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2章 異国[羈旅( きりょ)]編
2-8 お茶で癒しのひと時を
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「ありがとう―――あと」
ランドはほんのり頬を赤く染めた。
あたかも乙女が恥じらうような、その初々しい素振りは、まだ大人になりきれず、輝くような若さにあふれた青年には、ギリ似合っていた。
気まずそうな視線をフェイバリットにちらりと向けると「すまない……」と小さく言った。語尾はほとんど聞き取れなかった。
ああ―――うん。悪気はなかったんだよね。きっと。
対するフェイバリットはと言うと、強ばった頬がぴくぴく震えてしまい、上手く笑顔が作れずにいた。
「その…足、大丈夫か?」
―――フェイバリットの足はしびれていた。
( わざとじゃないよね?!)
感覚のない足を抱えて、フェイバリットは胸の内で泣きたい気持ちになる。
もう少し血が通ってきたら、この次は痛いようなむず痒いような、例えようのないあのビリビリ感がやってくる。そう思うと空恐ろしい。
ランドに癒して欲しいと乞われて、半ば騙されるように膝枕をする羽目になった。とても驚いたし恥ずかしかったが――それはまあいい。
(頼む少しだけ)と小さく呟いた声が、あまりにも苦しげだったから。冗談でもここで彼をはねのけてはいけない場面だと瞬時に理解した。
それで、じっと羞恥に耐えた。こんなもので彼の気持ちが軽くなるなら、こんなことは何でもない。
どのくらいそうしていたか…ランドの体が脱力したかと思うと急にずっしりと重くなり、同時に呼吸がすうすうと規則正しいものに変わる。眠ってしまったのだ。
ああ、疲れていたんだなとフェイバリットは申し訳ない気持ちになった。森に降りた後、動けない彼女の代わりにランドが一人で動いていたのだから――無理もない。
すぐに起きるだろうと、その後、起こすタイミングを逃してしまったのは確かにフェイバリットの落ち度だ。言い逃れなどしない――でも言わせて欲しい。
何度声をかけても揺さぶっても――挙句の果てには叩いてもみたが、深く寝入ったランドはまったく起きなかった。
そこで、なんとかランドの体の下から抜け出そうと奮闘してみたものの、がっちりと腰に回された腕は思いのほか力強く縄のようで、結局ランドが起きるまでどうすることもできなかった。
ちらりと恨みがしい目を向けると、雨に打たれて震える小犬のようなつぶらな瞳で、首を縮こめるランドの姿があった。
(小聡明い)
それがなかなか様になっているから小憎らしい気もする。ランドには聞こえないようフェイバリットは小さく舌を打った――そして、ついに恐れていたその時が…。
「(キタ――――――ッ)」
感覚の戻り始めた足にピリリと鋭い痛みが走る。フェイバリットは声もなく悶絶した。
削いだ樹皮の上に、乾いた小枝をひとつかみ乗せると、ランドの口から”着火の術”が唱えられる。
その途端、樹皮――火口にぽっと小さな火が灯った。
しばらくすると火口から焚きつけに火が燃え移り、小枝の隙間からゆっくり白い煙が上がり始める。
焚きつけから細い薪に火が移ると、赤い炎がチロチロと木の間から顔をのぞかせた。
やがて焚きつけが燃え尽きる頃には、別の薪に移った火が勢いを強め、下に敷いた火床用の薪にも火の手は伸びる。
パチパチと音を立てながら炎が大きく育っていく傍らで、ランドは背負い袋から敷布を取り出し寝床を整え、夜を迎える準備を進めた。
作業している間にも、大きくなる炎の様子をみながら、時々薪を追加する。太い薪に火が移って焚き火が安定したところで、その上に水を張った鍋が乗せられた。
「フェイバリット、そこに茶葉が入ってるから取ってくれるか」
外、と言っても穴だらけの小屋なので屋内も外とそう大差ないが――日が傾き始めて、外はだいぶ陰ってきた。
太陽が樹林の影に入ったら一気に暗くなるだろう。そのせいか、先ほどから外気の温度がだいぶ下がり始めていた。
「あ―――はい」
