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第二部
八話 不精な若者の登場 前
しおりを挟む結局、俺はその日グウェンドルフに会えなかった。
クレイドル王国で突如魔物が大量に出没し、急遽近衛騎士団に招集がかかったからだ。
グウェンはあの後すぐ騎士団を率いてクレイドル王国に出立した。今回は規模が大きいから三、四日は戻ってこないらしい。
俺は気持ちを落ち着けるために自宅で占い師のお婆さんのために手紙を村長に書いてから、グウェンの屋敷に戻った。そしたらマーサにグウェンが既にクレイドルに出立したと聞かされて、そしてものすごく後悔した。先に仲直りしておくべきだった。あんな顔をさせたままでグウェンを行かせてしまうなんて。
クレイドル王国には、魔物が出現するような魔界の穴も環境もない。それなのにどうして最近魔物が出現するようになったのかは分からないが、デルトフィアがクレイドルに近衛騎士団を派遣している理由については、どうやらラムル神聖帝国が関係しているらしい。この前父さんとグウェンが話しているのをたまたま聞いた。
ラムル神聖帝国という国は、クレイドル王国の更に西に位置する国で、砂と石礫に囲まれた小さな国だ。小さいながらに鉱石や宝石が多く産出し、工芸の歴史も古く大陸の中では財力がある国だと聞く。夏はそこまで暑くない帝国と違って、あそこはこの季節はかなり暑いらしい。
ラムルには、帝国にはない神聖力という魔力に近い力が存在する。知識としてしか知らないが、魔力と同じで人間の体内に宿るものらしい。でも力の質は精霊力に近く、どちらかというと自然界の力と癒しの力を基礎としている。と、そう叡智の塔で習った記憶がある。
王族が並はずれて強い神聖力を持つらしいが、あまり詳細な話は流れてこない。ラムル神聖帝国にも実はうちの帝国と同様に魔界への穴が砂漠に開いていて、その昔、うちの大聖女様が活躍したのと同時期くらいに強大な力を持つ皇帝が砂漠に空いた魔界の穴を塞いだと言われている。
正直自分のシナリオ回避を主軸にして生きていた俺は他国のことにそこまで関心がなかった。だからそのくらいしか俺はその国の情報を知らない。
近頃クレイドル王国には、ラムル神聖帝国が魔物退治の支援を惜しみなく与えているらしい。魔法を使える人がほとんどいないクレイドルでは、ラムルの魔法士団は、数は少ないがかなり活躍しているそうだ。だからデルトフィアからも、それに拮抗するようにクレイドルに支援を行っている。
クレイドル王国とデルトフィアは、リリアン王女とレオンハルト第三王子の婚約が失敗したから、そこまで強固な繋がりを持てていない。あまりラムルとクレイドルが親密になりすぎるとデルトフィアとしても困るらしい。なんだかきな臭い話だ。
そんな社会情勢のせいで俺はグウェンと仲直りをし損ね、憂鬱な気持ちで王宮の中を歩いていた。
別に用事なんてなかったが、あのままグウェンの屋敷の中にはいられなかった。
偶には宮廷魔法士の研究棟に顔を出して爺さん達の世間話にでも付き合おうかな。オルタンシアに作成を頼まれている魔道具も、爺さん達の意見を聞いたら良いアイディアが浮かぶかもしれないし、と思って王宮まで出てきたのだ。爺さん達の気の抜けた会話を聞いて、少しでも気晴らししたい。
せっかく今日は休みで、グウェンと一緒に街に出かけて楽しかったのに。
俺が変なところにこだわったから拗れてしまった。揚げ足を取ったことはわかっている。多分グウェンは言葉の選択を間違えただけだ。騎士団にいる時や事務的な会話は普通だけど、あいつは家庭環境のせいで普段の何気ない会話をするのは得意じゃない。偶にどうしてそうなった? ってことを言うし、まともな喧嘩なんか、多分誰ともしたことがないだろう。
