悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

二十話 失われたリラの季節 中

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 ◆


 次の日は、騎士団の仕事を整理するから自宅で待機してほしいと言うフォンドレイク副団長に言われるままに屋敷に留まった。
 特にすることもないので、私は前日ざっと見ただけだった屋敷の中をもう一度しっかりと見て確認することにした。

 一階を巡る途中で応接室に入ると、昨日は自分の背面にあって気がつかなかったが、壁に見慣れない絵がかけられていた。
 緑の芝生の上で、茶色い髪の子供と、馬のような見た目の銀色の生き物が戯れている絵。よく見ると子供の手の中には赤い鳥の雛が描かれていて、それはつい昨日目にした小鳥に似ているように思われた。

「これは……何の絵だ」

 後ろからついて来ていたマーサが、私の問いに答える。

「それはウィルちゃんとベルちゃん、それからメルちゃんの絵ですよ」

 名前を聞いたつもりではなかったのだが、マーサは迷いなく子供と動物を順番に指差して言った。

「この銀色の生き物……これはまさか、チーリンでは」
「はい。そうです」

 こともなくそう答えたマーサの顔を見る。
 にこにこと微笑むマーサは、ベルと呼んだチーリンの絵を指さした。

「みんなレイナルド様のご家族なんです。メルちゃんは偶にしか来ませんが、とても可愛いですよ」

 メルという赤い小鳥は、恐らく森の中に現れた不死鳥の雛だろう。
 昨日は状況が特殊であったため深く考えなかったが、あれは不死鳥であった。なぜ皇族にしか懐かないと言われる伝説の霊鳥が、彼の家族なのか。
 さらに人の目に触れない深い森に住むはずの聖獣がいる……?
 これまで南領のことはあまり知らなかったが、エリス公爵家は一体どうなっているのか。聖獣に懐かれるほど光属性の強い魔法士がいるような家門だっただろうか。
 そう訝しんでいると、マーサがのんびりとした口調で頬に手を当てた。

「ウィルちゃんもベルちゃんも、グウェンドルフ様にとっても懐いていますから、今頃心配されているでしょうね」
「懐く? チーリンと子どもが、私に」
「はい。夏には一緒にご旅行も行ったことがあります」
「旅行……?」

 愕然とした声が出たが、マーサは私を見て微笑んだままだった。
 言われたことが全くといっていいほど私にはそぐわない内容だったため、その真偽を真剣に考えることをやめた。子供と動物に懐かれる自分、という姿を一切想像できない。この絵も何故ここに飾ったのか、五年後の自分の行動がやはり理解できなかった。

「応接室にこのような絵が飾られているのは、少し落ち着かない。彼の家族の絵だと言うなら、彼に返した方がーー」
「いいえ、絶対にダメです」

 きっぱりした声で遮られ、またマーサの顔を見た。

「ベルちゃん達の絵を外すなんて、絶対に、ぜっっったいに、私は嫌でございます」
「……」
「グウェンドルフ様も気に入っておられました。レイナルド様は家の中でもグウェンドルフ様が癒やされるようにとお思いになってこちらに飾られたのですから、このままにしてくださいませ」

 そう力強く言うマーサの顔には、それ以上絵を外すなどとはとても言い出せないような凄みがあった。
 圧に負けた。
 私が気に入っていたと説明したが、マーサの方が明らかにこの絵を気に入っているということがわかり、私は何も言わずに絵の前から立ち去った。

 次に、昨日はよく見なかった庭に出てみて、私はまた驚いた。
 庭の手入れに関心がなく、リラの木の世話以外で立ち入ることもほとんどなかったはずの庭は、美しく整備されていた。リラの木の様子を知りたくて庭に出たが、一面に雑草が生えていた庭は綺麗に芝を張られ、ところどころに小さな花壇が作ってある。
 リラは無事で、木の周りは水捌けがいいように元の地面のまま残されていた。変わらない木の姿を見てほっとしたところで、庭を見回すと見慣れないものが増えているのに気づき困惑した。

「あの木でできた枠はなんだ」
「ああ、あれですか。あれはベルちゃんが庭で遊ぶときの道具ですよ。レイナルド様は最初庭に遊具のようなものを、と考えておられたのですが、庭が狭くなるし景観も維持したいと悩まれた結果、不要なときは片付けられるものがいいと思い至ったそうです」

