様に怒られているし、根無草みたいにいつでもふらふらしている。でもお姉さまにもルウェイン様にも、実際のところは信頼されているのが私は気に入らない。私にはどうやったってできないようなことを、レイナルドがいとも簡単にやってのけてしまうところも。彼と話していると、偶に自分が取るに足らない小さな人間だと感じさせられるのが、私にはどうしても耐えがたく、気に食わない。
 そう感じるのは私だけではなくて、婚約者のユーリスもレイナルドにはいけすかない何かを感じているらしい。
 私は昔、ユーリスに恋心を抱いていたが、今となってはお姉さまと合法的に姉妹になるために付属してくる夫、くらいにしか思っていない。あんな病的なブラコンだったなんて、恋していた時は知らなかった。私の純情を返して欲しい。今では私はユーリスを都合の良い婚約者としか捉えていないが、多分あっちも同じようなことを考えているだろうから、良心は痛まない。

 今朝来た手紙蝶によると、レイナルドは今後のスケジュールの確認と私が個人的に作成を依頼した魔道具の材料を受け取りに、今日も商会の企画部に顔を出しているらしい。お姉さまとルウェイン様はご用事で来ない予定だ。お姉さま達には、レイナルドが来る時は奴をなるべく待たせるな、と言われているから私は腹が煮えくり返りそうな気持ちを抱いたまま、階段を上る。確かにあの男を一人にしておくとまた何か厄介な事をしでかすだろうから、急いで行くに越したことはないのだけれど、何故私があの男のお守りを? 怨嗟の声を上げてレイナルドの爪先をヒールで思い切り踏んづけてやりたい。

 多分、レイナルドは昔、私とお姉さまを引き合わせてくれた恩人と言える人間なのかもしれない。
 だけど私は残念ながら、何年も昔の出来事をいつまでも恩義に感じるほど出来た人間でも、可愛げのある女でもない。

 廊下を抜け、私は企画部の部屋の扉を乱暴に開けた。

「ちょっとレイナルド、明日は私、お姉さまと王都に新しく出来たお店にクロスボウを見に行く約束があったんだけど、なんで急に会議なんて入れたのよ」

 文句を言いながら事務所の扉を開けて部屋に入った私は、部屋の中で一人、どこか上の空で窓の外を見ていたレイナルドを見て足を止めた。
 机にもたれかかり、ぼんやりした目で出窓の外を眺める立ち姿。無駄に顔がいいから妙に絵になる。
 そう考えてしまった自分を呪い殺したくなって小さく舌打ちした。こんなの、窓から差し込む光の角度が良いだけで、もしお姉さまが同じポーズをとったならレイナルドなんかより百万倍かっこいい。そんなお姉さまの姿を見られようものなら、私はその光景をこの目に焼き付けて家の工房で寸分違わぬ彫像を作り、毎晩この腕に抱きしめて一緒に眠るだろう。それを見た侍女の青ざめた顔まで頭に浮かぶ。放っておいて。私はこれが幸せなの。

 レイナルドが時間差で私に気付き、言われた言葉を理解したらしく、こちらを見た。

「え? あ、そうだったの? ごめん。ソフィアちゃんに確認したらちょうどオルタンシアに会う予定があるからその前にみんなで集まればいいんじゃないかって言われて」

 申し訳なさそうにこっちを見たレイナルドを、私はもう一度よく観察する。

 何かおかしい。
 レイナルドの顔をじっと見つめる。

 いつもより少し赤い目、掠れた声、下がり気味の眉。
 そう言われれば、最近のレイナルドはどこかおかしかった。座って仕事をしていても急に真っ赤になって頭を振ったり、腰をさすっていたり、廊下で一人で悶絶していたり。レイナルドの心象風景など毛程も興味はなかったから放っておいたが、これはまさか。

「じゃあ日程ずらす? そんなに急ぎの案件じゃないから別に」
「レイナルド、貴方どこの馬の骨に掘られたの」
「ごふっ、え?」

 盛大に咽せたレイナルドが愕然とした顔をして私を見た。

 この驚きよう。
 まさかとは思ったが相手は本当に男だった。

「え? なんで男って」
「あなた、女の子相手だったらそんなに取り乱さないでしょ」
「いや……その言い方だとなんか俺が男好きみたいに聞こえるから語弊が……」
「じゃあ女の子なの?」
「いやそれは……」

 口ごもるレイナルド。
 やっぱり男だった。
 ここ最近のレイナルドがこれだけ動揺しているんだから、相手は男かもしれないと思ったらまさか本当にそうだったなんて。
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