断罪される未来を知る悪役令嬢ですが、冷徹なはずの婚約者に勘違いされて溺愛ルートに入りました

六角

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第10話:これは、溺愛ではない

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ゼノン様に横抱きにされたまま、私はどこかへ連れて行かれた。
シルヴァーグ公爵家の騎士たちが、周囲の生徒たちを完璧に遠ざけているため、誰にも助けを求めることはできない。

連れてこられたのは、学園の敷地の外れにある、今は使われていない古い温室だった。
ガラス張りの壁は所々が埃を被り、中には枯れた植物が放置されている。
人気のない、まさに密会…あるいは、監禁にうってつけの場所。

ゼノン様は、私を温室の中央にある古いベンチに、そっと降ろした。
そして、逃げられないように、私の両側に手をついて、私を完全に閉じ込める。

いわゆる、壁ドンというやつだ。
しかし、少女漫画のような甘い雰囲気は、そこには微塵もなかった。

「……」

ゼノン様は、何も言わない。
ただ、じっと、私を見下ろしている。
そのアイスブルーの瞳は、感情が読み取れないほどに冷え切っていた。
沈黙が、重く、重く、私にのしかかる。

耐えきれなくなったのは、私の方だった。

「…あの、ゼノン様」

「なんだ」

低い声。

「先ほどのことは、その…アラン殿下とは、本当に、ただお話をしていただけで…」

「知っている」

「え?」

「お前が、あの男に特別な感情を抱いていないことくらい、見ればわかる」

意外な言葉に、私は少しだけ安堵する。
よかった、信じてくれたんだ。

しかし、その安堵は、彼の次の言葉で絶望に変わった。

「だが、問題はそこではない」

「…え?」

「なぜ、俺以外の男と、二人きりで話をしていた?」

その問いは、静かだったが、有無を言わせぬ響きを持っていた。

「それは…アラン殿下が、声をかけてくださったからで…」

「なぜ、断らなかった?」

「殿方からのお誘いを、無下に断るのは、淑女として…」

「言い訳は聞きたくない」

ぴしゃり、と私の言葉が遮られる。
彼の瞳が、すっと細められた。

「俺は言ったはずだ。俺以外の男と、親しくするのは許さない、と」

「……」

「お前は、俺の婚約者だ。お前の視線も、言葉も、笑顔も、そのすべてが、俺だけのものだ。他の男に、その欠片すら与えることは許さん」

それは、愛情表現などではなかった。
それは、完全な所有宣言だった。
私は、彼の「もの」なのだ、と。

「今日、お前と話していたのが王子でなければ、俺はあの男の腕をへし折っていただろう」

さらり、と恐ろしいことを言う。
彼は本気だ。本気で、そうするつもりだったのだ。

ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

怖い。
この人が、怖い。

「お前には、少し灸を据える必要があるようだな」

彼はそう言うと、私の顎に手をかけ、ぐいっと上を向かせた。
逃げることは、できない。

「お前が、俺だけを見て、俺のことだけを考えるように。他の男のことなど、思い浮かべる暇もないくらい、俺で満たしてやる」

彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
吐息がかかるほどの距離で、アイスブルーの瞳が私を射抜く。

『ああ、ダメだ』

私は、この時、はっきりと理解した。

これは、溺愛ルートなんかじゃない。
乙女ゲームのハッピーエンドでもない。

私が迷い込んだのは、冷徹な公爵様が、婚約者を自分だけの鳥かごに閉じ込め、その羽を毟り、どこへも行けないようにしてしまう――

監禁ヤンデレルートだったのだ、と。

彼の唇が、私のものに触れようとした、その瞬間。

私は、ただ、目を閉じることしかできなかった。
断罪される未来よりも、もっと恐ろしい結末が、すぐそこまで迫っていた。
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