悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

受賞御礼A面 レイナルドの楽しい監禁生活 前

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 泥のような眠りから覚めたら、もう昼過ぎだった。
 朝に一度グウェンの腕の中で起きた覚えがあるが、機嫌良くキスの雨を降らせてくる彼に「まだ寝ていていい」と言われて素直に二度寝してしまった。その時には何も着ていなかった気がするが、今はちゃんと寝衣を着ている。手首の枷もちゃんと外れていた。

 とにかく足の付け根が痛い。この感じだと、多分あちこち筋肉痛になっている。昨夜は久しぶりでお互い気持ちが盛り上がっていたからって、ヤリすぎだ。完全に。もう最後の方の記憶はないから、色々ヤバいことを言ったりやったりしていた気もするが、思い出したら叫びながらのたうち回ることになるだろうから、このまま忘れておきたい。
 横を向くと、隣にはグウェンじゃなくてベルが寝ていた。既にグウェンの屋敷に来ていたらしい。俺が寝ていたから一緒に昼寝することにしたのか、「……プスー」と寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。愛らしいにもほどがある天使の寝顔を見て、俺は身体の怠さを忘れてしばし癒された。
 周りを見回したが、グウェンは部屋にいない。先に起きたようだ。あれだけやりまくったのに普通に動けるなんて、騎士団長の体力オバケには恐れ入る。基礎体力は俺とは全然違うだろうが、それでもすごい。
 俺はベルの立髪を撫でながらゆっくり起き上がり、上半身を捻って身体の可動域を確かめた。服の内側の鬱血と噛み跡は大変なことになっていそうだが、とりあえず上半身は無事だ。
 問題は下半身で、足の付け根と腿の筋肉痛がえぐい。どうするんだこれは。歩けないんじゃないか?

 ベルとウィルが来ているのに気まず過ぎる、と思っていたら部屋の扉が開いてウィルが顔を覗かせた。

「あ、レイナルド様起きたんですね」
「ウィル。来てくれてたのに寝ててごめんな。昼飯もう食べた?」

 ベッドに座り込んだまま聞くと、ウィルは両手で持っていたお盆を少しだけ高く持ち上げて俺にティーセットを見せてきた。

「はい。僕とベルはもういただきました。レイナルド様も食欲はありますか? スコーン持ってきましたよ」

 ウィルの後からグウェンも部屋に入ってきた。その手にはスコーンやサンドイッチが乗ったトレーを持っている。彼の視線が俺の体調を確認するように身体の上から下まで素早く滑った。その後異変なしと判断したのかグウェンは持っていたトレーをソファの前のテーブルに置く。
 ベッドの上まで紅茶とスコーンのいい香りがして、その匂いを嗅いだ俺は口元を緩めた。

「うちから持ってきてくれたのか。ありがとうウィル」
「レイナルド様が好きなお茶やお菓子は一通り持ってきて厨房の棚に置かせてもらいました。今グウェンドルフ様にお屋敷の中を案内して説明していただいたので、明日はマーサさんと一緒にこちらでスコーンを焼いてみますね」

 優秀なウィルの素晴らしい気遣いに俺は感激した。グウェンの屋敷に来てまでそんなことしなくていいのに、うちの子は本当によくできた優しい子なのだ。気を遣わなくていいんだと言いたかったが、ウィルが紅茶を持って誇らしそうにしているから胸がほっこりして、今日はありがたく優しい気遣いに甘えてしまうことにした。
 テーブルにティーセットを置いたウィルは、俺とまだ寝ているベルを見ながらにっこり微笑んだ。

「ほかに何かほしいものがあれば持ってきますので、おっしゃってください。グウェンドルフ様のお屋敷に滞在している間も、レイナルド様にはできるだけ快適に過ごしていただけるように、頑張ります」
「ウィル……」

 聞きました? 泣かせるだろう。

 うちの子の優しさに俺は感涙して咽び泣きそうになったがぐっと耐え、ウィルに向かって両手を伸ばして広げた。
 瞬きしたウィルが少し照れた顔になりながら、嬉しそうに近寄ってきて俺に抱きついてくる。
 一昨日ラムルから帰ってきたときにはベルが甘えたモードだったから、ウィルは遠慮して俺の世話をやくのに徹してくれていた。でもウィルだってラムルでは本当に頑張ってくれたし、俺が死にかけて不安にさせてしまった分、ちゃんと甘やかして労ってあげたい。
 
「ウィル、ほんとにありがとな。俺のことは適当でいいからウィルもちゃんと身体を休めるんだよ」
「はい。ありがとうございます」

 力いっぱい抱きしめるとウィルはくすぐったそうに微笑んで、俺の背中に腕を回しながら頬を肩にぴったりくっつけてきた。

「でも僕は、レイナルド様が元気でいてくれるのが一番安心するんです」
「ウィルぅ……俺泣いちゃう」

 うちの長男はどこに出しても恥ずかしくないいい子なんだよ。どこにも出すつもりないけど。

 俺が本当に感涙を始める前に、ウィルの後ろからグウェンがすっと寄ってきた。

「ウィル、せっかく君が淹れた紅茶が冷める」
「あ、そうですね。レイナルド様、お腹空いてると思うので先に食べてください」

 ウィルが俺の身体を離すと、グウェンがごく自然な動作で俺を抱き上げた。腰が立たないことはちゃんと把握しているらしい。ウィルの前で昨夜の文句を言うのは憚られたので、俺は黙って彼に身体を預けた。
 ウィルと一緒に長椅子に座ってスコーンとサンドイッチを食べていたら、そのうち賑やかな雰囲気を察したのかベルが起きてきた。

ーーママ、起きたのー?