そこ、とは焚き火から少し離して置いてある、旅荷をつめた背負い袋のことだ。
中を探ると、調理器具、調味料、数着の着替え、米――などなど、なかなかの重装備だ。かさばる外套まで入っていた。
なんて準備がいいんだろうと思わず見入っていると「見つからないか?」と声をかけられた。はっと我に返り、急いで袋の中から茶葉が入っていそうな油紙で封をした筒を探り当て、火のそばに戻る。
「ありがとう」と差し出された大きな手にそれを乗せる。どうやら合っていたようだ。ランドは筒の蓋をしている油紙を外し中から何かを取り出すと、鍋に入れる。
「それ何?」
「ああ――乾燥生姜だ。体が温まる」
そこにひとつまみの調味料と茶葉を加えてじっくり煮出していく。廃屋同然の空間に、お茶が煮えるコトコトという音と共に、ゆったりと茶葉のいい香りが広がった。
「そろそろ――頃合いかな?」と言うとお茶の鍋をのぞき込み、鍋を火から下ろす。自分の小脇に置いた打飼袋に手を突っ込むと、そこから大切そうに風呂敷でくるんだ瓶を取り出した。
「よし―――割れてないな」と焚き火の灯りに照らし、ホッとしたように瓶を振る。中からかすかに液体が揺れる音がした。
その横顔に物問いたげな目を向けるフェイバリットに「これは蜂蜜だ」と言うと、ランドは栓を外して鍋に瓶の口を傾けた。黄金色の液体が鍋にトロリと沈み込む。
「カップは一つしかないから、カップとお椀な」
出来立ての濃い茶色のお茶は、もうもうと白い湯気を立てている。
「本当はここに山羊の乳も一緒に煮込むとさらに旨いんだが……」
そう言って、手渡されたカップから立ちのぼる湯気の中に、茶葉のいい香りがふんわりと鼻孔をくすぐった。
「これはこれでうまいぞ」と言うランドの目も声も柔らかい。それで、これはランドのお気に入りなのだと知れた。
「……ありがとう」
息を吹きかけ、お茶をひと口含む。
茶葉の豊かな風味が口いっぱいに広がり、蜂蜜の優しい甘みが体の隅々にまで染み渡る。「美味しい」と思わず声に出してしまったフェイバリットに、ランドの顔に満足そうな笑みが広がった。
お茶に口をつけながら「明日からだが」とランドが話を切り出すと、何となくフェイバリットの背筋がシャンと伸びる。
「まず明日はこの小屋の周辺をじっくり探ろうと思う。だいぶ時間が経ってるみたいだから足跡は期待できないが、きっと大きな街か里につながる道があるはずだ。それを探す」
そして背負い袋に目をやりながら続ける。
「幸い、持ってきた食糧にも数日の余裕があるし、近くの渓流で魚も採れそうだ」
さすがランドだ。色々な作業をこなしながら、今後の計画もしっかり考えている。フェイバリットなら、きっとただ右往左往するだけだったろう。
「その…旅の準備ありがとう。すごく助かった」
「うん」
「でも、よく旅荷なんて持ってこれたね?」
―――そうなのだ。フェイバリットは、ずっとそれがとても不思議だった。
「ああ―――それ」
ランドがくすりと笑う。
「これはリヴィエラ様から準備するよう言われたんだ」
「リヴィエラ様が?」
「うん―――俺も不思議だったし、ここに来るまでその意味もわからなかった。きっとあの方は予見されていたのかもしれないね」
「私は何も言われなかったんだけど……」
フェイバリットは記憶をたどってみたが、やはりそんな話は出なかった。釈然とせず、なぜだろうと物思いに沈んでいると、思考を遮るように、ランドがやんわりと言った。
「きっと…リヴィエラ様は人の姿のまま、お前を送り出したかったんだろう」
「え?」
「あの力の滝―――俺は変幻していたから荷を失わずこちらに来れた。だが人の姿だったら男の俺でも運べたかどうか…わからない」
「じゃあ私も変幻したら良かったのかな?」
その問いに、ランドは親が子に注ぐような、慈しみのこもった眼差しを浮かべて「いいや」とゆっくり首を振る。
「いくらリヴィエラ様でも、あの洞穴の奥がああなってるなんてご存知なかっただろう。単純に先の見えない危険をお前にさせたくなかったんだと思う―――俺とてリヴィエラ様と同じ気持ちだ」
変幻した姿で死を遂げたら、それはそのまま本体の死に直結する。その場合、元の姿に戻ることも叶わない。きっと、非力な岩燕を未知の世界に放つことが出来なかったということだろう。