それをわかっているのに、言葉尻を捉えてつい曲解するようなことを言った。
でも俺の気持ちは、そんなにグウェンには伝わってないんだろうか。あいつが自信を持てないのは俺のせいか? 確かに、口に出して好きだなんて恥ずかしくて普段はほとんど言えてないけど。
でも俺だって大好きじゃなければ男に抱かれる趣味なんてない。そこのところを察してほしいんだけど、グウェンもグウェンで俺のことを少し神聖化してる節がある。偶にキレる時もあるが、基本俺に優しいし、俺の言うことには無条件で従う。未だに彼が俺のどこを好きになったのかは謎だが、俺だって普通の人間だ。だから大事にしてもらって凄く嬉しいけど、グウェンの気分でもう少し雑に扱ってくれて構わないし、俺がグウェンを好きだから一緒にいるんだってことをわかってほしい。
それとも、グウェンにそれをわかってもらえないのはやっぱり俺の日頃の態度に問題があるんだろうか。
あいつは、言葉では俺を縛りつけようと画策するわりに、本当のところでは俺が無事で幸せに生きているなら、最悪俺のことを遠くから見ているだけでも良いとか思ってそうだ。俺はそれが悲しい。たとえ俺が平和に生きてても俺を欲しいと思ってほしいし、俺だってグウェンが隣にいないのは嫌だ。
もっと俺のことを信じてほしい。俺に好かれてる自信を持てよ。
そういう気持ちを伝えようと思うのに、さっきは感情の方が先走ってしまいついキレてしまった。
俺だって、喧嘩したくてキレた訳じゃない。ただ俺の気持ちを信じてもらえてないんじゃないかと思って悲しかっただけなんだ。
それでも、あんな不安そうな顔をさせたまま何日も会わないつもりなんてなかったのに。
そう憂鬱な気持ちで思いながら、俺は宮廷魔法士の研究棟にたどり着いた。
そういえば、不思議なことに俺はまだクビになっていない。
総帥が俺を引き入れたのは、てっきり封印結界の襲撃事件の真相を明らかにするための期間限定雇用だと思っていたのに、俺は未だに白いローブを着ている。夏になったから、着ていないことの方が多いし、現に今だって着ていないが、返せとは言われないんだよな。偶に総帥に言われてあれこれ雑用に駆り出される以外に、生活が変わっていない。爺さん達にはもっと研究業務に従事しろと文句を言われるが。
建物の前に立ってぼんやり空を見上げると、灰色の円柱形の建物になっている研究棟の上に、何か赤いものが横切ったのが見えた。
不審に思って建物の裏に回ってみる。空に赤っぽい色の大きな鳥が、研究棟の裏の植林に面したそこそこ大きな庭園の方に一直線に飛んでいくところだった。
確か、庭園の中には小さな湖があるんだったか。
それを思い出した俺は、気分転換に景色の良い庭園でも散策しようと木々の間に足を踏み出した。
少し薄暗い小さな林を抜けると、視界が開けて湖に出た。思ったよりも近くに湖があったのか。研究棟の裏から入ったことはなかったから知らなかった。湖の奥には手入れされた美しい庭があり、そしてその奥に後宮に続く門がある。宮廷魔法士の研究棟は、そう考えてみると王宮の中でも結構奥の方に位置していた。
さっき見た赤い鳥は、湖のほとりに立った人の肩に止まっていた。
その人の後ろ姿を目に留めて、俺は目を見開く。
長い銀色の髪。
それを見て王宮の封印結界を閉じた時のことを思い出した。
草を踏む足音が聞こえたのか、その人は俺の方を振り返った。何の変哲もない普通の白いシャツに仕立ての良さそうな濃い茶色のスラックスという王宮にいるにしてはラフな格好。
印象的な瑠璃色の瞳が真っ直ぐに俺を捉える。
「やぁ。レイナルド」
俺を見つけてもその人は驚かずに、まるでつい昨日も会ったかのようにさわやかに笑った。