「ベル、こっちおいで。おやつあるよ」

 眠そうな声で俺を呼ぶ鳴き声に応えたら、ベルは寝台から下りて軽く身体を振ってからとことこ寄ってきた。サンドイッチと一緒に皿に盛られていたリンゴやブドウを差し出すと、俺とウィルの間に寝そべって嬉しそうに口を開ける。美味しそうに咀嚼しているベルの柔らかな立髪を撫でて俺も癒された。
 グウェンは向かいの長椅子に座って紅茶だけ飲んでいて、俺がウィルとベルに構ってほんわかしているのを黙って眺めながら何か考えるような顔をしていた。

「マーサさんのタルトも美味しいけど、やっぱりうちのスコーンとクロテッドクリームが至高だな」
「料理長の自慢の一品ですからね。僕もレシピを教えてもらうのに三年かかりました」
「ウィルはすごいよ。あの料理長にちゃんと弟子入りして見込まれたんだから。俺なんて粉振るおうとしただけで厨房から丁重に締め出されたよ」
「えっと、あのときは多分、レイナルド様が振るってた粉の下に何も置いてなかったからだと思います」
 
 そうそう。粉を振るうって言われたから振るったら、調理台の上に全部粉が撒き散らされて料理長が凍りついてたな。

 二人でスコーンを食べながら話していたら、ベルが俺の膝に頭を乗せてきた。

ーーママ、おやつ終わったらお庭で遊ぶのー?

 きゅるんとした目で俺を見上げてくる期待のこもった眼差しに、俺は口元を緩めて頷こうとしたが思いとどまった。

「あー……遊びたいよな。うん、俺もベルと遊びたいのはやまやまなんだけど」

 いかんせん、下半身が動かない。
 昨日グウェンと夏祭りに行く前に屋敷の庭に繁っていた草を刈っておいたから、ベルが遊べるように準備は整っているんだが、今走り回るのは俺の腰が無理だ。

ーーダメなの?

 うるうるした目で俺を見上げてくるベルの顔を見て、俺は眉尻を下げた。
 ベルのこんな姿を見ると昨夜無茶をやったグウェンに文句をつけたくなる。

「庭に行くのはいいんだけど、俺はベルを見てていい? ちょっと足が痛いんだ」

 何故俺の足が痛いのかという理由については空気を察しているウィルは何も聞かないが、ベルはそれを聞いて狼狽えたように膝から頭を上げた。

ーーママ足痛いの? どうしたの? ケガなの?

 じわっとベルの瞳に涙の膜が張る。
 俺が目の前で大怪我をしたことを思い出してしまったのか、ふるふると耳が細かく揺れている。

「大丈夫、怪我じゃないよ。少し疲れちゃっただけだから」

 慌ててベルの頭を抱き込むように両手で引き寄せた。明るい声を出して安心させるように言い聞かせると、ベルは首を傾げた。

ーー疲れてるの? 眠いの?

「眠くはないよ。なんていうか、ベルもいっぱい走った後は脚が疲れるだろ? そんなかんじだよ」

 ウィルとグウェンにはベルの言ってることは聞こえないだろうが、これ以上詳しく説明するのは俺が恥ずかしすぎるので、なんとかこれで理解してほしい。
 
ーーじゃあ、僕、ママにきらきらする。

「え?」

 予想外のセリフが聞こえてベルを見下ろすと、ベルの額の角から白く輝く光がふわっと溢れ出した。驚いた俺が何か言う前に、ベルの癒しの光が俺の腰から下を包んで身体の中に染み込んでくる。
 暖かいタオルに蒸されたような心地よさを感じた後、すっと足の疲労がなくなった。

 ウィルとグウェンも驚いてベルを見ている。
 ラムルで俺が死にかけた時、ベルは確かに癒しの光を使って俺を助けようとしてくれた。あのとき治癒の能力を開花させていたらしい。
 呆気に取られる俺たちを前にして、ベルは癒しの力で俺の筋肉痛とその他もろもろの身体の不調を完治させてしまった。

ーーママ、治った?

