10 / 60
第10話:これは、溺愛ではない
しおりを挟む
ゼノン様に横抱きにされたまま、私はどこかへ連れて行かれた。
シルヴァーグ公爵家の騎士たちが、周囲の生徒たちを完璧に遠ざけているため、誰にも助けを求めることはできない。
連れてこられたのは、学園の敷地の外れにある、今は使われていない古い温室だった。
ガラス張りの壁は所々が埃を被り、中には枯れた植物が放置されている。
人気のない、まさに密会…あるいは、監禁にうってつけの場所。
ゼノン様は、私を温室の中央にある古いベンチに、そっと降ろした。
そして、逃げられないように、私の両側に手をついて、私を完全に閉じ込める。
いわゆる、壁ドンというやつだ。
しかし、少女漫画のような甘い雰囲気は、そこには微塵もなかった。
「……」
ゼノン様は、何も言わない。
ただ、じっと、私を見下ろしている。
そのアイスブルーの瞳は、感情が読み取れないほどに冷え切っていた。
沈黙が、重く、重く、私にのしかかる。
耐えきれなくなったのは、私の方だった。
「…あの、ゼノン様」
「なんだ」
低い声。
「先ほどのことは、その…アラン殿下とは、本当に、ただお話をしていただけで…」
「知っている」
「え?」
「お前が、あの男に特別な感情を抱いていないことくらい、見ればわかる」
意外な言葉に、私は少しだけ安堵する。
よかった、信じてくれたんだ。
しかし、その安堵は、彼の次の言葉で絶望に変わった。
「だが、問題はそこではない」
「…え?」
「なぜ、俺以外の男と、二人きりで話をしていた?」
その問いは、静かだったが、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「それは…アラン殿下が、声をかけてくださったからで…」
「なぜ、断らなかった?」
「殿方からのお誘いを、無下に断るのは、淑女として…」
「言い訳は聞きたくない」
ぴしゃり、と私の言葉が遮られる。
彼の瞳が、すっと細められた。
「俺は言ったはずだ。俺以外の男と、親しくするのは許さない、と」
「……」
「お前は、俺の婚約者だ。お前の視線も、言葉も、笑顔も、そのすべてが、俺だけのものだ。他の男に、その欠片すら与えることは許さん」
それは、愛情表現などではなかった。
それは、完全な所有宣言だった。
私は、彼の「もの」なのだ、と。
「今日、お前と話していたのが王子でなければ、俺はあの男の腕をへし折っていただろう」
さらり、と恐ろしいことを言う。
彼は本気だ。本気で、そうするつもりだったのだ。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
怖い。
この人が、怖い。
「お前には、少し灸を据える必要があるようだな」
彼はそう言うと、私の顎に手をかけ、ぐいっと上を向かせた。
逃げることは、できない。
「お前が、俺だけを見て、俺のことだけを考えるように。他の男のことなど、思い浮かべる暇もないくらい、俺で満たしてやる」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
吐息がかかるほどの距離で、アイスブルーの瞳が私を射抜く。
『ああ、ダメだ』
私は、この時、はっきりと理解した。
これは、溺愛ルートなんかじゃない。
乙女ゲームのハッピーエンドでもない。
私が迷い込んだのは、冷徹な公爵様が、婚約者を自分だけの鳥かごに閉じ込め、その羽を毟り、どこへも行けないようにしてしまう――
監禁ヤンデレルートだったのだ、と。
彼の唇が、私のものに触れようとした、その瞬間。
私は、ただ、目を閉じることしかできなかった。
断罪される未来よりも、もっと恐ろしい結末が、すぐそこまで迫っていた。
シルヴァーグ公爵家の騎士たちが、周囲の生徒たちを完璧に遠ざけているため、誰にも助けを求めることはできない。
連れてこられたのは、学園の敷地の外れにある、今は使われていない古い温室だった。
ガラス張りの壁は所々が埃を被り、中には枯れた植物が放置されている。
人気のない、まさに密会…あるいは、監禁にうってつけの場所。
ゼノン様は、私を温室の中央にある古いベンチに、そっと降ろした。
そして、逃げられないように、私の両側に手をついて、私を完全に閉じ込める。
いわゆる、壁ドンというやつだ。
しかし、少女漫画のような甘い雰囲気は、そこには微塵もなかった。
「……」
ゼノン様は、何も言わない。
ただ、じっと、私を見下ろしている。
そのアイスブルーの瞳は、感情が読み取れないほどに冷え切っていた。
沈黙が、重く、重く、私にのしかかる。
耐えきれなくなったのは、私の方だった。
「…あの、ゼノン様」
「なんだ」
低い声。
「先ほどのことは、その…アラン殿下とは、本当に、ただお話をしていただけで…」
「知っている」
「え?」
「お前が、あの男に特別な感情を抱いていないことくらい、見ればわかる」
意外な言葉に、私は少しだけ安堵する。
よかった、信じてくれたんだ。
しかし、その安堵は、彼の次の言葉で絶望に変わった。
「だが、問題はそこではない」
「…え?」
「なぜ、俺以外の男と、二人きりで話をしていた?」
その問いは、静かだったが、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「それは…アラン殿下が、声をかけてくださったからで…」
「なぜ、断らなかった?」
「殿方からのお誘いを、無下に断るのは、淑女として…」
「言い訳は聞きたくない」
ぴしゃり、と私の言葉が遮られる。
彼の瞳が、すっと細められた。
「俺は言ったはずだ。俺以外の男と、親しくするのは許さない、と」