「だが何の装備もなく未知の世界に送り出すこともまた危険なことに違いない。さぞ、悩まれた末のご決断だっただろうね」
フェイバリットの頬がじんわりと上気する。それはきっと温かいお茶のせいばかりではない。
「……。……。リ、リヴィエラ様もランドも…過保護すぎる…っ」
泣きたいくらい嬉しいくせに、つい憎まれ口を叩いてしまう。そうしなければ涙をこぼしてしまいそうだった。「フェイバリット」と優しい声が静かに呼びかける。
「嬉しい時は”ありがとう”って思うだけでいいと思うぞ」
「―――うん…うん……ランド、ありがとう」
小さく、フェイバリットは呟いた。ランドは目を細めると、黙ってお茶を口に運んだ。
「さて」
お茶を飲んで、体が温まったところでランドが腰をあげた。ちらりとフェイバリットを見ると「ところで」と続ける。
「さっきの話を蒸し返すようだが、俺も過保護ってのが気になってな――なぜそう思うんだろう?」
「え? うん――」
言いづらそうに言葉を濁すと「言ってみて」と優しく促す。不思議なことにフェイバリットにはそれが「吐け」と聞こえた。
「……だって、私、ここに来てからほとんど何もやらせてもらってないし……」
先ほどからずっとモヤモヤしていた。これではまるでタダ飯食らいのお荷物だ。見ているだけという座りの悪さに、ついつい恨みがましい声が出てしまう。
いつものうじうじめそめそだ―――でも落ち込まずにいられない。我ながら厄介な性格だとわかっているが、どうにかなるものなら、とっくにどうにかなっている。
思考回路が後ろ向きな方向へ堂々巡りを繰り返すうち、ついにひと巡りしたところで、フェイバリットは最終的に覚悟を決めて堂々と開き直ることにした――”居直る”とも言う。
「なんだ、そんなことか」
ランドはあっけらかんと笑い飛ばすと「安心しろ」と軽く言い放つ。
「え?」
「この後、ウサギの解体をお前に仕込んでやるつもりだ」
「………っ!」
「今後はそうそう肉は手に入らないだろうけど、覚えておくに越したことはない――頑張ろうな!」
藪蛇だった――と顔を青くするフェイバリットだが――もはや後の祭り。
ランドはほんのり頬を赤く染めた。
あたかも乙女が恥じらうような、その初々しい素振りは、まだ大人になりきれず、輝くような若さにあふれた青年には、ギリ似合っていた。
気まずそうな視線をフェイバリットにちらりと向けると「すまない……」と小さく言った。語尾はほとんど聞き取れなかった。
ああ―――うん。悪気はなかったんだよね。きっと。
対するフェイバリットはと言うと、強ばった頬がぴくぴく震えてしまい、上手く笑顔が作れずにいた。
「その…足、大丈夫か?」
―――フェイバリットの足はしびれていた。
( わざとじゃないよね?!)
感覚のない足を抱えて、フェイバリットは胸の内で泣きたい気持ちになる。
もう少し血が通ってきたら、この次は痛いようなむず痒いような、例えようのないあのビリビリ感がやってくる。そう思うと空恐ろしい。
ランドに癒して欲しいと乞われて、半ば騙されるように膝枕をする羽目になった。とても驚いたし恥ずかしかったが――それはまあいい。
(頼む少しだけ)と小さく呟いた声が、あまりにも苦しげだったから。冗談でもここで彼をはねのけてはいけない場面だと瞬時に理解した。
それで、じっと羞恥に耐えた。こんなもので彼の気持ちが軽くなるなら、こんなことは何でもない。
どのくらいそうしていたか…ランドの体が脱力したかと思うと急にずっしりと重くなり、同時に呼吸がすうすうと規則正しいものに変わる。眠ってしまったのだ。
ああ、疲れていたんだなとフェイバリットは申し訳ない気持ちになった。森に降りた後、動けない彼女の代わりにランドが一人で動いていたのだから――無理もない。
すぐに起きるだろうと、その後、起こすタイミングを逃してしまったのは確かにフェイバリットの落ち度だ。言い逃れなどしない――でも言わせて欲しい。
何度声をかけても揺さぶっても――挙句の果てには叩いてもみたが、深く寝入ったランドはまったく起きなかった。
