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第三部
七十二話 最高のショータイムを 前②
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準備は整った。
宝剣を携えたオズも戻り、皆にとってつけたような説明もした。ここにいるのはさっきと同じメンバーで、火事の対処をしていたレオンハルト第三王子は教会本部へ向かい、幹部達に状況報告に行ったらしい。皇太子殿下は万が一のとき戦力を召集するために、王宮で待機している。
ベルのお爺ちゃんは、お婆ちゃんから呼び出されてこの場に来てくれた。
チーリン達には力を借りる必要があるからありのままを説明したが、俺がサリア様を呼び出すということは人間側はオズしか知らない。チーリン達が出て来られないからと理由をつけて、神官長達には離れたところまで下がってもらった。
「じゃあ、呼び出してみる。どんな感じで現れるのか俺にもわからないから、神官長達にもし見られたら、なんか上手い具合に奇跡が起きたってことにしよう」
「そうだね。多分、大聖女様もそこまで堂々とは出てこないと思うけど」
オズとひそひそと話しながら、グウェンとベルファミリーを連れてアシュタルトの魔法円まで近づく。ウィルは危ないかもしれないから、メルと一緒に神官長達のところにいてもらった。
近寄ってくる俺達に気づいた悪魔が眉を顰める。
「……なんだ? 今更私に犯される気になったか」
「なるわけねーだろ。お前を封じるのに強力な助っ人を呼ぶんだよ」
「助っ人?」
うろんな目つきになった悪魔をよそに、俺は金色の懐中時計を取り出した。後ろから出てきたグウェンが悪魔の視線を遮るように俺の前に立つ。
「あの、サリア様……? 出てきていただけますか?」
小さな声で囁いてみる。
これで何も起きなかったら、俺は完全に頭のおかしい奴になってしまうが、さっきのは夢じゃないと自分に言い聞かせて呼びかけた。
オズは半信半疑という顔で俺の手元を覗いている。俺も正直本当に大聖女様が現れるのか、確信は持っていない。
しばらくして、懐中時計に彫られた家紋がきらりと輝いた。
『……あら? 呼んだ? 早かったわね。あ、ちょっと待ってね、思ったより地上に出るのが難しいのよ……』
時計からごく小さな女性の声が聞こえてくる。この緊張感のない声は間違いなくさっき黄泉の川であった大聖女様だ。俺はほっと息を吐いた。
「よかった。サリア様だ」
「えっ、これが? 本当に?」
オズが愕然とした顔をして、俺の持つ時計を食い入るように凝視している。「思ったより普通……」と言う失礼な呟きがオズの口から聞こえた。
『どうしようかしら。私は自分の身体を保ってそっちには出られないみたいなのよ……』
そう言ったサリア様はしばらく無言になってから、『仕方ないから、あなたの身体を借りるわ』と言い放った。
「え?」
『ルシアがいればその方が相性はいいけど、いないんだからあなたしかいない。封印にはあなたの精霊力を使わなきゃいけないし。レイナルド、あなた今ルシアの力を宿してる何かを持っているでしょう』
「ルシアの?」
きょとんとしたが、すぐに何のことか思い至った。
この話の流れは明快だ。サエラ婆さんが作った組み紐のことだろう。
俺はポケットの中からさっきウィルにもらった紫色の紐を取り出した。
『それよ。それを身につけて。それでなんとか聖女の代理ってことで、あなたに降臨するから』
降臨する……? 俺に?
頭の中で言われたことを反芻するが、いまいちイメージがつかない。
サリア様に降臨されたら俺はどうなるんだ? と冷静な自分が待ったをかけようとしたが、そのとき目の前の赤い円がバリ、と音を立てた。
「えっ」
前を見たら、アシュタルトが片手を広げてかざし、円の縁にヒビを入れていた。
ぎょっとして息を呑むと、悪魔は俺を見てニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「多少時間はかかったが、蛇神の抵抗は終わるようだな」
「げっ、マズイ。サリア様、早いとこお願いします!」
『それを身につけて、早く!』
「レイナルド、少し」
待て、と言いかけたグウェンが振り返ったが、そのときには俺は言われるままに紫色の組み紐を腕に巻きつけていた。横で聞いていたオズがにゅっと手を伸ばしてきて紐をぎゅっと縛る。と同時に、時計が眩い光を発して輝いた。
「うわっ」
思わず目を瞑った瞬間、何かにとん、と胸を押されたような感覚がした。すぐに目を開けたが、そのときには何かがおかしいと気づく。頭の中が靄に包まれているような、まるで金縛りにあったように手足が動かない。手先の感覚はあるが、どういうわけか自分で身体を動かせなかった。
「上手くいったわね」
俺がそう声を出す。口が勝手に動いて喋った。
時計を持っていない方の手が急に持ち上がり、意味もなく開いたり閉じたりする。
『えっ、ちょっと待って。俺自分で自分の身体を動かせないんだけど』
「あなたの身体を借りてるのよ。少しの間待っててちょうだい。すぐ終わるから」
俺が言ったことは声にならず、反対に勝手に開いた口がそう答えるのを聞いて、俺の中に入ったサリア様が俺を勝手に動かしているのだと把握した。降臨されるって、こういうこと?