「……」
「お前は、俺の婚約者だ。お前の視線も、言葉も、笑顔も、そのすべてが、俺だけのものだ。他の男に、その欠片すら与えることは許さん」
それは、愛情表現などではなかった。
それは、完全な所有宣言だった。
私は、彼の「もの」なのだ、と。
「今日、お前と話していたのが王子でなければ、俺はあの男の腕をへし折っていただろう」
さらり、と恐ろしいことを言う。
彼は本気だ。本気で、そうするつもりだったのだ。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
怖い。
この人が、怖い。
「お前には、少し灸を据える必要があるようだな」
彼はそう言うと、私の顎に手をかけ、ぐいっと上を向かせた。
逃げることは、できない。
「お前が、俺だけを見て、俺のことだけを考えるように。他の男のことなど、思い浮かべる暇もないくらい、俺で満たしてやる」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
吐息がかかるほどの距離で、アイスブルーの瞳が私を射抜く。
『ああ、ダメだ』
私は、この時、はっきりと理解した。
これは、溺愛ルートなんかじゃない。
乙女ゲームのハッピーエンドでもない。
私が迷い込んだのは、冷徹な公爵様が、婚約者を自分だけの鳥かごに閉じ込め、その羽を毟り、どこへも行けないようにしてしまう――
監禁ヤンデレルートだったのだ、と。
彼の唇が、私のものに触れようとした、その瞬間。
私は、ただ、目を閉じることしかできなかった。
断罪される未来よりも、もっと恐ろしい結末が、すぐそこまで迫っていた。
169
あなたにおすすめの小説
地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!
日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」
学園のアイドル、マルスからの突然の告白。
憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。
「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」
親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。
「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」
【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました
さこの
恋愛
婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。
そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。
それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。
あくまで架空のゆる設定です。
ホットランキング入りしました。ありがとうございます!!
2021/08/29
*全三十話です。執筆済みです
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。
「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」
エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」
恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~
めもぐあい
恋愛
公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。
そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。
家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――
時間を戻した元悪女は、私を捨てた王太子と、なぜか私に夢中の騎士団長から逃げられません
腐ったバナナ
恋愛
王太子アルベルトの婚約者であったユミリアは、前世で悪女の汚名を着せられ、騎士団長ギルバートによって処刑された。
しかし、目を覚ますと、処刑直前の自分に時間が戻っていた。
ユミリアは、静かに追放されることを目標に、悪女の振る舞いをやめ、王太子から距離を置く。
しかし、なぜか冷酷非情なはずの騎士団長ギルバートが、「貴殿は私の光だ」と異常な執着を見せ、彼女を絶対的に独占し始める。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
私の欲する愛を独占している双子に嫉妬して入れ替わったら、妹への恨み辛みを一身に受けましたが、欲しかったものは手にできました
珠宮さくら
恋愛
双子の姉妹として生まれた2人は、成長するにつれてお互いにないものねだりをしていた事に気づかないまま、片方は嫉妬し、片方は殺意を持って、お互いが入れ替わることになる。
そんな2人に振り回されたと怒り狂う人が現れたり、それこそ双子のことを振り回した人たちも大勢いたが、謝罪されても伝わることのない未来が訪れるとは思いもしなかった。
それでも、頑張っていた分の願いは叶ったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる