女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師

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4 もっと優しくしろ

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「……え? ──んぇあっ?!」

 言葉の意味を理解する前に、腰に腕が回され、視界がぐるんと回転する。
 玄関に引っ張り込まれて壁に背を押し付けられたのだと気づいた時には、自分に覆い被さるように壁に腕をついている圭介の顔が、鼻先が触れそうなほど近くにあった。
 今まで見たことのないくらいに熱のこもった、それでいて虚ろな眼差しを向けられる。その空虚さを感じ取った瞬間、背筋に悪寒が走った気がしたけれど、ここで逃げてはならないと、自分の中で声がした。

(てか、さっき、圭介、なんてった? きす? キスって言った? は? え? は??)

 冗談、にしては顔の距離が近すぎるし、表情も真剣すぎる。

「そーちゃん、最後通告」

 真剣な、どこか切羽詰まったカオをしている圭介の低い声が、混乱したままの奏夜の脳に突き刺さるように響いた。

「キス、されたくなかったら、何も言わないで。していいなら、いいよって言って」

 どういう状況か、さっぱりわからない。その二択も訳がわからない。質問を受け付けてくれるのかもわからない。
 だけど、目の前にある幼馴染の顔が少しずつ泣き顔に変わっていくのだけは、理解した。
 動け、口。
 今にも泣きそうな顔が、徐々に離れていく。
 動け、口。

「……ごめん、なんでもない。びっくりしたよな、そーちゃん。もう今日は帰──」
「ぃ、いよ」

 カラカラの喉から出た声は、掠れていた。
 けれど目の前の幼馴染は、ちゃんと聞き取ってくれたらしい。
 目を見開いて固まる圭介を睨みつけるように見据え、言う。

「いいよって言った。キス、するならしろよ。冗談でした、とか言ったらぶっ飛ばすぞ」
「……冗談に見える?」
「見えない」
「ホントにいいの?」
「いいって言ってんだろ」
「ホントのホントに?」
「ホントのホントに! いいよって! 言ってる!」

 やり取りに恥ずかしさを覚え始め、頬が熱くなる。
 そんな奏夜を見てか、圭介はクスリと笑った。

「いいんだ?」

 壁についていた腕が離れ、圭介の両手が奏夜の頬を包む。

(……あ)

 ひやりとしている手のひら、その奥に、確かな熱を感じ取った。
 冷たい、けどあったかい。
 圭介の体温に気を取られているうちに上向かされて、顔を覗き込むようにして。
 夢見心地のような、それでいて全てを諦めているような顔が、近づいてくる。

「そーちゃん」

 囁くような声を聞きながら、

「今日、最高の日」

 唇を、重ねられた。

 ◇

 恋愛経験が皆無ということはつまり、キスだって経験していない訳で。

(いや、遊びとか事故キスとか、ある人はあるんだろうけど)

 自分はそういう経験もしていないので、これが正真正銘のファーストキスとなる。
 相手が幼馴染で、男で。いや世間じゃ男同士とか女同士とかも実際いるらしいんだから、そんなに変なことじゃないのかもしれない。
 ただ一つ、言いたいことがあるとするならば。

(初めての人間に舌は入れないと思うんだよなぁ?!)

 呼吸もままならない中、奏夜は心の中で叫んだ。
 唇が触れ合う程度だった時から気恥ずかしくて伏せていた瞼は、唇を食まれた感触に驚いて一瞬開いてしまった。が、その時に見えた圭介の顔が獣か何かに見えて、混乱のままにぎゅっとつぶる。
 フッと笑う気配がした気がしないでもないが、そのまま確認するように上下の唇を食まれ、どうすればいいのかわからないうちに熱い何かが口の中に入ってきた。
 自分の口の中で動く、熱く柔らかなそれが圭介の舌だと気づいた時、脳みそが沸騰するかと思うのと同時に、心臓が破裂しそうな気もした。

 いつの間にか後頭部に手、腰の近くに腕が回され、体を固定されていて。
 逃げも隠れもする気はないけど、改めて逃げ場を無くされると心細いんだかもどかしいんだか、また未知の感覚に襲われた。圭介のコート、その胸元を掴んだ時、少し安心したけれど、思い返せば縋ってる感じにならないか? という疑問も湧く。

 歯茎やら上顎やら下顎やら舌の付け根やら。口の中全てを舐められたかと思うと、自分の舌に圭介の舌が絡んできた。
 熱を混ぜるように舌を絡められ、ゆっくりとした動きで圭介の口の中に引き込まれてから、舌を持っていかれたのだと気づく。

 舐め取るように持っていかれた舌を軽く噛まれ、同じように軽く吸われて。
 頭の中はいっぱいいっぱいで、体のほうも、未知の感覚と呼吸困難になりそうな状態で、つまりはいっぱいいっぱいだった。

 いっそ気絶できればと思うけれど、人間、そう簡単に気絶はできない構造をしているらしい。
 やたら丁寧なような、言い換えるととても慎重に思える動きのディープキスによって、最低限の呼吸が出来てしまえる。もう無理、と思うのに、体は勝手に息継ぎするから、意識が永遠に途切れない。
 苦しくて、気持ちいい。
 初心者にはハードルが高すぎるキス。

(……気持ちいい?)

 え? と思うのと同時に、足から力が抜けていくのを感じた。

「っと」

 倒れかけた奏夜の体を支えたらしい圭介の軽い声が聞こえ、鈍っている思考のまま、奏夜は圭介に体を預けた。
 預けたというか、もう、右も左も前も後ろもわからない状態だったので、預けざるを得なかった。
 キスは終わったのか中断なのか、終わったんだと思いたい。

「そーちゃん、大丈夫? 気をつけてたんだけど、やり過ぎた?」

 気遣ってくれているのはわかるけど、いつも通りすぎる明るい声に若干イラッとした。
 大丈夫じゃないし、絶対にやり過ぎだお前。
 そう言い返したいけど、口も舌も、そして体も、痺れたようにうまく動かない。
 自分の心臓の、ドクドクドクドクという速い音が、耳のすぐそばで聴こえる。
 体から力が抜けるのと同じくして張り詰めていた糸が切れたようで、疲労感と充足感が押し寄せてきた。
 ……充足感?

「……そーちゃん? え? 結構ヤバい?」

 少し焦った声の圭介に、ひょいと横抱きにされてツッコミを入れたくなった。
 が、その場で座り込んだらしく圭介の、こちらを覗き込んでくる不安そうな表情を見て、ツッコミを入れる気は失せてしまう。

「そーちゃんごめん、大丈夫? 息できてる?」
「……け……すけ……」

 そんな不安そうな顔するなとか、なんで急にこんなこととか、そもそも別れ話は? とか、色々言いたいことはあったけれど。
 今一番言いたいことのために、やっとの思いで口を動かす。

「……と……、……ろ……」
「え? ごめん、えと、なんて?」

 不安そうな顔のまま聞き返してきた圭介へ、息を整え、痺れのようなものが少し取れてきた口をもう一度動かした。

「…………もっと……優しくしろぉお前ぇ!」
「へ」

 目を丸くする圭介を見返しながら、言ってやったと思った奏夜だった。


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