俺が急に女性の口調になったから、隣でオズは息を呑んで目をまん丸くしている。俺の前に立つグウェンも固まっていた。多分二人とも俺の中に何かが入ったことがわかったんだろう。
ーーママー? どうしたの?
俺の気配が変わったことに狼狽えたのか、お婆ちゃん達に守られるようにして後ろにいたベルがとことこ歩いてくる。
『あ、ベル。サリア様、ベルに大丈夫って言ってください』
「ベル? あらこの子がベルなの? かわいい~ほんとにちっちゃいじゃない」
ーーママ? へん。
ベルが戸惑った顔で後ずさるから、サリア様は急いで咳払いして片手で前髪を撫で付けた。
「ベル。わた……俺はレイナルドだ。大丈夫よ、いや、大丈夫だ。おいで」
ーーママ、もっとへん。
うるっとした目で俺を見上げたベルはキョロキョロ周りを見回して、お婆ちゃん達の方に戻るか迷っていたが、すぐ傍にいたグウェンを見つけて後ろにぴゅっと隠れた。
ーーパパ、ママがへんなの。
「え~警戒されちゃったわ。なでなでしたかったのに」
『今のは仕方ないですよ。怪しすぎます』
「そんな、私だってちっちゃいチーリンに癒されたい。久しぶりに地上に来たのに」
「あの、サリア様、でよろしいですか? 悪魔が出てきそうになっちゃってるんですけど、先にあっちをどうにかしてもらってもいいでしょうか」
擦り寄られてちょっと緊張しているグウェンの後ろに隠れたベルを羨ましそうに見ていたサリア様は、オズのセリフを聞いて視線を前に戻した。
アシュタルトは赤い魔法円に手をかざし、禁術の魔法陣を完全に破壊していた。蛇神の中に悪魔を召喚し、使役しようとする術だと言っていたが、その術は効力を失ったのか、赤い光が消えている。
次にその外側にシスト司教が張った結界に蛇神が手を伸ばすのを見て、サリア様が呟いた。
「ほんとに入ってるわね。全くドミヌス様も迂闊なんだから」
そう言いながら構えることなくアシュタルトの前に歩いていく。まだ呆然と俺を見ていたグウェンが慌ててついてきた。
「ちょっと、あんた何勝手なことしてんのよ」
サリア様の声を聞いて、アシュタルトが俺を見た。
悪どい笑みを浮かべていた悪魔と目があった瞬間、悪魔は虚を突かれたように表情を消した。俺の顔を凝視する赤い瞳の瞳孔が大きく開く。
「お前は……聖女、やはり生きていたか」
「生きてるわけないじゃない。地上では五百年経ってんのよ、相変わらずバカな悪魔ね」
俺の声で答える大聖女様を、悪魔は真顔で見つめる。
「しかし、お前は私と再び戦うと約束した」
「……バカな奴」
ため息を吐いたサリア様は、腕を組んで仁王立ちした。
「いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい。今すぐその蛇神の身体から出て魔界に帰りなさい。あんたのいるべき場所はここじゃない。素直に言うことを聞くなら手荒なことはしないわ」
「勝手なことを。お前達が私を呼び出したのだろう。しかし聖女、お前が来たならちょうどいい。私と決着をつけろ。今この場で勝負だ」
「は? あんた今蛇神の身体に入ってるんだから、勝手なことしないで。その守り神の器が壊れたら困るのよ。戦うなら一瞬結界を開けてあげるから、まず魔界に落ちた自分の身体を取ってきなさい」
さらりととんでもないことを言ったサリア様を、悪魔は疑いの目で見る。
「……そう言って私が魔界に戻れば、もう二度と入り口を開かないつもりだろう」
「…………いやねぇ。そんなことしないわよ。ちゃんと出てくるまで待ってるから」
「嘘だ!! お前はそう言って五百年私を魔界に放置した」
「チッ、無駄に長く生きたせいで余計な知恵をつけたわね。平和的な話し合いで終わらせようと思ったのに、やっぱり物理的に痛い目をみないとわからないのかしら」
サリア様は悪魔に聞こえるように嫌みを呟いてから、少し考えるような顔になった。そのうち、はたと気づいたような顔をする。
「あ、じゃあいいわ。その身体から出ていくなら、キスしてあげる」
……は?
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