 ベルがオパールみたいに綺麗な瞳で俺を見上げてくる。俺は片足を上げ下げして軽く捻り、完全に痛みが引いたことを確認して驚愕した。

「治ったよ。すごいなベル! ありがとう!」

 治ったことよりもベルがチーリンとして立派に成長していることが嬉しい。俺はベルの上半身を両手で支えて抱え上げて、自分の身体の上に乗せるようにして抱きしめた。
 ベルが嬉しそうに俺の頬に顔を擦り寄せてぺろぺろ舐めてくる。

「ベルは癒しの力を使えるようになったんですね」
「うん、そうみたいだ。もう全然痛くない。本当にすごいよベル」

ーー僕、きらきらできてすごいの。

 ベルは得意そうな顔をして俺の首に鼻先を押し当ててきた。

「つまり、身体の疲労は回復したということか」

 その時向かいの長椅子から冷静な問いかけが聞こえた。
 ベルの立髪を軽く押さえて顔を出し、グウェンの姿を確認すると、感心したように頷いた彼は俺を真っ直ぐに見て意味深な顔をしていた。

 あ、これまずいよ。

 察した。
 こいつ、それは好都合だって顔をしている。
 これで今夜も大丈夫だなって顔だ、あれは。

「あの、グウェンそれについては」
「ベル、君の母は最近疲れやすい。しばらくは君の力を必要としている」

 俺の声を遮ってグウェンがベルに話しかける。
 ベルは俺の上から下りてグウェンを振り返り、心配そうな目をしてもう一度俺を見上げた。

ーーママ元気ないの?

「いやあのね……」
「これからも疲れていたら癒しの光をかけてやってほしい。そうすれば君やウィルとも遊べるようになる」

 畳み掛けて告げるグウェンの言葉を聞いたベルは、耳をピンと立てて力強く頷いた。

ーーわかった、僕いっぱいきらきらする!

「ベル」

ーーママが元気になるように毎日きらきらする!

「ベルちゃん……!」

 ちょっと待って!
 これよろしくない流れよ?!
 というか、聖獣の奇跡の力をこんなことに使っていいのか?! 怒られるぞ?! リビエール上級神官と神官長に!!

 焦ってそんなことしなくていいとベルを思いとどまらせようとしたが、俺を見つめるオパール色の瞳は既にやる気を漲らせて煌めいていた。必要ないなんて今更口に出せる雰囲気じゃない。

「グウェン、お前ってやつは」

 向かいのソファに座っているグウェンを軽く睨むと、彼は珍しく微笑みながら紅茶を飲んでいた。見るからにご機嫌である。その理由は言うまでもないが、目が合った彼の瞳に一瞬怪しい光が灯るのを見て、俺は口の中の水分が干上がっていくのを感じた。

 嘘だろ。
 まさか昨夜の勢いで今日も挑もうって考えてるんじゃないだろうな。
 グウェンのその目、俺がまた潰れても明日ベルに癒しの光をかけてもらえばいいって思ってるだろう。

 考え直せ、お前はベルの純粋な気持ちを利用して悪いと思わないのか。と目で訴えかけると、彼は清々しいほど澄んだ瞳で俺を見つめ返した。

 ベルが君を癒すことで君が元気になるなら、ベルも嬉しいし私も嬉しい。何も問題はないが。
 とでも言うような目で俺を見てくるから心の中で頭を抱えた。

 冗談だろ。お前は俺に一週間朝日を浴びさせないつもりか。

 責めるような目で見たら、彼はそういうことなら朝日が昇ってから寝ればいいのではないか。と言うように曇りのない眼差しを返してきた。

 ふざけんな。

ーーママ遊んでー。

 俺とグウェンが無言で駆け引きしていると、ベルがぽすっと俺の膝に頭を乗せてきた。

「あ、そうだな。食べ終わったし、久しぶりにいっぱい遊ぼう」

 俺は我に返ってベルに視線を落とし、にっこり微笑んだ。
 グウェンとは今後の方針について色々と話し合わなければならないが、とりあえず今はベルとウィルと遊んで俺も癒されることにする。

 草がなくなったことで広大な平地になった庭に皆で下りて、ウィルが持ってきてくれたボールやおもちゃでひとしきり遊んだ。俺の実家の庭は花壇や植え込みで整備されているから手を入れる余地がないが、グウェンの屋敷の庭は手つかずなのでこれからベルのアスレチックとかお茶を飲むテラスを作っても楽しいかもしれない。
 そんな思いつきをグウェンとウィルと話し合いながら、夕方になったらマーサも交えて皆で夕食を食べた。ベルは久しぶりにたくさん走って満足したのか、俺の周りをくるくる回って顔を擦り付けてから『ぼくもう寝るねー』と言ってウィルと一緒にエリス公爵邸に帰っていった。

 その夜、グウェンと二人になってからまたしばらく攻防したが、結局俺は丸めこまれた。行為のしつこさと濃さが問題なのであって決して抱き合うのが嫌というわけではないから、圧倒的に俺に分が悪かった。キスと前戯でぐだぐだにされてなし崩された。
 ベルのおかげで全快した俺の身体を見て「噛み跡も消えるのは少し惜しいな」と呟きながらグウェンがまた一から跡をつけ直し、俺は噛まれたり吸われたりしながら明日からどうやって彼を説得するべきか考えようとしたが、当然のことながらそんな余裕はあっという間になくなってしまい、その日も深い愉悦の沼にどぼんと落ちたのだった。
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