断罪される未来を知る悪役令嬢ですが、冷徹なはずの婚約者に勘違いされて溺愛ルートに入りました

六角

文字の大きさ
11 / 60

第11話:中断された鳥かごの鍵

しおりを挟む
ゼノン様の顔が、すぐそこまで迫っている。
そのアイスブルーの瞳に囚われて、私は身動き一つできない。
彼の唇が、私のものに重なろうとした、その刹那――

「シルヴァーグ公爵! そこにおられるのだろう!?」

温室の外から、鋭く、張りのある声が響き渡った。
続いて、複数の鎧が擦れる音と、慌ただしい足音。

その声の主は、間違いなくアラン殿下だった。

「…チッ」

ゼノン様が、小さく、しかしはっきりと舌打ちをした。
彼の唇は、私の唇の寸前で止まり、ゆっくりと離れていく。
私は、間一髪で最悪の事態を免れたことに、心の中で安堵の息を漏らした。

ゼノン様は、名残惜しそうに私の唇を一瞥すると、億劫そうに身体を起こした。
そして、温室の入り口に立つアラン殿下へと、冷たい視線を向ける。

「…何の御用ですかな、アラン殿下。せっかくの、**“話し合い”**の途中だったのですが」

“話し合い”という部分を、ことさらに強調するゼノン様。
その言葉に、アラン殿下は眉をひそめた。

「妃殿下…母上が、貴公を至急お呼びだ。王宮での会議の件で、確認したいことがあると」

「ほう。それは、今この時でなければならぬ用件ですかな?」

「いかにも。公爵ともあろう方が、婚約者殿を人気のない場所に連れ込み、無理強いするなどという醜聞が、母上の耳に入るよりは、よほど急ぎの用件だと思うが?」

アラン殿下の言葉は、明確な牽制だった。
王妃の名を出し、ゼノン様の行動を非難する。
さすがのゼノン様も、王妃陛下直々のお召しとあれば、無視することはできない。

ゼノン様は、無言でアラン殿下を睨みつけた。
凍てつくような視線が、温室の中の空気をさらに冷たくする。

「…承知いたしました。すぐに向かいましょう」

しばらくの沈黙の後、彼は静かにそう答えた。
しかし、その声には、抑えきれない怒りが滲んでいる。

彼は、最後に私の方へ向き直った。

「イザベラ」

「…はい」

「この話は、また後で、ゆっくりと続けよう」

その言葉は、甘い約束のようで、恐ろしい呪いのようだった。
“後で”。
その言葉の重みに、私の心臓は再び、氷水に浸されたように冷たくなった。

彼は私の頬を、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと撫でた。

「良い子で、待っているんだぞ」

そう言い残すと、彼は私に背を向け、アラン殿下の横を通り過ぎて温室から出て行った。
去り際に、二人の間で火花が散ったように見えたのは、気のせいではないだろう。

一人、温室に残された私。
まだ、ゼノン様の指先の感触が、頬に残っている。
恐怖で、膝がガクガクと震えて、立っていられない。

「…大丈夫か、イザベラ嬢」

心配そうな声と共に、アラン殿下が駆け寄ってきてくれた。
彼は、私が座っているベンチの前に跪くと、私の顔を優しく覗き込む。

「酷い顔色だ。…何も、されていないか?」

その問いに、私はかぶりを振ることしかできなかった。
何もされなかった。寸でのところで。
けれど、心は、もう限界だった。

「殿下…」

私の声は、自分でも驚くほど、か細く震えていた。
ずっと張り詰めていた緊張の糸が、彼の優しさに触れて、ぷつりと切れてしまう。

「助けて、ください…」

私の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「あの人は、おかしいんです…! 私、あの人に、殺されてしまうかもしれない…!」

それは、大げさな言葉ではなかった。
本心からの叫びだった。
彼のあの執着は、異常だ。
いつか、彼の意に沿わないことをすれば、本当に何をされるかわからない。

アラン殿下は、私の言葉を黙って聞いていた。
そして、私が泣きじゃくるのを、静かに待ってくれた。
彼のその沈黙が、今の私には何よりもありがたかった。

やがて、私が少し落ち着いたのを見計らって、彼はゆっくりと口を開いた。
その表情は、いつもの軽薄な笑みではなく、真剣そのものだった。

「…やはりな」

彼は、何かを確信したように、そう呟いた。

「イザベラ嬢。君が、本気で彼から逃れたいと願うのなら」

彼は、私の涙を指で優しく拭うと、まっすぐに私の瞳を見つめて言った。

「俺と、協力しないか?」

その提案は、暗闇の中で見つけた、たった一本の蜘蛛の糸のように思えた。
しかし、その糸が、天国へ続くものなのか、それとも、別の地獄へ続くものなのか。
今の私には、判断する術がなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!

日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」    学園のアイドル、マルスからの突然の告白。  憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。 「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」  親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。 「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」

【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました

さこの
恋愛
 婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。  そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。  それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。  あくまで架空のゆる設定です。 ホットランキング入りしました。ありがとうございます!! 2021/08/29 *全三十話です。執筆済みです

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。 「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」 エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」

恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい
恋愛
 公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。  そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。  家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――

時間を戻した元悪女は、私を捨てた王太子と、なぜか私に夢中の騎士団長から逃げられません

腐ったバナナ
恋愛
王太子アルベルトの婚約者であったユミリアは、前世で悪女の汚名を着せられ、騎士団長ギルバートによって処刑された。 しかし、目を覚ますと、処刑直前の自分に時間が戻っていた。 ユミリアは、静かに追放されることを目標に、悪女の振る舞いをやめ、王太子から距離を置く。 しかし、なぜか冷酷非情なはずの騎士団長ギルバートが、「貴殿は私の光だ」と異常な執着を見せ、彼女を絶対的に独占し始める。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

私の欲する愛を独占している双子に嫉妬して入れ替わったら、妹への恨み辛みを一身に受けましたが、欲しかったものは手にできました

珠宮さくら
恋愛
双子の姉妹として生まれた2人は、成長するにつれてお互いにないものねだりをしていた事に気づかないまま、片方は嫉妬し、片方は殺意を持って、お互いが入れ替わることになる。 そんな2人に振り回されたと怒り狂う人が現れたり、それこそ双子のことを振り回した人たちも大勢いたが、謝罪されても伝わることのない未来が訪れるとは思いもしなかった。 それでも、頑張っていた分の願いは叶ったのだが……。

処理中です...