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116 三回忌
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ピアスを全て外して、思う。
こんなにしてたんだっけか、と。
髪を黒くして、鏡に映った自分を見て、一瞬、これは誰だろうかと思った。
涼は奇妙な心地で眠りにつき、起きて、朝食を食べて、支度をする。
今日のために買った真っ白なワイシャツに袖を通し、真っ黒なネクタイをして、真っ黒なスラックスを履き、真っ黒なベルトをして、真っ黒な靴下を履き、真っ黒なスーツに袖を通す。
ブラックスーツ。成人用の、喪服。
中学の時は黒い詰襟だったから、通夜も葬式も、全てをそれで過ごした。一周忌は、母に顔向けできなくて、家族には体調を崩したと言って、部屋に引きこもって、泣きながら教科書を読んでいた。
ハンカチや数珠などを入れた、真っ黒い鞄を持って、真っ黒いコートも持って、部屋から出る。
玄関に行けば、自分と同じ真っ黒な、父がいた。
「涼」
父は、苦笑して。
「まだ、時間あるぞ。部屋で待ってたらどうだ?」
「……父さんだって来てるんだし、良いだろ」
言いながら、真っ黒な革靴を履く。そのまま座る。
「……そうだな。二人でお義父さんと義姉さんを待つか」
喪主の父は、また苦笑して、座って靴を履き始めた。
◇
親族だけの、三回忌。
読経や焼香、法話や父の挨拶。
全てを終え、家に戻り、部屋に入り、母の死を改めて実感しながら、ベッドに座る。
自分がこんなに気力を使うのなら、祖父も、父も、伯母も、それより消耗しているのだろう。
時間を確認するためにスマホを出して、そういえば機内モードにしたままだったと、それをオフにして。
「……光海」
そうしたら、光海からラインが来ていたと、気付いた。
『おはようございます。あの、失礼かも知れませんが、今日、ちゃんと日向子さんに報告して下さいね。涼がここまで頑張ってきたこと、ちゃんと。お願いします』
『いつ終わるか分からないので、終わったら、連絡いただけませんか? 涼の声、聞きたいので』
さっきまでとは別の意味で、泣きそうになりながら、今帰ってきた、と、送信する。
すぐに既読が付いて、『電話していいですか?』と、送られてきた。
涼は通話ボタンをタップして、
『涼?』
その声を聞いて、本当に泣きそうになって、なんとか堪えながら、
「光海。帰ってきた。……母さんにも、ちゃんと報告したよ」
自分のこと、家族のこと、カメリアのこと、学校のこと。
そして、お前のこと。
『そうですか。……その、お疲れ様でした』
「ああ……ありがとう、な……」
涙が零れそうになって、指で拭う。
『……涼。その、今から会いに行っても大丈夫ですか?』
そんなことを、言ってくれる、お前が大好きだよ。
「大丈夫、だけど……」
たぶん。なんとか。泣かないようにするから。
『なら、今すぐ行きます。待ってて下さいね』
強くなった口調に、
「……お前、また、走っ、……」
通話が切れて、涼は数秒、その場から動けなくて。
ハッと我に返って、スマホをポケットに入れ、玄関に向かい、外へ出る。
本当に走ってくるか? と少し疑問に思いながら、光海の家に向かおうとして。
足元がサンダルなのに頭が回って、玄関に戻って、出しっぱなしにしていた革靴を履いて。
また外に出て、光海の家に速歩きで向かって行ったら。
「光海!」
それほど行かずに、姿が見えた。しかも、本当に走ってるし、既に息を切らしかけてるし。
涼は、慣れない革靴で全力で走って、光海を抱きとめる。
「涼……すみません……お手数を……」
「いーよ。てか、お前、また走って……コートも着てねぇし……今日、寒いぞ」
「涼、も……コート……着てないじゃ……ないですか……」
言われて、そうだったと思い出す。
「本当に……髪……黒いんですね……」
「あ? ああ。そりゃあ、まあ」
片手を離し、頭に触れる。
「最初……遠くに見えた時……涼のお父さんの……隆さんかと思いました……」
「……そんな、似てる?」
「似てますよ……」
光海が、顔を上げて。
「涼、顔は日向子さんにも似てますけど、全体は隆さんに似てると思います」
大真面目な顔で、言うから。
「……そっか。自分じゃあんま、分かんねぇからな」
もう一度、光海を抱きしめ、
「黒髪のほうが、似合ってる?」
「え? えーと……どっちも良いと思います。あ、思うよ」
「(……可愛い過ぎる。時々、黒髪にしようかな)」
「(それ、周りがびっくりしますね)……じゃなかった! お疲れ様ですって、言おうと思ってたんです!」
慌てた声に、その顔を見たくなって、腕を緩めて。
「ありがとうな。光海のおかげで元気、取り戻したわ」
愛おしく思うその顔を見て、頭を撫でながら言う。
「そ、そうですか……? ──クシュッ!」
「おまっ、だからコート……あー……これで勘弁な」
涼はスーツを脱いで、光海の肩にかける。
「……涼が着てたから、暖かいです」
照れたように、はにかんで言うから。
「……おっまえだから可愛すぎんだよマジでお前の一挙手一投足で俺の命が危ないわ」
「えぇ……」
その、困った顔と声も、可愛いんだよ。
「ほら、家まで送るから。お前が風邪引いたら、俺の責任だし」