そこで、なんとかランドの体の下から抜け出そうと奮闘してみたものの、がっちりと腰に回された腕は思いのほか力強く縄のようで、結局ランドが起きるまでどうすることもできなかった。
ちらりと恨みがしい目を向けると、雨に打たれて震える小犬のようなつぶらな瞳で、首を縮こめるランドの姿があった。
(小聡明い)
それがなかなか様になっているから小憎らしい気もする。ランドには聞こえないようフェイバリットは小さく舌を打った――そして、ついに恐れていたその時が…。
「(キタ――――――ッ)」
感覚の戻り始めた足にピリリと鋭い痛みが走る。フェイバリットは声もなく悶絶した。
削いだ樹皮の上に、乾いた小枝をひとつかみ乗せると、ランドの口から”着火の術”が唱えられる。
その途端、樹皮――火口にぽっと小さな火が灯った。
しばらくすると火口から焚きつけに火が燃え移り、小枝の隙間からゆっくり白い煙が上がり始める。
焚きつけから細い薪に火が移ると、赤い炎がチロチロと木の間から顔をのぞかせた。
やがて焚きつけが燃え尽きる頃には、別の薪に移った火が勢いを強め、下に敷いた火床用の薪にも火の手は伸びる。
パチパチと音を立てながら炎が大きく育っていく傍らで、ランドは背負い袋から敷布を取り出し寝床を整え、夜を迎える準備を進めた。
作業している間にも、大きくなる炎の様子をみながら、時々薪を追加する。太い薪に火が移って焚き火が安定したところで、その上に水を張った鍋が乗せられた。
「フェイバリット、そこに茶葉が入ってるから取ってくれるか」
外、と言っても穴だらけの小屋なので屋内も外とそう大差ないが――日が傾き始めて、外はだいぶ陰ってきた。
太陽が樹林の影に入ったら一気に暗くなるだろう。そのせいか、先ほどから外気の温度がだいぶ下がり始めていた。
「あ―――はい」
そこ、とは焚き火から少し離して置いてある、旅荷をつめた背負い袋のことだ。
中を探ると、調理器具、調味料、数着の着替え、米――などなど、なかなかの重装備だ。かさばる外套まで入っていた。
なんて準備がいいんだろうと思わず見入っていると「見つからないか?」と声をかけられた。はっと我に返り、急いで袋の中から茶葉が入っていそうな油紙で封をした筒を探り当て、火のそばに戻る。
「ありがとう」と差し出された大きな手にそれを乗せる。どうやら合っていたようだ。ランドは筒の蓋をしている油紙を外し中から何かを取り出すと、鍋に入れる。
「それ何?」
「ああ――乾燥生姜だ。体が温まる」
そこにひとつまみの調味料と茶葉を加えてじっくり煮出していく。廃屋同然の空間に、お茶が煮えるコトコトという音と共に、ゆったりと茶葉のいい香りが広がった。
「そろそろ――頃合いかな?」と言うとお茶の鍋をのぞき込み、鍋を火から下ろす。自分の小脇に置いた打飼袋に手を突っ込むと、そこから大切そうに風呂敷でくるんだ瓶を取り出した。
「よし―――割れてないな」と焚き火の灯りに照らし、ホッとしたように瓶を振る。中からかすかに液体が揺れる音がした。
その横顔に物問いたげな目を向けるフェイバリットに「これは蜂蜜だ」と言うと、ランドは栓を外して鍋に瓶の口を傾けた。黄金色の液体が鍋にトロリと沈み込む。
「カップは一つしかないから、カップとお椀な」
出来立ての濃い茶色のお茶は、もうもうと白い湯気を立てている。
「本当はここに山羊の乳も一緒に煮込むとさらに旨いんだが……」
そう言って、手渡されたカップから立ちのぼる湯気の中に、茶葉のいい香りがふんわりと鼻孔をくすぐった。
「これはこれでうまいぞ」と言うランドの目も声も柔らかい。それで、これはランドのお気に入りなのだと知れた。
「……ありがとう」
息を吹きかけ、お茶をひと口含む。
茶葉の豊かな風味が口いっぱいに広がり、蜂蜜の優しい甘みが体の隅々にまで染み渡る。「美味しい」と思わず声に出してしまったフェイバリットに、ランドの顔に満足そうな笑みが広がった。
お茶に口をつけながら「明日からだが」とランドが話を切り出すと、何となくフェイバリットの背筋がシャンと伸びる。