 庭の隅に近づいてみると、細く平たい木が長方形に四角く組まれた枠のようなものがたくさんあった。

「はーどる、というものらしいです。庭に組み上げてベルちゃんが飛び越えたり、くぐったりして遊んでいます。可愛いです」

 マーサの説明を聞いて遊具だということはわかった。自分の屋敷の庭に動物が遊ぶ遊具があるという事実に怯んだが、片付けると言うとまたマーサが気迫のある顔をすると思い、そのままにしておくことにした。
 片付けるのは、いつでもできる。庭に出ることなどほとんどないから気にならないだろう。

 他にも庭に見慣れない四阿のようなものができていて訝しんだが、マーサの説明によると庭でピクニックしたりお茶を飲むときのために建てた、ということらしかった。
 外で茶を飲む自分、という姿がまた想像できなかったので、その不思議な丸屋根の建物を少し眺めてから、屋敷の中に戻った。



 屋敷の中を確認した後で、私は一人で自室に戻り、身の回りのものをもう一度改めた。
 普段使う雑貨や携帯する小物は、窓際の棚の引き出しに入っていた。昨日自分の着ていた服の中からは見慣れない金色の懐中時計が出てきた。金具に小さなリスの飾りがついたその時計は、彫られた家紋を見るとおそらくエリス公爵家のものである。
 彼のものだろうと思い、何故時計を交換して持っているのか疑問は感じたが、昨日のピアスと彼の絵と一緒に引き出しにしまった。

 一通り確認した後、最後に寝台の横に置いてある棚の引き出しを開けたとき、問題が発生した。以前は本や筆記具を少し入れていただけで、ほとんど使用していなかった棚の中身が変わっている。
 棚の中からでてきたものを見て、私は心の中で呟いた。

 なんなのだろう。これは。

 一番上の引き出しには青い水の入った小瓶や銀色の缶がいっぱいに収められている。見覚えのないそれらを見て一体なんだろうと思ったが、缶の蓋を開けてみると浄化作用のあるただの軟膏だった。何故こんなにたくさんあるのか疑問は感じたが、魔物の討伐の最中に火傷でもしたのかと思い、そのまま引き出しを閉めた。
 次にその下の引き出しを開けて、私の思考はしばらくの間停止した。

「……枷?」

 どう見ても枷だった。
 銀色の鎖につながった幅のある金属の輪を見て、一度視線を逸らし誰もいない部屋の中を見回した。当然ではあるがこれが何かを私に伝える者など誰もいない。
 もう一度引き出しの中を見る。
 やはり枷である。
 
 五年後の自分は、一体どうなっているのか。
 人物像が全くわからない。
 この枷は一体何なのか。何に使用するために所持しているのか。

「……」

 悩んだ結果、騎士団で魔物を捕獲するために使用する道具を、たまたま預かっているだけなのでは、という解答に至った。
 しかし見れば見るほど、その枷はどう見ても魔物の足に嵌めるような大きさではない。輪は人間の手首くらいの幅に見える。つまり人間用であると思料される。

 私は人間用の枷を、何故寝室に所持しているのか。 

 得体の知れない不安を抱いたため、それ以上考えることをやめた。
 引き出しを閉じて、深く考えないことにする。今の私には関わりのないことであるから、わからなくても問題はない。

 その下の引き出しを開けることには躊躇したが、五年後の現状認識のために確認はしなくてはならないと思い、少しだけ引いてみた。
 布のようなものが入っている。
 新たな拘束具ではないと安心した私は、引き出しを開けて中を確認した。
 緑色の艶のある生地で作られた服だった。見覚えのない意匠だったので、取り出して広げた。
 服は見たことのない形をした丈の長い婦人服のように見えた。長い袖の折りかえしと、詰め襟のようなデザインの襟元に、金色の刺繍が施されていて美しい。服の両端には、なぜか裾からかなり上の部分まで切り込みが入っている。
 それを見て訝しんだ。これでは、身につけたとき足が露わになってしまうのではないだろうか。
 そもそも、この衣装は何なのか。
 明らかに自分が着るような大きさではない。
 マーサのものでもない。彼女は自分の衣服を私の寝室には置かないし、肩幅を考えてもこの服はマーサには合わない。
 頭の中に、金髪に緑の目をした彼の顔が浮かぶ。
 彼の緑の瞳には、確かにこの衣装は映えるだろう。大きさも、彼が着ることを考えればちょうどいい。