「す、すみません……」
「お前が謝ることじゃねぇ」
「えぇ……?」
こんなにしてたんだっけか、と。
髪を黒くして、鏡に映った自分を見て、一瞬、これは誰だろうかと思った。
涼は奇妙な心地で眠りにつき、起きて、朝食を食べて、支度をする。
今日のために買った真っ白なワイシャツに袖を通し、真っ黒なネクタイをして、真っ黒なスラックスを履き、真っ黒なベルトをして、真っ黒な靴下を履き、真っ黒なスーツに袖を通す。
ブラックスーツ。成人用の、喪服。
中学の時は黒い詰襟だったから、通夜も葬式も、全てをそれで過ごした。一周忌は、母に顔向けできなくて、家族には体調を崩したと言って、部屋に引きこもって、泣きながら教科書を読んでいた。
ハンカチや数珠などを入れた、真っ黒い鞄を持って、真っ黒いコートも持って、部屋から出る。
玄関に行けば、自分と同じ真っ黒な、父がいた。
「涼」
父は、苦笑して。
「まだ、時間あるぞ。部屋で待ってたらどうだ?」
「……父さんだって来てるんだし、良いだろ」
言いながら、真っ黒な革靴を履く。そのまま座る。
「……そうだな。二人でお義父さんと義姉さんを待つか」
喪主の父は、また苦笑して、座って靴を履き始めた。
◇
親族だけの、三回忌。
読経や焼香、法話や父の挨拶。
全てを終え、家に戻り、部屋に入り、母の死を改めて実感しながら、ベッドに座る。
自分がこんなに気力を使うのなら、祖父も、父も、伯母も、それより消耗しているのだろう。
時間を確認するためにスマホを出して、そういえば機内モードにしたままだったと、それをオフにして。
「……光海」
そうしたら、光海からラインが来ていたと、気付いた。
『おはようございます。あの、失礼かも知れませんが、今日、ちゃんと日向子さんに報告して下さいね。涼がここまで頑張ってきたこと、ちゃんと。お願いします』
『いつ終わるか分からないので、終わったら、連絡いただけませんか? 涼の声、聞きたいので』
さっきまでとは別の意味で、泣きそうになりながら、今帰ってきた、と、送信する。
すぐに既読が付いて、『電話していいですか?』と、送られてきた。
涼は通話ボタンをタップして、
『涼?』
その声を聞いて、本当に泣きそうになって、なんとか堪えながら、
「光海。帰ってきた。……母さんにも、ちゃんと報告したよ」
自分のこと、家族のこと、カメリアのこと、学校のこと。
そして、お前のこと。
『そうですか。……その、お疲れ様でした』
「ああ……ありがとう、な……」
涙が零れそうになって、指で拭う。
『……涼。その、今から会いに行っても大丈夫ですか?』
そんなことを、言ってくれる、お前が大好きだよ。
「大丈夫、だけど……」
たぶん。なんとか。泣かないようにするから。
『なら、今すぐ行きます。待ってて下さいね』
強くなった口調に、
「……お前、また、走っ、……」
通話が切れて、涼は数秒、その場から動けなくて。
ハッと我に返って、スマホをポケットに入れ、玄関に向かい、外へ出る。
本当に走ってくるか? と少し疑問に思いながら、光海の家に向かおうとして。
足元がサンダルなのに頭が回って、玄関に戻って、出しっぱなしにしていた革靴を履いて。
また外に出て、光海の家に速歩きで向かって行ったら。
「光海!」
それほど行かずに、姿が見えた。しかも、本当に走ってるし、既に息を切らしかけてるし。
涼は、慣れない革靴で全力で走って、光海を抱きとめる。
「涼……すみません……お手数を……」
「いーよ。てか、お前、また走って……コートも着てねぇし……今日、寒いぞ」
「涼、も……コート……着てないじゃ……ないですか……」
言われて、そうだったと思い出す。
「本当に……髪……黒いんですね……」
「あ? ああ。そりゃあ、まあ」
片手を離し、頭に触れる。
「最初……遠くに見えた時……涼のお父さんの……隆さんかと思いました……」
「……そんな、似てる?」
「似てますよ……」
光海が、顔を上げて。
「涼、顔は日向子さんにも似てますけど、全体は隆さんに似てると思います」
大真面目な顔で、言うから。
「……そっか。自分じゃあんま、分かんねぇからな」
もう一度、光海を抱きしめ、
「黒髪のほうが、似合ってる?」
「え? えーと……どっちも良いと思います。あ、思うよ」
「(……可愛い過ぎる。時々、黒髪にしようかな)」
「(それ、周りがびっくりしますね)……じゃなかった! お疲れ様ですって、言おうと思ってたんです!」
慌てた声に、その顔を見たくなって、腕を緩めて。
「ありがとうな。光海のおかげで元気、取り戻したわ」
愛おしく思うその顔を見て、頭を撫でながら言う。
「そ、そうですか……? ──クシュッ!」
「おまっ、だからコート……あー……これで勘弁な」
涼はスーツを脱いで、光海の肩にかける。
「……涼が着てたから、暖かいです」
照れたように、はにかんで言うから。
「……おっまえだから可愛すぎんだよマジでお前の一挙手一投足で俺の命が危ないわ」
「えぇ……」
その、困った顔と声も、可愛いんだよ。
「ほら、家まで送るから。お前が風邪引いたら、俺の責任だし」
「す、すみません……」
「お前が謝ることじゃねぇ」
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