肩に止まった鷹くらいの大きさのある美しい赤い鳥は、翼と尾羽に金色が混じって輝いていた。
赤と金色の鳥。
クーと鳴いて、その鳥は彼の頭に顔をすり寄せる。
「うん。わかったよ。俺に任せておいて」
彼は甘い声で鳥に囁き、その頭を愛しそうに撫でた。
「お前に助けてもらった恩は必ず返すから、もう少しだけ待ってろ」
そう言って鳥の額と自分の額を合わせ、優しい手つきでその羽を撫でると赤い鳥の首に口付けた。
その優美な鳥はまたクーと鳴いて、ふわりと彼の肩から飛び上がる。
そして殆ど羽ばたかずに風に乗ると、その煌びやかな赤と金の翼を翻し、寸暇も待たず空の向こうに消えていった。
不死鳥。
俺はその鳥の名前に気が付いて、愕然とした。
不死鳥は、近衛騎士団の紀章にもなっている、ルロイ公爵領の禁域の森に生息すると言われている幻の霊鳥だ。普通の人は不死鳥を目にすることなんか生きてて一度もないだろう。俺も今初めて見た。確かにこの世のものとは思えないほど美しい鳥だった。本当にデルトフィア帝国に生息していたのか。
しかし今重要なのは不死鳥の外見や生息の有無ではなく、その鳥の飼育がデルトフィア皇家の権利であり、不死鳥は皇族にしか懐かないということだ。
茫然として、目の前にある彼の整った顔立ちを眺めたまま立ちすくんだ。
「俺が誰なのか、わかったみたいだね?」
彼はにこりと微笑み、悪戯が見つかった子供のような目をした。
俺は目を見開いたまま湖のほとりに立つ銀色の髪の青年を見つめ、掠れた声を出した。
「オズワルド第二王子殿下……?」
そう言うと、彼はまた微笑んで目を細めた。
「ごきげんよう。レイナルド」
デルトフィア帝国には、三人の王子がいる。
第一王子で皇太子でもある、テオドール皇帝陛下とそっくりの顔をしたジークフリード王子。確か今の歳は二十七、八歳だったと思う。宮廷魔法士の任命式で俺は顔を見たことがある。
もう一人俺が会ったことがあるのはルシアの攻略対象者だったレオンハルト第三王子。
そして三人の王子の中で、俺が唯一顔を知らないのはオズワルド第二王子。皇太子殿下より二歳歳下の、貴族達の間では平凡で愚鈍だと評されている彼だけだ。
第二王子?
第二王子殿下だと?
あの謎の魔法使いが、オズワルド第二王子殿下?
俺は頭の中で久しぶりにネズミが高速で駆け回るのを感じた。
第二王子殿下って、ルシアの話によればゲームの隠しキャラじゃなかったか?
嫌な予感が鎌首をもたげる。
なんだかとても、嫌な予感がする。
今すぐ身を翻して立ち去りたいが、皇族を相手にそれは不敬だ。後退りたい気持ちを必死で宥めていると、オズワルド王子はしばらく俺を眺めてから、ぽんと手を打った。
「そうか、君を連れて行けばいいんだ。どうして思いつかなかったんだろう」
そして晴れやかな笑顔で笑い、俺を手招きした。
言ってることが不穏だし、めちゃくちゃ嫌な予感がしつつも、皇族に逆らうなんて出来ない。それに、彼には色々助けてもらっている過去もある。俺は警戒しながらゆっくり彼の側に歩み寄った。
俺が近くに来ると、オズワルド王子は笑顔のまま無造作に俺の手首を掴んでぐいっと引き寄せてきた。
「うわっ」
強い力で引っ張られて俺がたたらを踏むと、彼は俺を抱き止めながらその顔を近づけて来る。
「レイナルド、君には借りを返してもらう」
王子がそう囁いた瞬間、彼の足元に描かれていた魔法陣が光った。
「ちょっと!」
やられた、と思う。
またか。
またなのか。
どうして俺の周りの人間はいつもいつも人に強制転移を仕掛けてくるんだ。
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