「まず明日はこの小屋の周辺をじっくり探ろうと思う。だいぶ時間が経ってるみたいだから足跡は期待できないが、きっと大きな街か里につながる道があるはずだ。それを探す」
そして背負い袋に目をやりながら続ける。
「幸い、持ってきた食糧にも数日の余裕があるし、近くの渓流で魚も採れそうだ」
さすがランドだ。色々な作業をこなしながら、今後の計画もしっかり考えている。フェイバリットなら、きっとただ右往左往するだけだったろう。
「その…旅の準備ありがとう。すごく助かった」
「うん」
「でも、よく旅荷なんて持ってこれたね?」
―――そうなのだ。フェイバリットは、ずっとそれがとても不思議だった。
「ああ―――それ」
ランドがくすりと笑う。
「これはリヴィエラ様から準備するよう言われたんだ」
「リヴィエラ様が?」
「うん―――俺も不思議だったし、ここに来るまでその意味もわからなかった。きっとあの方は予見されていたのかもしれないね」
「私は何も言われなかったんだけど……」
フェイバリットは記憶をたどってみたが、やはりそんな話は出なかった。釈然とせず、なぜだろうと物思いに沈んでいると、思考を遮るように、ランドがやんわりと言った。
「きっと…リヴィエラ様は人の姿のまま、お前を送り出したかったんだろう」
「え?」
「あの力の滝―――俺は変幻していたから荷を失わずこちらに来れた。だが人の姿だったら男の俺でも運べたかどうか…わからない」
「じゃあ私も変幻したら良かったのかな?」
その問いに、ランドは親が子に注ぐような、慈しみのこもった眼差しを浮かべて「いいや」とゆっくり首を振る。
「いくらリヴィエラ様でも、あの洞穴の奥がああなってるなんてご存知なかっただろう。単純に先の見えない危険をお前にさせたくなかったんだと思う―――俺とてリヴィエラ様と同じ気持ちだ」
変幻した姿で死を遂げたら、それはそのまま本体の死に直結する。その場合、元の姿に戻ることも叶わない。きっと、非力な岩燕を未知の世界に放つことが出来なかったということだろう。
「だが何の装備もなく未知の世界に送り出すこともまた危険なことに違いない。さぞ、悩まれた末のご決断だっただろうね」
フェイバリットの頬がじんわりと上気する。それはきっと温かいお茶のせいばかりではない。
「……。……。リ、リヴィエラ様もランドも…過保護すぎる…っ」
泣きたいくらい嬉しいくせに、つい憎まれ口を叩いてしまう。そうしなければ涙をこぼしてしまいそうだった。「フェイバリット」と優しい声が静かに呼びかける。
「嬉しい時は”ありがとう”って思うだけでいいと思うぞ」
「―――うん…うん……ランド、ありがとう」
小さく、フェイバリットは呟いた。ランドは目を細めると、黙ってお茶を口に運んだ。
「さて」
お茶を飲んで、体が温まったところでランドが腰をあげた。ちらりとフェイバリットを見ると「ところで」と続ける。
「さっきの話を蒸し返すようだが、俺も過保護ってのが気になってな――なぜそう思うんだろう?」
「え? うん――」
言いづらそうに言葉を濁すと「言ってみて」と優しく促す。不思議なことにフェイバリットにはそれが「吐け」と聞こえた。
「……だって、私、ここに来てからほとんど何もやらせてもらってないし……」
先ほどからずっとモヤモヤしていた。これではまるでタダ飯食らいのお荷物だ。見ているだけという座りの悪さに、ついつい恨みがましい声が出てしまう。
いつものうじうじめそめそだ―――でも落ち込まずにいられない。我ながら厄介な性格だとわかっているが、どうにかなるものなら、とっくにどうにかなっている。
思考回路が後ろ向きな方向へ堂々巡りを繰り返すうち、ついにひと巡りしたところで、フェイバリットは最終的に覚悟を決めて堂々と開き直ることにした――”居直る”とも言う。
「なんだ、そんなことか」
ランドはあっけらかんと笑い飛ばすと「安心しろ」と軽く言い放つ。
「え?」
「この後、ウサギの解体をお前に仕込んでやるつもりだ」
「………っ!」
「今後はそうそう肉は手に入らないだろうけど、覚えておくに越したことはない――頑張ろうな!」
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