 ……しかし、なぜ婦人服なのか。

 そして、なぜ私はそれを引き出しにしまっているのか。

 また得体の知れない恐れを感じて、私は服を引き出しの中に戻して閉めた。
 この棚の中のものは私には全くわからない。
 以前からほとんど使用していなかった棚だから、これからも開かずにおいても問題はないだろう。
 そう自分に言い聞かせて、今見たものは忘れることにした。
 

 ◆


 夕方、様子を見に屋敷を訪れたフォンドレイク副団長に頼んで、私は近衛騎士団の拠点となる詰所の様子を見に行った。

 訓練場などの施設は私の記憶のままだが、訓練で使う武器や魔道具には多少の変化があった。建物の外観も変わっていないが、中の内装は少し手を入れたのか、見慣れない部屋も増えている。 
 夕方であることもあり、夜勤の者以外に団員はまばらだったが、すれ違うと皆私に挨拶した。

「団長、お疲れ様です」
「今日夜番なんですか? 珍しいですね」

 声をかけられて戸惑い、何も答えない私を見て皆首を傾げていた。
 私の記憶にある団員たちの態度は、こんなふうではない。いつもはもっと遠巻きに、様子をうかがうようにされるはずなのに、ずいぶん気さくに話しかけてくるから驚いた。

「気にしないでください。皆にはまだ団長が記憶を失くしたことは伝えていないので。まだどうなるかわからないので秘密にしてありますが、そのうち問題が出そうだったら伝達します」

 フォンドレイク副団長の言葉に頷いて、一緒に執務室に入った。部屋の中で、一通り最近の事件や討伐の記録などに目を通した。
 報告書を読むと、昨日聞いたように、近頃では魔物の討伐はそこまで頻繁ではなかった。それよりも魔石の闇取引について特殊警備隊と協力して調査しているらしく、その調査資料は思った以上に膨大だった。
 思い返せば、魔石の売人という言葉は、昨日禁域の森でも彼が口に出していた。私は記憶を失う直前まで、その調査をしていたということらしい。

「見ていただいた通り、最近魔物の動向は本当に落ち着いてるんですよ。なので心配しないでください。それよりも団長は今の生活に慣れてもらわないと」
「今のところ、特に問題はありませんが」
「ああ、それです。今はグウェンドルフ様の方が団長なんですから、敬語はやめましょう。普段から私にも団員にももっと楽に話してますよ」
「……私は団長として相応しい器ではないと思うのですが」

 確かに、保有する魔力量で言えば、私は近衛騎士団の中でも群を抜いているかもしれない。しかし昨日私が団長職を担っていると聞いたときは少し戸惑った。
 叡智の塔に入学する以前から既に騎士団には属していたが、私には団員を率いるような統率力も判断力もないように思う。
 そう言うとフォンドレイク副団長は資料を棚に戻す手を止めて、私を見た。彼の明るい茶色の瞳が穏やかに私を見つめる。

「団長は立派に騎士団を導いていましたよ。私はグウェンドルフ様になら任せられると思い、団長職を退いたんです」
「しかし」
「大丈夫です。記憶が戻らないうちは私がサポートしますから」

 私を見て安心させるように微笑んだ副団長の顔は、私の記憶にある彼と同じである。五年後の私に対する信頼を感じさせる彼の落ち着いた表情を見て、私はそれ以上意見を述べず、ひとまずは自分の立場を受け入れることにした。

「取り急ぎ、騎士団の中では敬語をやめるところから慣れましょうか」
「……わかった」

 私がぎこちなく頷くと、フォンドレイク副団長は懐かしいものを見るような目で私を見て、笑みを浮かべた。
 しかしながら、その笑みには微かな哀愁も浮かんでいる。私はそれを見て漠然とした焦燥を覚え、未来の自分に対して不安とも焦りとも言い難い、捉えようのない思いを抱いていた。
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